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王都捕物帖  作者: 虹の箸


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情念の檻と、夕餉の匂い

帝都の空は、雲一つない快晴だった。

吹き抜ける風は心地よく、庭先の木々が穏やかな木漏れ日を落としている。

「ほーら、高い高いだぞ。……っと、危ねえ、また吐き戻すところだったな」

縁側に腰を下ろしたリュカは、柔らかな産着に包まれた赤子を抱き上げ、目尻を下げていた。

かつて死の淵を彷徨い、鉛のように重かった体は嘘のように軽い。胸の奥でドクン、ドクンと脈打つ力強い鼓動が、彼が確実に「生きて」この陽だまりの中にいることを証明していた。

膝の上でもう一人の赤子がキャッキャと笑いながら、リュカの指を小さな手で力強く握りしめてくる。その愛らしい温もりに、リュカは自然と笑みをこぼした。

「本当に……生きてるんだな、俺は」

死神と交わした、己の寿命の『先物取引』。

悪党たちの余剰寿命を担保に命を前借りするという規格外の契約により、リュカの体調は劇的に回復していた。今はこうして、愛する子どもたちにミルクを与え、日向ぼっこをしながら穏やかな時間を過ごすことができている。

――だが、その「平穏」の裏で、帝都の裏社会は未曾有の恐怖に包まれていた。


同刻。帝都の地下深く、密輸商人や凶悪犯たちが巣食う巨大な廃地下水道。

そこは今、文字通りの阿鼻叫喚の地獄と化していた。

「ひ、ひぃぃっ! 許してくれ! 金ならいくらでも出す!」

「命だけは! 命だけはお助けを……ッ!!」

泣き叫び、泥水に這いつくばって命乞いをする大悪党たち。

その前に立ちはだかるのは、返り血を浴びてなお神々しい美しさを放つ、三人の夜の女王たちであった。

「命だけは助けろ、ですって? 随分と都合の良いことを仰るのね」

エレオノーラは血濡れた扇を優雅に口元へ当て、氷のように冷たく、そして甘い微笑を浮かべた。

「あなたたちの薄汚い金に用はないわ。私たちが欲しいのは『寿命』愛しいご主人様と、あと百年……いいえ、二百年共に添い遂げるために、あなたたちの残りの命、一秒残らず搾り取らせていただくわ」

「……対象の制圧完了。逃亡を図った三名も、アキレス腱を断裂させて確保しました。いつでも『回収』可能です」

セリアが、冷徹な手つきで刃の血糊を払いながら無機質に報告する。その瞳には、悪党への同情など微塵もなく、ただ「夫の命のストック」を数える事務的な光だけが宿っていた。

「上出来だねぇ。さて、こいつらの罪状と余命をざっと計算すると……」

「帝都禁制の密輸に人身売買、それに殺人教唆か。よしよし、こいつら全員でざっと五年分の寿命にはなるね! さあ野郎ども、リュカの明日への活力のために、その薄汚い命をせいぜい有効活用させておくれ!」

「「「ヒィィィィィッ!!!」」」

悪党たちの絶望の悲鳴が地下水道に木霊する。

こうして、奉行隊長、局長、影の頭という帝都の治安機構のトップである妻たちは、「愛する夫の寿命返済(と多重貯金)」という私情100%のモチベーションにより、かつてないほどの苛烈さで裏社会の掃除を敢行していたのである。

その働きぶりは帝都の貴族、市民、王をはじめとして更には死神すらもドン引きさせ、冥府の帳簿がパンクするほどの寿命がリュカに送金され続けていることを、当の本人はまだ知らない。

「……ん? なんか今、すげえ寒気がしたような……」

縁側で背筋を震わせたリュカだったが、腕の中の子どもが無邪気に笑いかけてきたことで、すぐにその違和感を忘れた。

「まあいいか。さて、お前たちはお昼寝の時間だな。父ちゃんは、母ちゃんたちが帰ってくる前に夕飯の支度をしねえと」

子どもたちを丁寧に寝かしつけ、リュカは台所へと向かう。

トントンと小気味良い包丁の音が響き、鍋からは出汁のいい香りが漂い始めた頃――。

「「「ご主人様リュカ! ただいま戻りました!!」」」

玄関の扉が勢いよく開き、血の匂いを完全に洗い流し、清楚な出立ちに着替えた三人の妻たちが雪崩れ込んできた。

「おお、おかえり。今日は早かったな。ちょうど飯ができるところだぞ」

リュカが振り返ると、三人はまるで主人の帰りを待っていた犬のように目を輝かせ、一斉に彼に抱きついた。

「ええ! 今日はすっごく大漁……じゃなくて、お仕事が順調だったの! これであなたも、あと三年は風邪一つ引かないわよ!」

「ご主人様の顔色が昨日よりさらに良くなっています。私の今日の働きも、きっとご主人様の血肉となっているのですね……ああ、至福です」

「子どもたちは寝てるかい? ったく、うちの亭主は世界一の男前だねぇ。さあ、冷めないうちにいただこうじゃないか」

「あと三年……? まぁいいか、お前たちが怪我なく帰ってきたならそれで十分だ」

リュカは妻たちの頭を順番に撫でながら、苦笑いとともに頷いた。

窓の外では、夕陽が平和そのものになった帝都の街並みを赤く染めている。

裏社会が震え上がっていることなど露知らず、リュカは三人の妻たちと愛する子どもたちに囲まれながら、根深汁の湯気とともに、確かな「生」の温もりを噛み締めていた。

初めて小説を書いてみて、難しさと楽しさをリュカたちにおそわりました。

この物語は一旦一区切りとして、また新たな形で書き綴っていこうと思います。読んでいただきましてありがとうございました。

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