131話 うさぎさんの戦士目覚めます その2
【私の自慢愛馬は少し獰猛ですけど、結構かわいいですよ?】
「懐かしい。出る前とあまり変わってないですね」
調理場を出て、愛馬のいる馬小屋に向かいます。
呑気にここで油売っている場合かと言われそうですけど、昔から母から言われたこと。急かし過ぎるのはあまりよくないと教わりました。
リホのことも姉としては心配ではありますけど、愛理さん達には私の姉であるサオ姉さんがついています。姉さんは自分の技にプライドが高いせいか少々癖が強いお方ですが、きっと彼女達の手助けになってくれるはずです。
ですから、安心して姉さんに役を任せられます。
「えぇと、確かこの辺にいましたよね。……おーい! マックス・ヘルン!」
と私が彼を口に手を添え大きな声で呼ぶと。
「ヒヒーン!!」
遠くにも関わらず、1番端にある馬小屋の高い柵を軽々の飛躍し、土煙を上げながらこちらへと突進してきます。
……攻撃ではないです。これは彼特有の挨拶というか。毎回私の臭いを感づくといつもこうして尋常ではない素早さで向かってくるのですが、相変わらず私の声には敏感ですね。
パカラパカラとマックス・ヘルンがかけてきました。突風を発生させながら一瞬にして私との間合いを詰め……猛突進。
ドスン!
「あぁもう……。マックス・ヘルンったら。そんなペロペロしないでくださいよ」
私が片手で彼の頭を受け止めると、そのまま私を押し倒すように私にのしかかり嬉しそうに舌で私の顔を舐め回し始めます。
馬独特のにおいが鼻から漂ってきますが、昔からこのにおいには慣れているので平気です。
これは大好きな私への愛情表現だと思いますきっと。
「ヒヒーン」
なめ回し終わると1度、数歩距離を置いて一声。
「えぇと藁は……。あったあった」
ちょうどエサを切らしていたので、切藁を見回しながら探します。
壁の縁の方に何束か一纏めにされている藁があったのでそれを持ってきます。これが彼の食事ですね。
結んである紐を自分の力で握りしめて引きちぎり。
「えい! ……はいマックス・ヘルンご飯ですよ」
彼にご飯を与えると無我夢中に近づいて食べ始めました。そっと私は彼の頭をよしよしと撫でてにこやかに笑ってあげます。
マックス・ヘルンの部屋を見ると綺麗に掃除され、ゴミ1つないくらいに片付いていました。
そういえば手紙でリホが世話していると言っていましたね。
「リホには感謝しないとですね。……ねえマックス・ヘルン私がいなくて寂しかったですか?」
「……ヒヒーン」
「そうですか。すみません何にせよ今は遠い所にいましてなかなか顔出せないんですよね」
愛理さんと出会うまでは手紙を出すことさえ困難でした。……手紙1通送るだけでもギルド側で送料がかかってしまいますからあのときは大変でしたね。
こうして元気に動くマックス・ヘルンを見られて私はとても満足です。よほど寂しかったせいか小声で私に答えてくれました。
仕草ですぐわかるので、私は彼の気持ちが分かります。……なんだって長年乗ってきた相棒なのですから。……もしまた乗るときがきたらいままで乗れなかった分彼の背中にまたがるつもりです。
「でも約束しますよ。もしまたあなたと乗る日が来たら、そのときは命一杯走らせてあげますから」
「ヒヒーン!」
嬉しそうにマックス・ヘルンは天井を仰いでまた雄叫びをあげました。
☾ ☾ ☾
【私の家族を大切にしたいです】
マックス・ヘルンと別れ、食卓の方に行くと。
大量の肉料理が並んだテーブルが私を待っていました。
「あ、相変わらず凄い料理ですねお母さん」
驚きのあまりに冷や汗が皮膚からポロリと落ちました。巨大な鳥の丸焼きや、肉のソテーやら……その他多岐に渡るお肉のフルコースがあるのです。
まあ私達一家にとってはこの量が普通なんですけど。
「遠慮なく食べていいからね。今日お母さん張り切ってたくさん作ったから。どうせこのあとまた戦うんでしょ? ならこれぐらいたくさん食べなくちゃ」
「その気持ちは確かに嬉しいですけど……えぇまあ」
久々に目覚めたせいかとてもお腹空いています。
まだ倒れるほどではないのですが……空腹していないとは言い切れないです。だいたい中腹ぐらい。
腰をかけ、姿勢を整えて1度合掌し。
「いたただきます」
久々に食べる母の手料理を食べ始めるのでした。
数分後。
母の作った美味しい手料理を食べていると、母が話しかけてきました。
「シホ、たくさん食べたわね。よほどお腹空いてたのかしら?」
「えぇまあ。結構寝ていましたからね」
「あなたらしいけど。……と話は変わるけど」
どうやらここから本題みたいですね。
「あなたが寝ている間にお父さんに聞いているかも知れないけどリホがさらわれてしまったのよ。サオは愛理さん達と一緒に倒しに行ったけど……まだちょっと心配なのよね」
「……お母さん」
サオ姉さんがちょっと心配な様子をする母。
まあ彼女、常人が使えそうな剣術1つも覚えていませんからね。姉さんの使う技は一言で表現するなら"運任せの技"ですから。
「だからお願い。シホみんなの力になってあげて。大丈夫シホなら必ずできるわよ。父さんと母さんの娘だもの」
「あの、お母さん? それ今サオ姉さんがいたら泣くと思いますよ」
ちっ。
なんか今誰かに舌打ちされたような気がしますけど空耳ですよね?
ある程度完食し、私は立ち上がり。
「ごちそうさまですお母さん」
「ありがとう全部食べたのね……あそうそう」
とお母さんは後ろからある物を持ってきました。
布袋です。私が収納用として使っているあの袋。
「裂けそうになっていたから縫っておいたわよ。これなら当分は破れるっていう心配はないわね」
「ありがとうございますお母さん」
中身を確認すると。
気絶する前までに袋に入っていたであろう物が詰められていました。……その中見慣れぬ物が。
「あのお母さん? 大金貨10枚くらい入ってますけど? これは」
「お小遣い」
「出し抜けにそんなこと言われても……」
なんと高級な大金貨が10枚ほど入っていました。お母さん大人げないですよ。
でも断るのも失礼な気がするので、ありがたくこれは受け取っておくことにします。
「ありがとうございます。……このお礼はいつか」
「大丈夫よ、定期的に手紙を送ってくれればいいからね」
私はそれを聞いて安心すると、目の前にあるドアを開けて。
「帰ったら打ち上げパーティでもしましょうか。愛理さんも入れれば大パーティですね……お願いできますか?」
母は即答で答えます。
「何言ってるの勿論よ。……でも必ず生きて帰ってくること……いい?」
手の平を母に向けて私は食卓を出ました。
☾ ☾ ☾
里の出口に行くと見慣れた2つの影がそこにありました。
「お父さん? どうしてここに」
「そろそろ向かうと聞いてな。父親からしたら見送らないといけない思って」
「いいですよ見送りなんて」
すると父は小さな瓶に錠がたくさん詰められた物が。
薬でしょうか? それにしてもとても小型ですけどこれは一体。
「これは?」
「それは我が一家に伝わる秘薬だ。名付けて『腹持ちの豆』だ。聞いて驚けそれを食べるとな」
なんか名前から察するに凄そうな品物ですけど。
「5時間だけ、腹が減らなくなるぞ。いつも空腹ですぐ倒れてしまうと聞いて毎日シホのためにと作っておいたんだが」
まさかここで。
私の救済となる物が。
「あ、ありがとうございます」
「でも飲み過ぎないようにな! 当然飲み過ぎればその分持続が長くなってしまうからな注意しろよ。でもこれならお前は存分に戦えるだろう? 万が一なくなったら手紙に書いて送ってくれれば私が用意して送るからな」
「とても助かりますそうさせてもらいますね。……それでその横にいるのは?」
「ヒヒーン!」
「どうやらマックス・ヘルンはお前と一緒に旅に行きたいようだ。……久々に会ったせいか名残惜しくて私の言うことを中々聞かなくてな」
「…………そうなんですか? マックス・ヘルン」
「ヒヒーン!!」
どうやら私の願うことはすぐに叶いそうですね。
別れるのが辛いマックス・ヘルンは、私と一緒に旅に行きたいと言い出しました。
最初……村から出て行く際は、彼に心配をかけてはいけないと敢えて連れていきませんでした。なぜなら彼にとって迷惑になりそうですし。
「きっと久しぶりに色んな所を駆け回りたくてうずうずしてるんだろうなマックス・ヘルンは。……お前がこいつに迷惑かけたくないという気持ちは分かる。お前が優しいことは父さんよく知ってるからでもマックス・ヘルンはここにいるより、お前と一緒にまた走り回りたいと願っているはず」
「…………」
そうか。マックス・ヘルンそんなに私に会いたかったんですか。私はそんなことも知らずに彼を置いて行ったりなんかして。
ポロリと小さな涙を零しながら私はマックス・ヘルンの頭に額をくっつけて謝り。
「……ぐすん。ごめんねマックス・ヘルン。……えぇわかりましたよ寂しかったんですね、私も……私もあなたにずっと会いたかったです。でも心配かけまいとあのときはあなたを置いて行ったりして……ぐすん」
「……ヒヒーン」
泣き崩れる度に彼への謝罪の言葉がぽろぽろと涙と共に出てきます。
当然です。私の大好きな愛馬なんですから。幼い頃からずっと今に至るまで一緒に育ってきた言わば家族なんですから。
慰めるようにマックス・ヘルンはまた私を舐めてきます。
「……だから舐めないでくださいって。……もぅ」
……意を決し私はマックス・ヘルンの背中にまたがり。
「……それじゃ行ってきますお父さん。愛理さん達を救いに」
「あぁ。それにマックス・ヘルンを連れて行けばそんなに空腹にならないはずだ。行ってこいシホ。必ず無事で帰ってくるんだぞ」
「はい! 行きますよ……マックス……ヘルンッ!」
バシン! ヒヒーン!
と手綱を引き、私とマックス・ヘルンは戦っている愛理さんの元へ全速力で駆けていきました。
「待っていてくださいね愛理さん!」
大切な大切な私の……仲間達の元に。