10万年後も災害は過ぎ去ってからのほうが大変
災害が来たあとっていうのは本当に長くかかって、そっちの方が本番だって言う人もいるらしいんだけど。それ、本当です。
「なるほど……確かに大変なことになってる……」
村の人たちがしていたことの意味がようやく分かった。あれって鯨を倒したあとの解体とか肉の保存とかそういうものの準備をしていたんだ。なぜなら鯨ほど大量の肉を一度に手に入れることはそうそうないし、その内側にあるものにも大層価値があるんだそうな。
「おい、次は羽根持ちだぞ!!」
「は、はーい……」
ペスカさんが鯨の件が終わるまではって念押ししたのも納得できた。だって今この村には見たこともない人たちしかいない。お魚さん系の人たちは見慣れてきたけれど犬っぽい人とか鳥っぽい人とか蛇っぽい人とか数え上げていったらきりがないくらい多様だった。これを見ると人間ってみんなそっくりだったんだなあって感じてしまう。
『脂を瓶一杯にいただきたい』
鳥の人は嘴はないみたいだけど腕が羽根になっている、と思っていたら口のなかに嘴みたいな歯があったから皮膚に覆われたって感じなのかな?
「ぼやっとしてんじゃねえ早く訳せ!!」
「はぃ……」
雰囲気を見る限り鯨を倒して一気に売りさばくのは一種のお祭りみたいなもので、村が一番賑わう時期らしい。これで僕が鯨の撃退に成功してたらそれはそれで大惨事だったって訳だね……はぁ……裏目に出まくるなあ……。
「脂を瓶一杯に欲しいらしいです」
「なるほど、それはどれくらいの純度が必要か聞け」
『純度はどれくらいがほしいですか?』
色んな人たちの通訳をしていて思ったけど、ここの人たちの言葉が多様すぎることがよく分かった。というかもともとの生態が違うのだから当たり前なのだけど今までよくやってこられたと思う。一応共通語みたいなものはあるらしいのだけど発音の関係上使えるのは一部の声帯と肺、それに舌をもっている者たちに限られてしまう。現に今話している鳥の人は見る限り嘴を途中でカチカチと鳴らしながら話している。それで意味の違いが生じるのかもしれないが普通分からない、なぜか僕は分かるけど。特に発音以外を使ってのコミュニケーションというのが多い。中には身体の色を変化させるという人もいたし、何なら匂いという人もいた。
『灯になればいい。それにしても君は不思議だな、我らとは違う話法のはずなのに君は我らの言葉を理解し君の言葉も私には分かる。君はどこの種族なのだ?』
『人間だと思います……たぶん』
『にんげん……?聞いたことのない種族だな……まあいい。重要なのは君が我らと同じ言葉が話せるということだ。もし我らのところに来る事があったら歓迎しよう、なにしろ同族以外とちゃんと話す機会というのは非常に貴重なんだ』
これも皆が言う。まさか同族以外で満足に話せるなんてことがあるとは思わなかったと口々に告げる。その後に来てくれたら歓迎するというのも同じだ。どこも外との交流に飢えているのだろうか。もしかしたら言葉の壁は思ったよりも厚く超えがたいのかもしれない。
「で?どれくらいのが欲しいって?」
「灯になればいいそうです」
「そうか、じゃあこれを持ってあっちの卸のところまで行けって伝えろ」
用件さえ分かれば今までやっていた要領で案内すれば何とかなるらしい。
『あちらで取り扱っています』
『そうか、ありがとう同胞。君に良き風があるように』
『はい、ありがとうございました』
同胞と呼ばれることもたびたびある、同じものを共有するっていうことを一族への参入だと考えているのだろうか。でも、なんだか友達が増えるみたいで嬉しいとも思う。
「しっかしまあ、お前本当になんなんだ。どの奴とも話せて方言も言葉ですらないやつすらもお構いなし。他の奴と話してるときは何を言ってるか分からねえが一度に二つ分喋れる奴なんかいねえから問題じゃねえ」
「僕もよく分かりません、なんで分かるのかも通じるのかも」
本当に分からない、僕は普通に話して聞いてるだけ。どうしてこんな能力があるのか不思議だけど使えるものは使わないと。
「それとよ、その腕はどうした?来たときはそんなんじゃなかったよな」
あ、とうとう聞かれた。今までだれも触れなかったから別におかしくないのかと思っていたけどそんなことはないようだ。
「これは……もらいました」
「……まあ、お前の事情だから深くは突っ込まねえがあんまり命を粗末にするもんじゃねえぞ」
ペスカさんやっぱり凄くいい人だよ!!ふつうはいきなり腕が変わってたらメチャクチャおかしいから根掘り葉掘り聞くはずだもの。あ、でも10時間(体感)以上ぶっ続けで通訳させるのは止めて欲しい。そろそろ疲れてきた。
「次の奴で今日の分は終わりだ、最後だからって気を抜くなよ」
「はい!」
次の人は……人間……ぽいけど……耳が長い……なんだろう……兎って感じじゃないし……今まで見た中で一番人間に近いなあ……。
「げ……エルフかよ……あいつら喋れるくせにわざとエルフ語しか喋らねえからなぁ……毎回心臓に用があるみたいだから指を刺すだけでいいぜ」
「え……るふ……?」
エルフの人は僕を見るなり鼻で笑った。
『通訳のつもりか……だが私はエルフの中でも最も古い家のものだ……ハイエルフ語を理解できるものなどここにはいない。全く……共通語等という下品な言葉を話す気ははじめからない……分かるわけもないが……一応言っておこうか。鯨の炉心をいただこう……毎回のことだ……心臓まで案内されるだけだろうがな……』
『あちらです』
感じ悪いなあ……こういうのを鼻持ちならないって言うのかな?
『そうか……おい……待て……今なんと言った?』
『心臓はあちらです……と……何か気に障りましたか……?』
なんだろう、何か失礼なことを言ったのだろうか。
『……お前にこれを与える、大義であった。国に来ることがあったら我が家の門を叩くといい』
そう言ってすたすたと歩いて行ってしまった。一体何を渡されたのだろう。
「おい、それなんだ?」
「分かりません……何でしょう?」
中を覗くと古い木でできた紋章のようなものが一つ入っているのみだった。
「ばっ……お前それ……エルフの盟友の印だぞ……それあったらエルフから敵対されることはまずねえ。しかもそれ古木だな……あいつエルフのお偉方だったのか……」