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2-4 消えた体操着

 公園と幼女か。トラウマだ……。


 オレが仕事をやめた後、完全な引きこもりになる前の話だ。

 その頃は、昼間は毎日数時間は散歩して過ごしていた。

 金はないけど時間だけは有り余っていたし、実家にいるのが気まずかったし、社会的にはともかく「太陽に合わせて暮らす」 という生物的には人間っぽい生活をしていたから。


 散歩の合間、歩き疲れると公園のベンチで休息した。

 いつも同じ公園だと、ご近所の主婦の皆様方にヤベちゃん扱いされる。

 だから、毎日場所を変えた。実家の半径10km以内の公園はほぼ制覇した。


 そこは住宅街にあり、すべり台やブランコなどの遊具がひと通りそろった、少し大きめのありふれた公園だった。自宅からだいぶ離れていた。来たのは初めてだった。

 平日の午前中だったからか、天気は良かったが、5、6人のちびっ子とその子らのママさんたちくらいしかいなかった。

 

 談笑するママさんたちから一番遠いベンチを選んでオレは腰を下ろした。ペンキを塗り直されたばかりで赤、青、黄色、鮮やかに彩られた遊具とは対称的に風雨に晒されサビの浮かんだベンチだった。

 遊具で遊ぶ子どもたちの姿を視界の片隅に留め、はしゃぎ声を聞き流しながら、「ずいぶん遠くまで来ちゃったな」とふと感じた。


 子どもたちの方をあまり見ないように注意しながら、10分、15分ほど過ごした。以前、遊ぶ子どもたちを眺めてて通報されて職質されたから。

 そろそろ潮時かな。

 滞在時間が長くなるにつれ、ママさん方がこっちをチラ見する頻度が増え、次第にその視線は鋭さを増し、容赦なくオレの全身を突き刺し、慈悲なくオレの心を切り刻む。これも学習済みだ。


 腰を上げようとしたオレのところに5歳くらいの女の子が寄ってきた。みんなで遊ぶ子どもたちの輪から外れ、ひとりでブランコをこいでいた子だ。

 オレに用事があるだなんてこれっぽっちも思っていなかったから、逃げ出すタイミングを逃してしまった。

 女の子はオレの隣にちょこんと座り、話しかけてきた。


「なにしてるの?」


 あどけないその一言にオレは返事ができなかった。

 冷静に考えれば、「ベンチに座ってなにをしているか」という意味の素朴な疑問だろう。

 でも、そのときのオレは、「いい年した大人が昼間っから仕事もせずになにしてるんだよ」と責められているとしか思えなかった。

 クリティカルな一撃だった。オレは「え、いや、べつに」と口ごもるだけ。挙動不審以外のなにものでもない。


 でも、女の子はそんなことは気にせずに、一方的にしゃべり続けた。


「ひとりでたのしい?」

「ユウくんはイジワルするからきらい」

「レナちゃんもオモチャかしてくれないからイヤ」

「ママはみんなでなかよくっていうけど、それもヤダ」

「だって、ワタシばっかそんするもん」

「ほんとはおうちでひとりであそびたいよ」


 つたないしゃべり方だったけど、言いたいことはわかった。

 悩みの真剣さも伝わってきた。

 そして、その考えにはすごく共感できた。オレも子どもの頃からそう思っていた。


 だから、なにか言ってやりたかった。励ましてあげたかった。

 だけど、そんなこと言えるほどまともな人生を歩んでない。

 だから、オレは相づちをうつだけだった。

 

 そんなやり取りに気づいたのか、ママ友トークに花を咲かせていたうちのひとりがこっちに向かってきた。

 女性は「お邪魔してすみません。相手をしてもらってありがとうございます」と丁寧に頭を下げてきた。社交的には百点満点花マルの振るまいだった。


 でも、子どもを早くオレから引き離したいという魂胆が見え見えだった。それに笑顔をつくりながらも、その目は不審者に対する警戒のそれ以外のなにものでもなかった。

 高校一年の時、教室のロッカーから山本さんの体操着が紛失し、問題になった。結局、犯人は見つからなかったが、そのときの山本さんがオレに向けたのと同じ目だった。


 女の子の目とその母親の目。正反対のふたつ。

 オレは人間がもっと嫌いになった。


 そんなことがあって、オレは散歩をするのにも時間を選ぶようになり、段々と散歩すらしなくなり、最終的には引きこもりになった。


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