136話 うさぎさんだって泣くときは泣きます
【時々過去の自分を責めたくなることってあると思う】
夕ご飯を終え、外へと出ようとする。
シホさんが話の場に指定してきたのは、里の外にある数メートルほどの木。
そこに待ち合わせするように言われ、彼女は一足先にその場所へと向かった。
「愛理こんな時間にどこへいくのよ?」
「……恐ろしいモンスターが出るかもですよ」
貸してもらっている部屋の中で部屋を出て行こうとする私を2人はまじまじと見つめていた。
いやどうしよう。シホさんには二人っきりがいいって話していたし……ここでそのことを打ち明ければ折角の雰囲気がぶち壊しだ。ここはなんとか誤魔化そう。
「あ、いやちょっと夜風に当たってくるだけだよ。……シホさんもそうしているみたいだから私もどうかなあって」
「……目泳いでますけど」
いや私誤魔化すの下手すぎか。
しかしスーちゃんはなにやら邪魔しちゃ悪い感じだと思ったのか、隣に座るミヤリーの袖を引っ張り。
「……どうやら2人でお散歩しに行きたいみたいですね。ミヤリーさん愛理さんなら大丈夫ですってここで大人しく2人を待ってましょうよ」
「…………スーちゃんがそういうなら……いいわでも寄り道はあまりしないでね」
「お、おうふ」
危険を免れたので、部屋をあとにした。……スーちゃんがふと笑い私を応援してくれたような。なので私は軽く彼女に向かって首肯した。ありがとうと。
里を出て少し歩いた先の断崖絶壁。そこに1本だけ地上を見下ろしている大きな木があった。真夜中の空には綺麗な星々が煌めき、淡い色を放っている満月が佇んでいた。
すると木の上から……シホさんが飛び降りてくる。
「来てくれたんですね? ……ありがとうございます」
「私は、仲間の約束は守る主義でね」
「そうなのですか。愛理さんらしいですね」
いつもと変わらない表情。
でも今日はなんだか……顔を作っているような。
一拍おいて彼女は飛び降りてきた木を見つめながら言い出す。
「この木、私が幼い頃から登っているお気に入りの木なんです。……まだ小さい頃度々登るとお父さんに怒られましたけど」
「思い出の場所なんだね」
私なんて運動音痴だったから登れた試しがない。素の力では恐らく登るということは私には不可能だろう。
……確かにとても大きな木だ。下を見下ろすと(ちょっと高いから怖いけど)遠い所にある村や町がぼんやりと見える。……暖かな街灯を照らし真夜中の世界が明るく染まる。
「えぇ。……その話が脱線するところでしたね」
一呼吸置いて。
「愛理さん、このたびはご迷惑をおかけしました」
「え? ……確かに色々大変だったけどあれはあれで仕方ないというか」
「いえいえ、今回は私が無理をして、あなたに負荷を……まあいつものことなんですけど本当に申し訳ありませんでした」
とても深々と反省する動作をみせ私に頭を下げる。
別にシホさんが私の重荷になりすぎているとか、邪魔な存在とかそんなこと1つも思っていない。
「頭を上げなよシホさん。私はこれっぽっちも怒っていないからさ」
「…………そうですか。すみません」
「シホさん、謝られるより私はありがとうって聞きたいな」
シホさんはにこりと笑うと頷いて。
「ありがとうございます」
お礼を述べてきた。
「それで私をここに呼び出した理由って?」
「単純にあなたとお話がしたかったんです。……ほら今は仲間も増え2人で喋る機会も減ったじゃないですか」
まあそれもそうだな。
ぎゃーぎゃー騒ぐMさんがいるから……でもスーちゃんは例外だけど。
「なので少し自ずと寂しい気分なったというか」
「はは。シホさんでも寂しく思うことってあるんだ。いつも腹ぺこでぶっ倒れて正直呆れる時もあったけど」
「その私って愛理さんの重荷になっていませんか? いつも迷惑かけっぱなしで」
「そんなことだから呼んだわけ? ……シホさん責任なんて私の前で感じなくていいよ。確かに私は周りから見たらすげーうざい女かもしれない。怖くて近寄り難いやつかも……しれない。それでもね私はみんなといられるこの時間"今"を壊したくなんだ」
珍しく私は本音を語る。
真剣な眼差しでシホさんは手を胸に当てて私の話を真剣に聞いてくれている。
……いつ以来だろう。自分の話を真剣に聞いてくれる人に出会ったのは。
学校では散々疎外され、小馬鹿にされ続けた。友達もできずこの口調が災いして不登校に。
結果的に引きこもり二次元オタク並びにゲーマーの道に進んだ私は人と触れあう機会が極度に減った。
「今ですか?」
「うん、この今。……私はこの今という当たり前の時間に私とシホさん、ミヤリーとスーちゃんだって一緒にいる。……これ言ったら変かもしれないけど私ね前故郷で嫌なことがあったんだ」
「……」
クソ教師のお説教話散々聞いた嫌々と。
口うるさい妹と散々喧嘩し家から追い出した……嫌われもして。
そんなクズみたいな人間に私はなったわけだけど、この異世界に来て……私の話を真面に聞いてくれた人がいた。
……そうシホさんだ。
初印象はとても驚いたけれど、今となればかわいいもの。
「その……シホさんの家族を見ているとね家族の温かさを思い出したよ。同時に自分の家族もこんな家族だったらいいのになって」
「ご家族とは喧嘩でもされたんですか? 私には愛理さんが悪いことするような人には見えませんけど」
シホさんには言いづらいけど、オカンに内緒でアフィいれるヤツだよ私は。
「ううん。本当は非常に悪い子だよ。環境になれず友達1人すらできなかった。……妹もいたんだけど……ちょっとしたことで喧嘩しちゃって」
妹……。あいつとはちょっとしたことで喧嘩した。それで別居で暮らすことになったんだけど。
今でもなんで私はあんな事言っちゃったんだろうと後悔している。……謝れるなら謝りたい。
『う……お前のチートばっかり使うところが私嫌いなんだよ! ゲーム好きなら正々堂々自分のいプレイスタイルでやるべき。そんなことをわからないお前なんて嫌いだ。2度と顔なんか見たくない。どっかへ行け邪魔』
『…………ッ。酷いわよ姉さん! 私姉さんと遊びたくてこのゲーム買ってきたのに……あんまりよ。…………分かった姉さんがそう言うなら私出て行くわよ! おじいちゃんとおばあちゃんのところに行くから!』
『どこでも行きやがれクソ妹』
泣きながら出て行った妹の顔を私は今でも覚えている。そして妹の手には私が散々探していた対戦ゲームが握られていた。
単純に私と仲良く遊びたかったんだと思う。だが当時の私にはそれが理解できず結果的に家から追い払ったわけだけどぶん殴りたい当時の私を。……人は家族は大切にしろと。
「その…………シホさんの家族見ていたら『もしかしたら妹と喧嘩していなければ今頃この家族みたいに仲良くできていた』って思うようになっていたよ」
久方ぶりの涙。
それは昔妹の流した涙を私がもらったような気がした。
上手く言葉では表せないけど……羨ましかったあの3人が、仲に良い3姉妹が。
「……久しぶりの……久しぶりの友達だったんだ。最初会ったときは言い出せなかったけど……嬉しかったよ私の仲間になってくれて」
もう立っているのも精一杯だった。
誰かに助けて欲しい……そんな気持ちが張り裂けそうになったその時。
「愛理さん」
「シ……ホさん?」
彼女はゆっくりと近づいて私を抱いてくれた。
優しく、優しく私の頭を撫で下ろし。
「もう……苦しまなくていいです。何があったかは知りませんけど……私は……いえ私達はあなたの仲間であり最高の友達です」
きっとミヤリーとスーちゃんのことを言っているのだろう。
気がつけば、私は3人に囲まれていた。いつも馬鹿やっているけど知らず知らずのうちに私にとってそれがウザさより……嬉しさに変わった。
前の私にはなかった居場所をみんなは作ってくれた。……こんなクズ女でも認めてくれる人が異世界にいるって。
「最初助けてくれたとき本当に嬉しかったです。仲間にしてくれたときは特に。……愛理さんらしくないですよ。いつもの言葉で私を攻めてください」
「…………どうして?」
「それが……変わらない私達の"当たり前"じゃないですか」
やはりこの人は私を……私の存在を認めてくれている。
孤独だった私を救おうとしてくれているんだ彼女は。
……でも今回みたいに、あなたが……あなたが消えそうになる状況はもうごめんだよ。
語りかけるように私は必死で言う。
「もう……もうだったら無茶するのは禁止」
「はい」
「無理しない程度で私に……私達に迷惑をかけない程度でこれからも一緒に」
「えぇわかりましたよ。愛理さんがそう言うなら。……もう無茶はしないので安心してください」
暫くシホさんは子供のように泣きじゃくる私を優しく撫で慰めてくれた。
彼女お手はとても母性感じさせるものがあった。
彼女の顔がちゃんとよく見えるように伏した顔を起こすと、笑い泣きする彼女がそこにいた。
「…………なに泣いてんの…………さ」
「……すみません、なんだか嬉しかったんですよ。愛理さんが私を大切に思ってくれていることが」
シホさんだけじゃない。
ミヤリーやスーちゃん、サオさんにリホちゃんあと今まで出会った人達。この世界で出会った人達が私にとって掛け替えのない存在だ。
……特に1番この世界に来て最初に出会ったシホさんは私の大切な……大切な親友でもあり、相棒なんだから。
「これからも私の仲間でいてくれる?」
シホさんは手で私の涙を拭うと綻んだ顔して。
「当たり前じゃないですか。……私は愛理さんが大好きですから」
「私もだよシホさん。ははまたあなたには美味しいご馳走を奢らないといけないね」
その夜私とシホさんは里に帰るまでの間。
恥ずかしながらも一緒に手を繋いで帰るのだった。まるでは私に姉ができたように身近にそれを感じた。
☾ ☾ ☾
【これからも私の変わらない友達でいてくれよな】
翌日。
出発の準備をし私達は入り口前で集う。
「シホ、もう行ってしまうのか? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「あなた、シホには愛理さんがいるわ。その大切なお仲間も。ほら2人共いつまでも泣いていないの。挨拶ぐらいしなさい」
涙目になっている2人サオさんとリホちゃんが私達に向かって別れの挨拶を言ってくる。
「うぅシホ元気でやるんですよ~お姉ちゃんも頑張りますから! あと愛理さん今度来た際には私が一撃斬刀流をお教えしましょう! ぐすん」
「別れを惜しんでくれるのは嬉しいけど、運ゲー要素の技は…………あぁいや(なんか気まずそうな顔に見えたからやめた)、お願いするよ」
「シホおねえちゃああああああああん! また帰ってきでねえええええええええ。 マックス・ヘルンも! 元気で元気でお姉ちゃんの言う事をきくんだよおおおおおお!」
「ヒヒーン……」
シホさんの乗るマックス・ヘルンに顔をこすりつけ泣くリホちゃん。
それはそうだ。彼女――シホさんが帰ってくるまでの間、世話は彼女が行っていたのだから。あぁでもこれからは私もする羽目に……そういえば馬ってどう世話すればいいんだろう。今度シホさんに聞いてみよう。
「それではみなさん、お世話になりました。またこれたらきますよ」
私は村の人に一礼をする。
すると族長さんシホさんのお父さんが代表で言う。
「愛理さんいつでもいらしてください。……それと娘を……シホのことをお願いします」
「はい、来ます絶対来ます! 今度は娘さんのご挨拶にでも…………ごぶあべぼ!! なななななにをするミヤリー!?」
図に乗ってふざけたことを言うとミヤリーが軽く私の頭を叩いてきた。HP少ねえくせにコイツ攻撃力高えな。
「あんたねえなんの冗談言ってんの」
「あああああああああああああ愛理さんんんんん!?? たたたたたた確かに私好きとは言いましたけどまだそれは……お早いかと…………えぇとその」
なに顔赤くしているのさ! 今の軽い冗談……比喩的な意味で言っただけなんだけどなんでガチになってんの私の相棒はぁ!?
……ってお父さん? 真剣な気難しそうな顔しているけど……えまさか? やめてくださいよ本当に。
「ふむ。シホ"式"を上げる準備は近いようだな。女同士でも愛理さんならよーーーーーし!」
「「いやいや族長さん! お、お父さん冗談冗談ですから!!」」
変な意味で伝わりはしたもののミヤリーとスーちゃんの説得によりその場はなんとか切り抜けられた。はい墓穴を掘ったのは私です。殴りたいヤツがいるなら好きなだけ殴ってください。
手を振りながら剣練の人に別れを告げその場をあとにする。
少しそのあと。
「……どうします? 移動魔法使えば一瞬で帰られますが」
「あぁいや!」
「あぁいえ!」
同時に私とシホさんの声が重なり顔を見合わせた。
どうやら考えていることは一緒のようだ。私はシホさんにその役を譲ると彼女はこう答えた。
「久々の4人です。マックス・ヘルンを入れると5人ですが。なのでゆっくりみんなで帰りませんか?」
「それ賛成。やっぱり1人欠けは嫌だもんね」
「……えぇやはりこのメンバーが1番ですね。……帰るまで何体モンスターを倒せるか競争しましょう」
「体力……魔力もそうだけど大切にね」
「まあまあ愛理さんお父さんからの食料もらいましたしその辺は問題ないです」
「あ、なら大丈夫か。んじゃレッツゴー」
ゆっくり拠点リーベルへ帰る私達一行。
前でスーちゃんとミヤリーが楽しそうにしているのをよそに私は日差しの差す青空を見上げた。
「まっぶ!」
それを隙にシホさんは私の耳元に顔を近づけ小さな声で言った。
「ありがとう愛理さん」
私はふと笑うと2人の方に向かって大きな声で。
「おーい私達をのけ者にすんな! 置いて行くなよ!」
「……す、すみません」
「大丈夫でしょあんたなら」
小歩で2人を追いかける。草木を踏みしめながらのんびりと。
その歩いている私は気づいた。
彼女――シホさんが優しく私の小指を彼女の小指を絡ませていることに。
これからもよろしくねシホさん大好きだよ。