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後編

 最悪のファーストコンタクトを終えた後、暫く図書室に寄りつかないことで一応の平和を取り戻していたイーリカの元に、あの痴漢男が現れるようになったはさほど時間はかからなかった。

 初対面の印象は最悪。

 当然のことながら拒否、逃走を繰り返すイーリカだったが、シェインは全く堪えず毎日毎日現れる。

 教室内は授業に必要な人間以外の立ち入りが制限されているため入ってこないが、それでもそんな頻繁に現れられると逃げ場が無くなる。

 できる限り教室から外にでないようにしていても、登下校や移動教室、外で行う授業、どうしようも無い生理現象など教室から出て行かざるを得ない事は多々存在した。

 研究科所属の彼の実際の暇さ加減は知らないが、毎休み時間にいつの間にか扉の脇に立っている姿は軽くホラーである。

 正直言ってドン引きだ。

 悟りの境地に達して、もう一生寮に引きこもっていようかとすら考える心を叱咤して学校に来ているイーリカに対して、周囲の友人達は非情にも助けてはくれない。

 それどころか、シェインの中の上の顔と話術により、『あれだけ上等な人に思われてるのに逃げるだなんて罰当たり!』とまで言われる始末。

 それを聞いた時には、じゃあ見た目と話術がダメな人が同じことしてきたらあんた達どんな反応するの?! と怒鳴ってみれば、彼女達はお互いの顔を見合わせて、それから溜息をついた。曰く、通報するに決まってるじゃない。

 イーリカは顔の良し悪しと話術の巧みさの弊害という物を知った。

 友人達はアテにならない。

 そう判断を下した彼女が取った策は遭遇したらすぐに逃げる、であった。

 教室移動が必要な時には、気付かれない内にベランダから入室可能な他所の教室へと入り、そこから逃走を図る、季節の途中だけれど授業選択変更をして外で行う授業をうまく連続させるなど、涙ぐましい努力によりここ暫く逃げ切れ続けていたが、ついに今日、捕まった。

 教室内まで後一歩。

 脇の下でしっかりと抱きかかえられ、宙ぶらりんになった足は扉の枠の上。

「イーリカ、素直じゃないな。こんなに焦らしてくれるなんて……」

 耳元で囁かれる言葉にぞわぞわとしたものが背を這い上がる。

「どうしてくれようか」

 ふぅ、と耳に息がかかった。

 血の気が引いたままのイーリカの顔はもう蒼白と言うよりも、白。一連の流れを知らない人が見れば死人かとでも錯覚するような白さである。

 シェインの一歩下がる動きと共に、浮いていた足が廊下へと降ろされる。真っ白なまま咄嗟に逃げ出そうと動くよりも先に、彼の右腕が胴から離れ膝下へと回され、再び体が浮いた。

 つまり、横抱き。

「次の授業分は、俺が教えてあげるから」

 ぎぎぎ、と鈍い動きでその顔へと視線を向ければにこにこ笑顔のシェインの姿。

 何となく貞操の危機を感じて教室内にいるであろう友人に助けを求めようと、顔を動かすと、彼女達は同じくにこにこ笑顔でぐっと親指を立てていた。

「あ、シェインさん。イーリカ次の授業取ってないです。休みです! どうぞご自由に!」

 その中の一人が思い出したように告げると、彼は笑みを一層濃くした。

「じゃ、いいね」

 だから、移動しようね。

 告げられた言葉はイーリカに羞恥プレイを宣告していた。

 彼が逃亡防止も兼ねるこの体制を改めるとは思えない。このまま移動、イコール、同学年以外にも見られる。下手したら教師にも。

 言葉と共に今通って来たばかりの道を歩く振動を感じながら、イーリカは虚ろな表情で呟いた。

「死にたい……」

「死ぬ位だったらイーリカの人生俺にちょうだいね」

 間髪を入れず返ってきた言葉に恐ろしいものを感じ、彼女ははっと思い出して逃げるためにもばたばたと暴れだす。

 しかしシェインが口の中で何やら呟くと動けなくなってしまった。

 どうやら行動を抑制する魔法を掛けられたらしい。

 魔法石の振動も、聖円の光も何も感じなかった。考えられることは魔法につきもののそれらを封じて魔法が行使されたということで。つまり、やたら高度な技なわけで。つまりつまり、才能の無駄遣いってやつである。

 そのままイーリカは見知らぬ空き部屋に辿り着くまで好奇の目に晒され続けた。



 普段訪れる事のない研究科棟の一室に連れ込まれたイーリカは若干の身の危険を感じていた。

 部屋は小さく扉以外の壁全てに棚が設置され、横に縦にと入るだけ入れたのだろう本が押し込まれ、外からの光を遮断していた。

 人一人分の空間を置いて中央にはローテーブルとイーリカがぎりきり横になれるサイズのソファ。

 入る前に見た部屋のプレートには「結界応用学図書室」とあったのでテーブルやソファの使用用途は分かるし、こんな所で不埒な真似をしないだろうとは思うものの、隙間を作らないと言わんばかりに真横に座るシェインは信用ならない。

「……こんなとこに連れてきて、どうしようって言うのよ」

 腰を掴まれて逃げられないため、せめてもの抵抗に上半身を引き離しながらの言葉に、シェインは悲しげな表情を浮かべる。

「そんなに、俺の事嫌い?」

 例えるならば、飼い主に怒られた大型犬。

 淋しげに揺れる瞳に、イーリカは即答することが出来なかった。

 これに騙されれば相手の思う壺だとは承知しているし、軟派で痴漢で変態な人間だと分かっているものの、ばっさりと切ってしまうほど嫌いにはなれないのだ。

「……好きじゃない」

 嫌いじゃないと言ってしまえば押し切られそうな気がして、ぶつけられた疑問に対して答えにならない答えを返す。

 途端に更に悲しみを深める演技派な態度に、イーリカは苛立ちを覚えた。

「ずっと聞きたかったんだけど、何で初対面であんなことしたの?」

 あんな出会いでなければ無駄に追いかけられることも、授業を態々変えることも、こそこそ教室移動することも無かった。

 友人たちの態度でもそうだが、それでこの顔でなければ本当にただの変質者だ。

「一目惚れしたから。それに、アレくらいしないと印象付けれないと思ったんだ」

 真面目な顔で言うと、シェインはイーリカの左腕を手に取り、その手首に口付けた。

「結婚するなら、イーリカ以外有り得ない」

 左腕は既婚者の証ともなる銀色の腕輪を嵌める場所だ。

 あまりにも直球な言葉に、思わず顔が赤らむ。

「へ、変態となんか、嫌」

 当然のことながらこんな事態免疫がなく、彼女自身、ちょっと真剣な顔をした彼に流されている自覚はあった。

 顔の力の偉大さをひしひしと感じながら、必死になって言質を取られない程度の言葉を口にしたイーリカに、彼は微笑んだ。

「これからは控える。時々一緒に出かけるとか、そういう事でも駄目?」

 押して駄目なら引いてみろってやつ? というか一緒に出かけるって、それデート。そんな考えが頭に浮かび、疑問に無言で返した。

「……わかった」

 シェインの言葉に、イーリカは思わずほっと胸を撫で下ろす。

 これまでの事を考えると、たまのデートは大分マシのような気もするが、ここで譲歩する必要性はない。どちらにしろ自分にとって何も良いことはないのだ。

「だんまりって事は、これまで通り出来る限り側に行って追い掛け回して根を上げて既成事実作れってことだね! イーリカの気持ちはよく分かったよ、これからも頑張るから!」

「ちっがーーーーう!!」

 打って変わって全力笑顔になったシェインに、イーリカは全力で否定した。

 何だ何なんだこの斜め上発想は。

「イーリカ」

 先ほどまでの神妙な顔はどこに行ったと問い詰めたくなるような、きらきらとした、それはもう嬉しそうな笑顔で、少し艶っぽい声で彼は名前を呼んだ。

 そして、上半身をイーリカの方へと倒し、その距離を詰める。

 圧迫感を感じるほど近づいた顔に、彼女はざっと血の気が引く音を聞いた。

「時々デートするか、これまで通りか、今なら好きな方を選ばしてあげる」

 選択肢はこの二つしか無いんですか、と、そんな言葉を口にした瞬間強制的に後者にされそうな空気が漂ってくる。

 この人には引くという言葉は存在しないのか。

 返す言葉を失って、無言になるイーリカに、シェインは追加で口を開いた。

「無言ってことは、これま「時々で! 時々でお願いします!!!!」」

 ここ暫くの経験で、あの粘着っぷりの最悪具合は嫌と言うほど理解した。友人も変態への援護をしている以上、自身に何のメリットもない妥協案を選択するより他ない。

 何故、何故こんな目に。

 あの時、アフタヌーンティーを選択してさえいれば。

 後悔先に立たずという言葉を噛み締めるイーリカに、シェインは笑みを深める。

「時々って、俺の感覚で言うと一日一回位だけどね」

 え、と思う間もなく近距離にあった顔がさらに近づいた。


 酸欠でぐったりしてから漸く開放され、シェイン基準の時々について抗議することはかなわなかった。

 彼女が色々と諦めるのは、多分、そう遠くない。

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