10万年後に母親ができました 2
『えっ……?』
あまりにも現実味のない光景に僕は全く理解が及ばなかった。突然軽くなりバランスを崩した身体にそこから吹き出す鮮血、噴水のような出血は自分から出ているものだったけれど他人事のようで。でも、それの当事者であることをすぐに思い知ることになった。
『あ……ああ……あああああああああああああああああああ!!!!』
激痛、感じたこともないような激痛が僕を貫いた。思考も何も全てを塗りつぶす。痛い、ただ痛い、痛くて痛くて…死んでしまう。
『すまぬ……なるべく早くすませるから耐えておくれ。うぐっ……!」
モルトさんが自分のことを槍で刺した、その場所は左胸。身体の構造が人間に寄っているならば致命傷になる場所。
『血の契約という……右腕だけとはいえ妾のものとすることを許しておくれ。その代わりになるとは思わないが新しい腕と死ぬまで続く妾の血の加護を授ける』
僕の傷口にモルトさんの血が入れられる。血液型とかそんなことが頭の中をよぎったけれど激痛のなかではまともなことを考えることなどできなかった。
『我が血において命ずる、供物の腕を代価とし、この者に神の血の祝福を、我が意思によって命ずる、愛しき我が子に命終わるその時までの寵愛を、我が名において命ずる、我が子との間に破れぬ誓いを』
全身が水に包まれるような感覚を覚えた、ちぎれた腕からの痛みは霧のように消えていく。それどころか何かが中に流れ込んでいくような感じがする。
『これで終わりだ、妾は二度もお前を傷つけた。これは到底許されることではない、故にもう母と名乗るようなおこがましいこともせぬ。妾のことは忘れるがいい。償いにもならぬが新たな腕と加護を授けた。しかし、お前のもとの腕は二度と戻ることはない。怖い目に合わせてすまなかった、すぐに海上に返してやろう』
腕がある……僕の右腕が確かにそこにある。見た目は今までのものとは全く違う、それこそモルトさんの腕とそっくりだ。外側は黒く艶があり、内側は白い。
『驚いただろう……今までのお前の腕とは似ても似つかぬ無様な腕だ。妾の腕を得ることなどおぞましいかもしれないが前と同じように動くことは約束する……許してくれ』
こんなのって……こんなのって……。
『か、かか、かっこいい!!』
『は?』
凄い凄い凄い!!何コレ何コレ何コレ!!変身したみたい!!モノクロのカラーリング最高にかっこいいよコレ!!
『ありがとうございます!!』
『いや……礼などされる立場ではないのだ……妾はお前の右腕を奪い……あまつさえ無理矢理血まで流し込んだのだ……許されぬことをしたのだぞ』
そんなことはもうどうでもいい!!今はこのかっこいい腕の話がしたくてしょうがない、というか腕がもどったなら別に問題ないのではないだろうか。
『許します!!』
『ええ!?』
面白いくらいに口をぽっかりと開けて固まってしまった。あ、やっぱり大きめのギザ歯なんですね、かっこいいなあ。
『いやいやいや!!待つのだ!!お前は妾に何をされたかよく考える必要があるぞ!!』
『あ、そういえば血を流し込んだって言ってましたね。つまりは血がつながった家族になったってことですよね。お母さんって呼んで良いですか?』
『へぁ!?待つのだ!!一回落ち着いてよく話し合おう!!』
うわお、水に身体が拘束されてしまった。でも全然嫌じゃない、それどころか水が身体になじむっていうか居心地が良い。あ、なんだか水の中でも自由に動けるっぽいぞ。
『うわー!!凄いや!!水の中でも動けるぞー!!』
『しまった!!最上級の加護を与えたから水では拘束できないの忘れてた!!』
これすごい楽しい!!水の中でも呼吸大丈夫みたいだし。
『ああもう!!力尽くはもうしたくないというのに!!』
『わぁ!!追いかけっこだぁ!!』
モルト母さんに捕まらないように動こうっと!!
『甘いわ!!こっちは何千年海の中にいると思っている!!』
『わー!!捕まっちゃった!!』
やっぱりすぐに捕まっちゃったなあ。年季の違いって言うか経験値の差がありすぎて全然逃げられなかった。
『はぁ……はぁ……話し合おう……な?』
『問答無用で腕を刺したのに……血まで流し込んだのに……』
『うぐっ!?お前がそんな風に言うなどとは思っていなかったのだ!!絶対に拒絶されると思ってたのに、まさか諸手を挙げて喜ぶとはな!!この海神モルトパールの目を持ってしても分からなかった。それに血が入ったからと言ってすぐに母と呼ぼうとするな!!もっと葛藤しろ!!』
なんかメチャクチャ言ってる、その自覚はあるのだろうか。
『そういうのを全部ひっくるめて許すって言ったんです、葛藤も全部飲み込んで母さんと呼ぼうとおもったんです』
今思ったから嘘じゃない。さっきまでノリとテンションで喋ってたけどそれでいい気もしてきたし。うん大丈夫、なにも問題はない。
『……いいのか……妾はまたお前を傷つけるかもしれないぞ……』
『そこはもう心配してません、もうそんなことしないって信じてますから』
『まったく……そういうことをしれっと言うものではない……はぁ……分かった、妾はお前の母となろう……我が子よ』
10万年後に母親ができました。




