sechs
ある日、リュカは屯所の地下にある非公式の会議室へとエレオノーラと赴いた。そこには、もう一人の奇妙な男が座っていた。
3番隊の隊長、背中に巨大なそろばんを背負い、指先には常に墨の跡がついている痩せぎすの男だった。名はジン。王都の商業ギルドで辣腕を振るっていた元会計官だが、ある時を境に姿を消していた男である。
「隊長、そしてエレオノーラ様。……計算は得意で、なかでも敵の『命の勘定』をするのワクワクでしてね」
ジンは内容はおかしいのに、冷淡なまでに無機質な声で挨拶すると、おもむろにそろばんを弾いた。パチパチという乾いた音が部屋に響く。
「……闇市場の資金移動、および軍の兵器搬入ルートの精査が完了しました。先ほど潰した教会の黒幕――宰相の飼い犬である公爵家は、今夜、地下倉庫に大量の禁忌兵器を搬入します。その価値、金貨にしてざっと五万枚」
エレオノーラは呆気にとられた。
「五万枚? まさか、ただの盗賊ごっこではないのですね」
「ええ。これは王都の富を枯渇させ、経済的なパニックを引き起こすための『軍事的な経済テロ』です」
リュカは窓から王都を見下ろし、細い目を三日月のように曲げた。
「面白い。なら、俺たちはそれを『王都を守る会』として、合法的に没収させてもらうとしようか」
深夜、王都の最外縁部。貴族の私有倉庫には、公爵家の護衛と黒装束の軍兵がひしめいていた。そこへ、突如として『王都撃滅隊』が乗り込んだ。
突入の合図はなかった。リュカが倉庫の巨大な扉を片手で粉砕した瞬間、戦いは始まった。
ジンは戦場の中でも驚くほど冷静だった。彼は武器ではなく、背中のそろばんから飛び出す『硬貨の雨』を操る。彼が指を弾くと、高速で射出された銀貨が黒装束の急所を的確に貫いていく。
「一、二、三……。あぁ、今の人は首の骨が鳴りましたね。四枚目の硬貨、回収し忘れないようにしなくては」
ジンの異常なほどの冷静さと、金に対する執着が戦場に奇妙な狂気を生み出す。対するエレオノーラは、その横で大剣を風車のように回し、正面から迫る敵兵を力任せに吹き飛ばしていく。
そして、リュカだ。彼は敵の隊列の中心を、まるで散歩でもするかのように歩く。
敵の刃が首元に迫っても、彼は表情一つ変えない。指先で軽く弾くだけで、敵の剣が粉々に砕け、その破片が敵自身を襲う。
「さあ、会計の時間だ」
リュカがジンの肩を叩く。ジンは即座に指を鳴らし、広範囲の重力魔術を展開した。敵兵たちは突如として生じた圧迫感に地面へと叩きつけられ、身動きが取れなくなる。
「五万枚の軍資金と、禁忌の毒兵器。すべて、王都の治安維持費用として徴収する」
リュカは倒れ伏す敵の指揮官を見下ろし、ニッコリと微笑んだ。その瞳には、獲物を追い詰めた猛獣のような冷たい光が宿っている。
「安心しろ。貴様らが奪おうとしたものは、これからは我々『王都を守る会』が、王都の貧民と復興のために使わせてもらう」
ジンがパチパチとそろばんを鳴らし、帳簿を閉じる。
「回収完了です、隊長。……さて、これを持って宰相の元へ『お礼参り』に行きますか?」
倉庫を背にして歩き出す三人の背中は、王都の闇を切り裂くほどに鮮烈だった。
かつて蔑まれていた「撃滅隊」は、今や「王都を守る会」という看板を掲げ、腐敗した権力者たちから富を略奪し、王都の裏路地へと還元する『義賊』としての顔を持ち始めていた。
しかし、その動きは宰相を確実に焦らせていた。リュカが手に入れた帳簿には、王家をも揺るがす禁断の名前が記されていたのだから。




