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1日1回ガチャ無料!  作者: 相舞藻子
サフラ拒絶領域
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命の覚悟





 氷の結晶を足場にして。

 空を飛ぶフェイトが、巨大な木の根っ子に近づいていく。



 手を伸ばすように、空へと届いていた根っ子は、その大部分を地に下ろしており。

 周囲の森へと広がっていた。



 根っ子の大元へと近づこうとするフェイトであったが。

 その最中に、手に握っていた”計測器”から音が発せられる。


 計測器に目を向けると、デジタル表記の数値が徐々に上がっていき。

 危険を示す、レッドゾーンへと突入していた。



「この距離で反応するなんて。」



 確かに、近づいてはいるものの。

 未だに根っ子の本体とは距離があり、目に見える限りでは安全に思える。

 しかしこの空間は、すでに人間の住める領域ではなくなっていた。



 人体には、致命的な影響を与えかねない数値ではあるものの。

 それでも臆さず、フェイトは地上へ、広大な森の中へと降り立つ。



 もとから、そうなのかは定かではないが。森の中は静かで、動物や魔獣の声も聞こえてこない。

 聞こえてくるのは、手元の計測器から発せられる警告音のみ。


 もう一度計測器を見てみると。

 数字がエラーを引き起こしており、その機能がすでに死んでいた。



 無言で、周囲の様子を観察するフェイトであったが。


 突如として、地面から木の根っ子が出現し、彼女の右腕に巻き付く。


 その衝撃で、計測器を地面に落としてしまうものの。



「――邪魔くさい!」



 氷で形作られた剣を生成し。

 それを操作することで、巻き付いた木の根っ子をバラバラに斬り刻んだ。



 ぼとりと、植物の破片が地面に落ちるも。

 それは切れたトカゲの尻尾のように、うねうねと活動を続け。すぐさま集結し、再び1つにくっつこうと動き始める。

 それほどまでに、驚異的な生命力であった。



「……これが街まで到達したら。」



 ゆっくりと、それでも着実に。

 世界は彼らに侵食されていた。











 空中戦艦アマルガムは、その名の通り”戦うための船”であり。

 船の中には、戦略会議等を行うための会議室が存在した。


 そして今。

 ダンジョン最深部にあるとされる異界の門への到達方法と、その最大の障害である”未知の放射線”への対処法を練るため。

 ピエタの街から招集された、選りすぐりの”魔法使い”達がその場に揃っていた。


 だが、しかし。



「……魔法使いを、集めろと言ったはずだが。」



 会議室に集まったのは、エドワードを含めてわずか”7人”だけ。

 他のメンバーも、ミレイとキララ、カミーラとユリカという顔見知りだらけであり。


 新顔である、残る2人は。



「……”デルタ”です。街では医者として働いていて、前にユリカさん達の治療をさせてもらいました。」



 白衣を身にまとった、黒髪の女性が名を名乗る。

 顔色が悪く、生気の感じられない雰囲気の女性だが。その素性は、れっきとした魔法使いであった。


 彼女に関しては、まだ許容範囲だが。



「どうも、”クレイジーフィッシュ”です。冒険者やってまーす。」



 もう一人の、10代後半と思われる金髪の少女は、なぜかビキニタイプの水着姿であり。

 明らかに魔法使いという風貌ではなかった。




「選りすぐりの精鋭を集めたつもりだぞ? 少なくとも、この街に居る中では”トップクラス”の2人だ。」



 この人選について、カミーラは自信満々な様子である。


 けれども、顔色の悪い白衣の女性と。

 存在自体が謎な水着の少女である。


 エドワードだけではなく、ミレイにも理解が出来なかった。



「えっと。他にもっと、魔法使いの人いなかったの? ほら、この街のギルドマスターとかも、結構強めの魔法使ってたけど。」



 ミレイは、オールトの群れから街を守った時の事を思い出す。


 防壁の上に数多の魔法使いが集まり、敵と交戦していた。

 中でもギルドマスターは、かなり魔法の扱いに長けているようにも見えた。


 けれども、カミーラの表情は芳しくない。



「いや、あいつらは使い物にならん。所詮は、魔法を”戦いの道具”程度にしか考えていないからな。」


「え?」


「魔力が操れる。身体能力を強化できる。炎を生み出して、それを武器に戦える。そんな使い方で満足しているような連中に、高度な魔法の構築など出来るわけ無いだろ。」


「……なるほど。」


 その理論で行けば、ミレイは話の土俵にすら上がれそうにない。



「えぇっと。だったらわたしも、あまり役に立てない気がするんですけど。」



 キララが、控えめに手を挙げる。

 彼女が使っている魔法も、強力な破壊力を発揮する弓矢や、身体強化程度のもの。

 カミーラが酷評する、典型的な”魔法使い冒険者”と同じである。


 だがしかし。

 それでもカミーラは、キララを魔法使いの1人として勘定していた。



「まぁ、気にするな。勉強だと思って、見学してるといい。」



 間違いなく。

 才能だけなら、この街の誰よりも優れているのだから。



 そうして、色々と不安はあるものの。

 魔法使いたちによる、放射線への対策会が開始された。









 部屋の真ん中で、ミレイが右手を伸ばし。

 その手のひらから、真っ白な木の枝のようなもの、サフラの本体が姿を見せる。


 他のメンバーは、ミレイとサフラから一定の距離を保ちつつ、その様子を見つめていた。



「サフラ。ひとまずは、人体に影響が出ない程度のガスを出してくれ。」


『いいだろう。』



 エドワードの声に従って。

 普段は抑えている放射性ガスが、サフラの体から発せられる。


 放射性ガスは、人の目では認識できないものではあるが。



「……確かに、何か出ていますね。」


「ゲロヤバじゃん。」



 その場にいる魔法使いたちは、みなその変化を捉えていた。

 言葉には出さないものの、カミーラとユリカも同様である。



「え、なんか出てる?」



 魔法に縁のないエドワードはともかくとして。

 一応は力を使えるはずのミレイと、そしてキララも、ガスの存在を認識できていなかった。


 そんな彼女たちに、カミーラがアドバイスを送る。



「”目の感度”を上げてみろ。そうすれば視認できる。」


「目の感度?」



 ミレイには、知らない単語である。

 同様に、エドワードも首を傾げるも。



「――あっ、本当だ! モヤモヤしたのと、キラキラした線みたいのが見える!」


 キララには、カミーラの助言が効いていた。






「まずは、こいつの遮断方法から考えよう。」



 カミーラが、ミレイとサフラの側に近づくと。

 自分と隔てるような形で、薄い魔力障壁を発生させる。


 その障壁に関しては、ミレイでも視認が可能であった。



「……まぁ、見ての通り。この程度の障壁では遮断できん。」



 ミレイの目には見えないが。

 放射線はカミーラの魔力障壁をたやすく貫通していた。



 次の段階として、カミーラは障壁にさらなる魔力を込め始める。

 それに伴い、障壁の強度、密度が上昇していく。


 それだけに留まらず、複数枚の障壁を同時に展開し、より強固な壁を構築し。



 強烈な輝きが放たれる。



 だが、それだけの障壁を展開しながらも、それを観察する魔法使いたちの反応は芳しくなく。


 むしろ、”焦り”すら感じていた。




「……ふぅ。」



 全ての障壁を解除し。

 カミーラがミレイとサフラから距離を取る。



「今の障壁には、”多層化した鋼鉄の板”が付加してあった。そのせいで馬鹿みたいに魔力を消費したが、”あの光は問答無用で突き抜けてきた”。このエネルギーがどれだけヤバいか、理解できただろう?」



 カミーラの言葉に、他の魔法使いたちは表情が暗くなる。



「ガス状の物質なら、単純に風か何かで吹き飛ばせばいいのでは?」


「ガスと放射線とやらは別だ。ガスを吹き飛ばしたところで、すでに飛散した放射線には影響がない。むしろ、被害が拡散するだけだ。」


「うぇ。魔力でも干渉できないなら、もはや防ぎようがないような。」



 放射線への対処法に、魔法使いたちは頭を悩ませる。

 言葉の意味の分からないミレイは、ただただ困惑するばかり。



「ねぇ、エドワード。何が問題なの?」


 その場から動かずに、ミレイがエドワードに問いかける。



「……ミレイ、君は放射線の遮り方を知っているか?」


「えぇっと。分厚いコンクリートとか、金属の板で防げるって聞いたような。」


「まぁ、だいたいそれで合っている。だが、そんな物を抱えたまま、ダンジョンに潜入するのは不可能だからな。魔法の力で、防護服やバリアでも作ってもらおうと思ったが。」


「作れないの?」


「作ることは可能だ。だが、サフラの放つ放射線は、我々の知る放射線とは”根本的に性質が異なる”。あらゆる物質を貫通してしまうんだ。つまり、空気に触れようが、金属の壁にぶち当たろうが、絶対に止められない。」


「……じゃあ。今出てるこれも、止まらずみんなに当たってるってこと?」



「いや、”それも違う”。むしろ完全に通り抜けてくれるなら、そもそも防ぐ必要すらないんだ。なぜなら影響が無いからな。」



「?」


 ミレイには理解が出来ない。




「他の存在”から”の干渉は受けないくせに、他の存在”への”干渉はする。つまり、一定の距離を進めば勝手に消滅するが、それまでは絶対に止まらないんだ。」




「!?」


 回らない頭が、完全に機能不全を起こす。



「……まぁ、正直わたしも、未だに理解ができていない。とりあえず、放射線と表現してはいるが。厳密に言えば、これは”放射線ではない”。対抗手段の見当たらない、”異次元のエネルギー”だ。」




 今の彼らに出来ることは、そのエネルギーを観測することだけ。

 ただ一方的に影響を受け、こちら側からは干渉ができない。



 抗いようのない、”理不尽な法則”に、脅かされているようだった。











 未知なる放射線への対処法を探るに当たって。

 放射線を遮断するのではなく、それ以外での対処法を模索する。


 その実験体として、”お餅に顔がついたような生き物”を用意し。

 それにサフラの放射するエネルギーを浴びせる。


 そのエネルギーが、生き物にどのような変化を与えるのかを探るために。



「……これは。”突然変異”を、促しているのでしょうか。」


「ああ。エドワードの言っていた説明では、細胞や遺伝子を破壊するという話だったが。こいつに関しては、変異を促す速度のほうが速いな。」



 複数の魔法陣を展開し。

 カミーラとデルタは生物の内部構造の変化に着目する。



「これでもかなり速いですけど。想定される濃度は、これの何倍ほどですか?」


「”100倍”だ。例の巨大植物の近くや、ダンジョン内部では、この100倍の速度で変異が進む。」


「……それでは、とても体が耐えられないのでは。」


「だから、こうして対処法を探してるんだよ。わたし達が辿り着こうとしている場所では、人類は”5分”も生きられないからな。」




 カミーラとデルタが、実験生物に注目する中。

 もう一人の魔法使いであるクレイジーフィッシュは、あくびをする”白髪の少女”に目を向ける。



「あのー、そもそもの疑問なんですけど。わたし達みたいに距離取ってないけど、そこの彼女は平気なんですか? そっちの”モチモット”みたいに、実験動物ってわけじゃないですよね?」



 放射性ガスを放つサフラ。

 それに近いというより、くっついている”ミレイ”のことが、不思議でたまらなかった。



「……あ、そうだ。わたしだけ浴びてるじゃん。」


 指摘されて、ようやくミレイは気づく。



「ミレイに関しては問題ない。このエネルギーを物ともしない、”強力な変異要素”がすでに体内にあるからな。」



 エドワードが、ミレイの特異性を説明する。



「じゃあ、その変異要素っていうのを、他の人間にも投与しちゃえば。」


「考えなかったわけではない。すでに別のモチモットを使い、ミレイの細胞を移植する実験を行った。」


「えっ?」



 知らないうちに、そんな実験が平然と行われていた事実に、ミレイは唖然とする。



「で、その結果は?」


「移植した瞬間、体が”真っ黒に染まり”、破裂した。」


「……ゲロヤバっすね。」



 得体の知れないエネルギーと、その大元である異世界の植物。

 それにも負けない”怪人”としての力が、ミレイの体内には渦巻いていた。






◆◇






「現状、このエネルギーに晒されても平気なのは、ミレイともう一人、”フェイト”という少女だけだ。だがこの2人だけでは、今回の問題を解決できないだろう。少なくとも、門を閉じる能力を持つユリカと、他数名の戦闘要員を送る必要がある。」



 エドワードが、”目標とするライン”を他の皆に告げた。



「……あの、その件なんですけど。」


 ユリカが手を上げる。



「”何かあったら”。最悪、わたしが辿り着けない可能性もあるので。他の人でも使えるように、御札は改良するつもりです。」


「ああ、すまないな。」



 何かあったら、とは。

 つまるところ、”途中で力尽きた場合”の話である。




「変異を抑制する魔法を、常にかけ続ければ。」


「あー、多少の延命措置にはなるかも。」




 2人の魔法使い、デルタとクレイジーフィッシュは、空中に様々な魔法陣や文字を浮かべ、共同で魔法の構築を行い。


 ユリカは何枚もの御札を広げて、真剣な顔で文字を刻む。


 エドワードとカミーラは、深刻そうに話し合っていた。




 この対策会を始めた時。

 強大な敵を前にして、一致団結して頑張ろうという雰囲気に包まれていた。


 どれだけ危険な存在、危険な物質、危険な現象が相手でも。

 魔法使いや科学者が集まれば、必ず対処法が見つかるはず。

 そう、思っていた。


 だが、知れば知るほど、考えれば考えるほど。

 自分たちが克服しようとしている存在の”理不尽さ”が、浮き彫りになってくる。




 ”大自然の前では、人はみな無力である”。

 そんな言葉が、脳裏をよぎった。



 

「門を閉じる役目は、ミレイとフェイトに任せて。後は何人かで、”死ぬ覚悟”で援護するしかないか。」


「意外だな。お前ならてっきり、ミレイには逃げてほしいのかと思っていたよ。」


「……思っているさ。だがあの子は、決して逃げないだろう。」


「……まぁ、だろうな。」




 いつしか、彼らの論点は目標から下がり。


 放射線をどのように無力化するのではなく。

 どれだけの犠牲を払えば、異界の門を閉じられるのかという話に変わっていた。




 そんな状況の中。

 サフラを引っ込めたミレイは、周囲の様子を静かに見つめる。




『どうした?』


「……なんかちょっと、怖くて。」



 体内のサフラに、胸の内を吐露する。



『そうだな。彼らの話を聞いていると、君が重要な役割を担う必要がありそうだ。』


「……ううん、”そうじゃない”。そうじゃないんだよ。」





 恐ろしい敵と戦うこと。

 恐怖に立ち向かうことは、別に怖くない。


 この世界に来て、フェンリルを召喚した”あの瞬間”。

 キララを助けたいと思った時から、すでに覚悟は決まっていた。



 だからこそ。

 この街の防衛にも迷わず手を貸したし、黒き竜や怪人にも立ち向かうことが出来た。



 だが、それでも。




「――なんでみんな。当然のように”命を賭ける”とか、”自分が死んでも大丈夫”とか、そんなこと考えられるんだろう。」




 自分とは違う、他のみんなの”価値観”が。

 とても恐ろしくて。



 とても、”悲しかった”。









 他の魔法使いたちが、放射線への対策を諦める中。

 ”ただ1人”、その少女は思考を続ける。



 普段の、ゆるふわとした雰囲気は鳴りを潜め、とても真剣な眼差しで。



 他の誰とも違う”解決法”を、キララは考えていた。





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