10万年後は通訳が必要
『妾は神ゆえ俗世にみだりには出て行けぬ、見送るのは非常に辛いが神隠しになるのも不本意だ。元の場所に戻すが良いか……?』
『え……』
てっきりついてきてくれるものだと思っていたから少し驚いた、でもよく考えたら神様がそのまま普通にいるようなことになったらバランスが崩れてしまうのだろう。
『嫌ならずっとここにいても……』
『ううん、大丈夫。僕も頼まれていたことがあったから戻らなくちゃ』
『そうか……やることがあるなら仕方ないな』
水に運ばれて海上へと送られるらしい、なんならもう泳いでいけるような気もしたけれど甘えることにした。あんまり頻繁に会えるような感じでもないみたいだし。
『会えずとも……お前のことを思っている……我が子よ』
そう言ったモルト母さんは何かすっきりしたような顔をしているように思えた。
『ではな』
海流に乗せられて僕は元の場所へと戻ってきた。空が白んでるところを見るとそろそろ朝になるみたいだ。夜通しかかったけど不思議と眠くないのは母さんの加護(?)のおかげなのだろうか。
「おお?起こす前に起きてるとはなかなか良い心がけじゃねえか」
「わっ!?」
いきなり声をかけられたら驚く、やっぱり加護があってもなくてもそんなに変わったわけじゃなさそうだ。調子に乗らないようにしなきゃ。
「ついてこい……殻持ちの奴らが短え首を長ーくして待ってるぜ?」
「は、はい!!」
「……今のは笑うところだろうが……ヒレなしは冗談も分からねえのか」
今のは冗談だったのか……全然分からなかった。そう言う勉強もしなくちゃいけないのかな?
「まあいい、こっちだ」
来たときと同じように誘導に従ってついていく。すると他の建物よりも豪華な建物が見えてきた。規模としては村長さんのところと同じくらい大きい。
「大っきい……」
「たりめえだろうが、ここは貿易用の交渉をする場所だぞ。みっともねえもん作るわけねえだろ」
「え?そんな大事な場所に僕を……?」
そんなの外交官みたいなものじゃないか、対応によっては国際問題に……!?
「……お前もしかして気づいてないのか……?」
「何を……ですか?」
何か隠されているのだろうか、なにも心当たりがないんだけど。僕はもうすでに処刑台に向かっている囚人みたいな状況だったりするのかも……!?
「まさか……処刑……ですか……?」
「ちっげえよ!!俺の正体に気づいてついてきたんじゃねえのか!?」
正体……?
「えっと……チョウチンアンコウさんですよね?」
「なんだよそれ!!俺はこの村の外交を取り仕切ってるペスカだよ、村長からお前の監視と一緒に面倒もみてやれって言われてきたんだよ。なんだお前、知らねえ奴に本気でほいほいついてきたのかよ!!」
怒られた……たしかに切羽つまっていたけれど……そんなに怒らなくてもいいんじゃないかなぁ。ようやく姿を現してくれたけどやっぱりチョウチンアンコウさんだった。
「言っておくけどなあ、ここの奴らは大概良い奴だ。それでもごろつきの類いはいるんだぞ、ふらふらしてたらそんな奴らの良いカモになって終いだ。お前は運が良かった、それだけだってことを覚えておきやがれ」
もしかしてこの人凄くいい人なのでは……?声の感じとかで判断してたけど善人な感じが伝わってくる気がする。
「ったく……お前の通訳に期待してんのは本気だからな。ここで言い成果を出せばお前の立場が少しばかり変わってくることは頭に入れておけ」
あれ?これって重要な場面だよね。失敗したら後がない……!?
「あわわわわわわ……!!」
「今更びびってんじゃねえ……行くぞ」
本当に……今から……僕のこれからが決まってしまう……と思ったけど。2、3回くらい死にかけてること思ったら通訳くらいなんでもないな。分からなかったらまあそのときだし。
「今から合うのは殻持ちの中でも最も危険な相手だ。鋭いハサミは簡単にお前の首なんかぶっ飛ばしちまうからな。今まではなんとかサインでやってきたが限界が見えてきたところなんだ、段階を踏ませてやりたかったがしかたねえ。覚悟を決めろ」
ごめんなさい、やっぱり怖いです。死にたくないなあ……。
「この扉をくぐったらそこは戦場だと思えよ」
「はい……」
ペスカさんが開けた扉の先には岩を削って作ったらしいイスに座る蟹っぽい人がいる。甲殻らしき場所と人みたいな場所が混ざっててどこが境目かよく分からない、赤毛みたいだけど茹でる前なのに赤くていいんだろうか……どんなバケモノかと思ったけど殻があってハサミもあるとなればもうそれは蟹しかなかったなあ。あ、ハサミって上から被せる形なんだ。ミトンっぽい。
「……」
何か手をグーパーしてるけどなんだろうなあ。これがサインってやつなんだろうか。
『そこのガキはなんだ……なんのつもりだ……っても言ってることは分からないんだろうが』
やっぱり普通に喋ってるようにしか聞こえない、これがペスカさんにはどのように聞こえているのだろうか。
「……どうした……奴は何か言っているのか……?」
分かってないみたいだ、それどころか何かを言われてることすら分かっていないみたいだから根本からして違う方法で喋ってるのかもしれない。
『僕は通訳です、あなたの言うことをこっちのペスカさんに伝えます。逆にペスカさんの言うことも僕が伝えます』
『は?おいおいおい……お前……ヒレなしだろ……殻持ちでもねえ……なのにどうして分かりやがる?俺らの言葉はそう簡単にできるもんじゃ……まあいいか……そんなことはいい……ここには商売の話をしに来たんだ』
蟹の人が何かをペスカさんに投げてよこした。
『これが何か分かるか?』
ペスカさんに伝えると手の中にあるものをまじまじと見つめた。
「知らねえな……説明しろと伝えろ」
『説明をお願いします』
『それは歯だ、その歯に見覚えがねえとは言わせねえぞ』
歯……そんなものを見て何が分かるのだろう、僕の仕事は通訳だから別に理解する必要がないのかもしれないけど……。
「歯……だそうです」
「ブラシ状の歯だと……鯨だな?」
鯨?鯨がそんなに重大なことなんだろうか、捕鯨でもするのかな?
『鯨ですね?』
『そうだ、今日の取引はその情報だ』
情報で取引をするのか……ものだけじゃないんだな……。
「今日は情報を売りにきたみたいです」
「鯨となると……これはだいぶでかい話になるな……なにせあいつは……災害だ」




