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10万年後に母親ができました

『どうだ?嬉しかろう?』

 自信満々で言われるとなんだか嬉しいような気がしてくるのは不思議だなあ。でも今は戸惑いのほうがおおきいっていうのが正直なところだ。いきなり母を名乗られても困る。

『いや……びっくりしてよく分かりません』

『そうかそうか、あまりの僥倖に頭が追いつかぬか。それも仕方ない。この海神モルトパールがお前の母になったのだからな』

 あ、フルネームはモルトパールだったんですね。

『それにしても……ふふ……話ができるというのは存外嬉しいものだな』

『そう、ですか?』

『そうなのだ。同じ言葉を持っていたものが次々と居なくなってしまってな、今の水の民も愛してはいるがどうしても寂しさは拭い切れない』

 きっとモルトさんは想像もつかないくらいの長い間生きてきたんだろう。その中でいろんな人を見送って、同じ言葉を喋る人さえいなくなってしまった。それがどれくらいの孤独かは想像がつかない、いきなり10万年後に放り出された僕とは又違った苦しみなのだろう。それを比べることはできない、でも、それを慮ることくらいは僕でもできるだろうか。

『それは……辛かったですね』

『辛い……か。神として生を受けた妾にそのような心があるかは分からぬが、積み重なった胸の痛みをお前達はなんと呼ぶのだろうな?』

 ああ、この人は寂しかったんだ。僕の母親になるとか色々言っているけれど一番底にあるのは寂しさなのだろう。置いていかれつづける痛みにも気づけないままにここでずっと神として君臨していたのだろう。それはなんて、なんて痛ましい。

『どうした?まだどこか痛むのか?』

『え……?痛みなんて……』

 頬を触ると確かに濡れていた、でもこの涙は痛みによるものではない。ただ、ただ悲しいのだ、ここでいつまでも在り続けて生きたモルトさんが。

『寂しかったですよね……心細かったですよね……こんな広い海にいて……モルトさんと話せる人さえいなくなってしまって……それでも神として居続けなければならなくて……それが辛いことだってことも分からなくて……泣き言も、恨み言も、なにもかも1人で抱え込むしかなかったんですよね……そんなの……酷すぎる……』

『妾は神として産まれた、お前に心配されるほど脆いつくりにはなっていないのだぞ?だから泣き止んでおくれ、お前の泣き顔は妾の心をかき乱す』

 嘘だ、そんなの嘘だ。辛くない訳がない、悲しくない訳がない、だって、その証拠に。

『それじゃあ……どうしてモルトさんも泣いてるんですか……』

『妾が泣いている?そんなはずが……』

 モルトさんが自らの目をこする。

『っ!?』

 モルトさんの指は確かに濡れていた。自らの瞳から流れ続けている液体をまるで初めて見るように驚愕の表情で見つめている。

『これは……その、海の塩気を体外に逃がすために常に出ているものであってな……別に特別なものではないのだ。そういう機能で出るだけであって悲しみなどとはなんの関係もないのだ……神が泣くわけなかろうが、神が泣きくれたならば民はなにをより所にすればいいのだ』

 目を背けながら言った言葉になんの説得力があるだろう。それは言外に認めたことに等しい行為だ。それにここで僕が言わなければモルトさんはこれからもずっと目を背けたままになってしまう。そんなのはダメだ、きっとここで僕が言わなければならない。

『大丈夫ですよ、ここには僕以外いません。きっとここでどんなに泣き叫んでも海の波が全てかき消してくれます。全部はき出してしまって良いんです』

『やめろ、やめるのだ、そんなことを言ってはだめだ。何かがこみ上げてくる、苦しい、痛い、なんなのだ、これはいったいなんなのだ!!』

 モルトさんの顔から余裕が消えた。少しずつ自分のことに気づき始めたのだろう、涙が次から次へと流れていく。

『それが悲しいって事なんだと思います』

『……妾は……妾は……永久を生きなければならないのだ……叶うならば定命の友と一緒に眠ってしまいたかった……それは許されぬ……妾は神である故に……この世の秩序でなければならないのだ……すべてを失った……時の流れは残酷に全てを奪い去った……なにもない……なにもないのだ……妾には神である以外の全てがないのだ……きっと初めにはあった悲しみも……寂しさも……怒りも恨みも……とうにすり切れてしまったのだ……だからもうやめておくれ……妾は……これ以上失いたくない……』

 何年分になるだろうか、重い重い吐露だった。うずくまったモルトさんの身体はとてもとても小さく見えた。それこそ僕とあまり変わらないくらいに。

『僕が……どれくらいの助けになれるかは分かりませんけど。一緒に居るくらいのことはできると思います。それでもモルトさんから見たら一瞬かもしれませんが……』

 僕は今とてもひどいこと言った。それは分かっている、それでも言わずにはいられなかった。。狡いことをしている自覚はある、でも放っておくなんて僕には……。

『そんな残酷なことを言わないでおくれ……家族ごっこならばいい……それは遊びだ……だが……それ以上はダメだ……失われることが分かっているのに……大切なものなど作りたくないのだ……それは妾を抉る刃なのだ……』

 そうか……僕の存在自体がモルトさんを苦しめてしまうのか……それはダメだ……今以上の苦しみを与えてしまうのはダメだ……僕から引いた方がいいのだろうか……。

『……では僕はこれからモルトさんの前に現れないほうがいいですね……苦しめてしまうのは僕も嫌です』

『ダメだ!!ようやく見つけたのに……!!』

 八方ふさがりなのだろうか……どうにもこうにもできないのだろうか……今の状況を何とかする手段は僕にはない……モルトさんが決めるしか……。

『……分かった……ふふ……思えば簡単な事だった……永く使っていなかった力ゆえな……ああどうかこれからすることを許しておくれ……妾には……こうすることしかできないのだ……』

 モルトさんがフォークのような槍を握る。

『……すまないな……こんな母親にしかなれなくて……』

 槍は僕の右腕をもぎ取った。


 

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