誇り
帝都の地下――古より『奈落の口』と恐れられ、王家の禁忌すら眠る暗黒の迷宮。破滅的な戦場、帝都の戦乱の根源。
それは、ジンが持ち帰った「ある一枚の帳簿」から始まった。
日常の平和が戻りつつあったある日、ジンは帝都の税務監査を行っていた際、致命的な矛盾に突き当たった。帝都の経済は活発であるはずなのに、国庫に入るべき税収が、ここ数十年にわたって「何者か」に吸い上げられている。
その流れを追跡し、結界で隠された金の行き先を突き詰めた結果、その終着点が「帝都の地下、王宮の真下にある広大な空間」であることが判明したのだ。
「隊長、これはただの横領ではありません。帝都の地下深くに、巨大な『魔力炉』が存在します。それが帝都全域から魔力と経済を吸い上げ、何らかの巨大なエネルギーへ変換している……そんな莫大な装置です」
ジンが差し出した地図には、地下の構造がまるで血管のように帝都全土に伸びていることが示されていた。
そこに、隊員からリュカの元へ、一通の封筒が手渡された。隊員曰く、リュカ行きつけの蕎麦屋の看板娘、おときから渡されたという。おときは馴染みの客からリュカに渡して欲しいと頼まれたそうで、何故自分で渡さないのかわからないと言っていたそうだ。いつもリュカとは顔を合わせて挨拶する間柄なのに。封筒の中には「ザザ」が愛用していた古い短剣の破片と地下へ誘う手紙が同封されていた。
こんな身近なところにまで、黒い手が伸びている。
帝都の人々に危害を与えるわけにはいかない。
それは、彼ら「守備隊」への明確な挑戦状であり、同時にリュカを誘い出すための「餌」だった。
「奴らは、俺たちがこの街を守ること、そのものが弱点だと見抜いている」
リュカは破片を握りつぶしながら、冷ややかに呟いた。。
「俺たちが地上でどれほど掃除をしても、根っこにある奴らを放置すれば、この街はいつか枯れ果てる。……行くしかないな。あの地下の奈落へ」
エレオノーラもまた、己の家系に伝わる古い伝承の中に「地下に眠る古き血族」の存在を見出していた。
「あの場所は、私の父《公爵》が最期に消えた場所でもあります。……リュカ、貴方一人を向かわせるわけにはいきません。あそこは、貴方の『悪』が最も必要とされる場所であり、同時に貴方が最も崩れやすい場所でもあるのだから」
彼女はリュカの背中を守るため、そして自分の過去に決着をつけるために同行を志願した。
帝都の「日常」を終わらせないために。
最後の一押しは、帝都の人々からの切実な訴えだった。
ここ最近、帝都の地下から響く「唸り」のような異音に、子供たちが夜泣きをし、井戸の底の水が黒く濁り始めたのだ。市民たちは恐れ、帝都守備隊に「地下を見てきてほしい」と懇願した。
「帝都の日常を守る」――それが彼らの存在意義《誇りであり、自らの契約》だ
もし地下に帝都の未来を蝕む病巣があるのなら、例えそれが地獄の底であろうと、守備隊は降りていかなければならない。
こうしてリュカ、エレオノーラ、そしてジンの三人は、帝都の地下に向かう事を隊員達に伝えた。同行を全員が願ったが、中でも強硬だったのがトニだ。彼は剣術道場の次男であり、剣の腕にはもともと定評があった。さらに最近その性格の明るさと優しさ、悪に対する非常さでリーダーシップを発揮するようになり、隊士の中でもリュカが信頼する男となっていた。「隊長、ここでご一緒できないのであれば何のためにここにいるのか分かりません。足手纏いになるようならこの腹掻っ捌きます。ご迷惑はかけません!是非にも是非にも!」その言葉にリュカは珍しく真面目に「命令だ、帝都地上で、どんな事があっても対応できるよう各員帝都持ち場にて全員第一種待機!いいか!何があっても、まずは帝都の人々の安全と避難を最優先せよ!」そして、いつもの平和な巡回任務の延長のような軽い足取りで、しかしその実、帝都の運命を左右する決死の覚悟で、地下迷宮の入り口へと向かったのである。
彼らが降りていく後ろ姿を見送ったのは、いつも蕎麦屋のおときと、鴨鍋屋の親父だけだった。彼らは「夕飯は、鴨鍋を届けてやるからな!」「…お気をつけて、無事のお帰りを…」と声をかけた。リュカは後ろ手にヒラヒラと手を振り、地下に消えて行った。そこには何の衒いも力みもなかった。




