107話 うさぎさんの戦士危険な賭けに出る その1
【留守番するのは退屈ですが】
数分前。
愛理さんから一通の電話がかかってきました。随分前にもらったこのケータイ? という物を片手にとると画面上に愛理さんの名前が映し出されていました。
「あれシホ? なんか音なってるけど……あ、愛理の言っていた離れても通話できるケータイというやつかしら」
「……補足説明はともかく、早く出た方がいいんじゃないですか? ……先ほど雰囲気の変わった愛理さん少し急かした感じしていましたし」
あの特殊なオーラ。恐らくあのことでしょう。
突如として彼女の体がオーラに包まれ変色しましたが、そのまま私達に何も言わずどこかへ行ってしまいました。
数分毎に爆発でも起きているかのような爆音が響いてきましたが、あれは2人の戦いによる大きな騒音だったのでしょうか。私達3人はひたすら空を見上げるばかりでとても退屈でしたよ。
そんなことを考えながらケータイを耳に当て。
『あ、シホさん?』
耳から聞こえてきたのは紛れもない愛理さんの声でした。
『……』
「どうしたんですか? すごく息が荒いですよ?」
『なあに、ちょいと飛ばし過ぎただけさ』
一方的にひたすら叩き続けたということでしょうか。……愛理さんは力がとんでもないため正直戦士である私も毎回驚くばかりです。……今回のあの謎モンスターには非常に苦戦しておられましたが、電話する余裕があるという事は仕留めたということでいいんですかね。
『少しみんなの所より離れた場所に行っちゃったみたい』
「あのモンスターは倒したんですか?」
『わかんね。でもすぐに帰れると思うからみんなにそう伝えておいて。あ、でも一応私の場所もシホさんに伝えとくわ』
倒したのならどうしてそう危惧し、私に場所を教えるのでしょうか。
倒していないのならともかく、仕留めたのなら自分で帰ってこられますでしょうし。
ですが私は微かに彼女の声音から感じました。不安を過らせる何かを。
愛理さんは私に現在位置を詳しく丁寧に伝え、それを私は頭に入れます。記憶力は非常にいい方なのでいちいち書き留める必要はないです。
「でもなぜですか? 倒したんですよね。なら場所を言う必要性なんて」
『これは1つの保険だよ。……万が一万が一だよ? 私の帰りが遅くなるようだったら迎えに来て欲しい。問題ないと思うけど頼むよ……んじゃ!』
愛理さんが最後に意味ありげな言葉を残すと、その拍子に通信を切りました。
☾ ☾ ☾
そして今、愛理さんの通信が終わってから15分程度でしょうか。……いつもなら全速力で走ってくる彼女の姿も今日に限って見えません。愛理さんの事でしょうからのんびり向かっているのだろうと思っていました。
ミヤリーさんが私に問いかけます。
「ねえシホ。愛理は倒したのよね? でも倒したにしては遅くない?」
「……確かに私も同感ですよ。いつもの愛理さんなら凄い勢いで来ますよね」
いつもかは分かりませんがそんな感じですね。すぐに帰ると言ったきりそのすぐがすぐではなくなる時間帯になったように感じさせました。……私を含めミヤリーさん、そしてスーさんも。
「そうね、ねえシホ遅いなら迎えにこいって愛理は言ってたのよね? ならこっちから迎えにいきましょ」
「ですね、途中道草かなにかしているでしょうし、引っ張ってまででも連れて帰りますよ」
そうして私達は一同に愛理さんを迎えに指定の場所へ赴きました。
ですが、このときの私は知りませんでした。……まさかあの力を使う羽目になるだなんて。
暗い道をスーさんの魔法と私の持つカンテラを併用し愛理さんの言った道を進みます。……途中強力なモンスターに出くわしますが、自前の剣裁きで敵を私は一掃します。……軽く力も入れていないはずなのになぜでしょうか、わかりません。単純に私の強さがこのダンジョンのレベルと不釣り合いかもしれませんが現状は不明。
「た、助かったわシホ。スーちゃん魔法お願い!」
「……ですから無茶しすぎですって。……あ、またHPが1になってる。ハイヒールハイヒール……っと」
スーさんが回復魔法を幾度か使いミヤリーさんを治療します。いつも思うんですが、なぜすぐHPが1になるんですか。愛理さんが何度かHPに補正をかけたみたいですけど……あぁそれが改善しないからいつも愛理さんあんな顔をミヤリーさんと話すときに向けるんですね。今なら納得いくかも。
尻餅をつくミヤリーさんに手をそっと差し伸ばすと、彼女はその手を握って立ち上がってくれました。……するとミヤリーさんが袋から。
「あ、そうだわはいシホ」
「こ、これは……いいんですか?」
「いいも何も、ここであなたに倒れられちゃ困るから。これで体力回復しておきなさい」
彼女が綻ぶ顔をしながら手渡してきたのは、美味しそうなおにぎりでした。丁度手の平サイズで口を開けば飲み込めてしまうくらいの大きさでした。
……気前がいいですね。丁度そろそろ腹の虫がなきそうな度合いでした助かります。
「ありがとうございます」
「……では私もシホさんどうぞ」
便乗してスーさんも手渡してきます。彼女は多めに詰めていたのか2個ほど手渡してきました。……やはり持つべきは仲間ですね。
「……あと私はおにぎり5個ぐらいあるんで、必要であれば言ってください」
なぜ5個も詰めているのかは謎ですが、そんな小柄にどんなものが? ……もしや胃袋が2つあるとか言わないですよね?
「あれスーちゃん? スーちゃんってもしかして大食い? 今度さみんなで私がこの間見つけたちょー美味しい食べ放題なお店よかったら行ってみない?」
「……あのミヤリーさん、勝手に私を大食い扱いしないでくださいよ。魔法使いは魔法をたくさん使えばお腹減ります。本を読めば頭使うんでお腹減ります……言っていることお分かりで?」
呆れた様子の視線を送りながら、彼女に呆れるスーさんでした。
歩き続けて数分。
目的地へと歩みを進めました。愛理さんが指定した奥深い隔てた森道。辺りがなぎ倒された木で溢れ返っており、それはまさに戦いの後という感じでした。
「この辺ですかね?」
「そのはずよ? ……向こう側を照らしてみましょ」
向こうの方を光源で照らすと。
「…………愛理さ……ん?」
一同その光景を見て、言葉を失いました。
地面に伏せる愛理さんの姿。……気絶する彼女の頭を踏みつけるように1つの人影が立っていました。
……それは黒い愛理さんでした。肌も真っ黒で全身が黒い感じの。
「あ、愛理!? ……って立っている方と寝ている方どっちが本物なの?」
「ミヤリーさん私には分かりますよ。明らかに立っている方は愛理さんではありません。偽物です」
「…………魔力で感じてみましたが、あの黒い愛理さん、先ほどの未確認モンスターのようですね」
「つまり、愛理はそいつにやられたってこと? ……勝てない相手いるものなのね」
負けたとは考え難いです。だって愛理さんですから。愛理さんはいつもはだらけさを表に出してはいるものの、いざ戦うと敵無しです。……そんな彼女が負けるなんてまずあり得ません何かしら理由があるはず。
すると私達の存在に気がついた未確認モンスターが私達目がけて拳でパンチしてきます。途端に3方向に散けて回避しますが。
「な!? いつの間に……ぐふ!」
距離を詰められたミヤリーさんは敵のパンチを避ける間もなく諸に受けてしまいます。…………といつもならHP1耐えるはずが………………。
「ってうっそおおおおおおおおおおおおおお! というか久しぶりねこのパターン……いやじゃなくてええええええええええええ!」
唐突に現れた彼女の棺桶。はい案の定死亡です。
あれいつものご自慢のアイテムはどうしたのでしょうか? HP1は必ず残ると聞きましたが。
「……どうやら一時的の効力を無効にする能力が備わっているみたいですね」
「解説はいいから! 蘇生してちょーだいスーちゃん!」
「すみません、蘇生に使えるほど魔力はもう残ってないです」
どうやら先ほどの魔法でほぼ枯渇してしまわれた模様。
「仕方ないわね……分かったわ! スーちゃんシホ私に変わって寝ている愛理を必ず救出しなさい」
「いわれなくともその気です」
「……えぇ。微量の魔法ならまだ使えます。……援護は任せて下さいシホさん」
互いに背中を付けながら、敵の次の動きを伺いながら戦闘を続行するのでした。