2-5 れりごー
――イヤな過去を思い出した。
けど、まあ、平気だ。
今はもうそれほど気にならない。
そこら辺はとっくに割り切った。諦めた。
世間の目とか、家族からの扱いとか、色々と最悪だけど、開き直っちゃえば、意外と気楽に生きていけるもんだ。
さーて、じゃあ行きますか。
オレはもう一度周囲を見回し、現状を確認した。
空は太陽もないのに一様に明るい。
地面は真っ平らで、四方の地平線までなんの遮蔽物もない。
なんの自然も存在しない。
ここに在るものは、砂場とベンチのふたつの人工物のみ。
明らかに現実の世界ではない。
比呂子さんが言うように、砂場の幼女によって創られた世界なのか?
オレは幼女に向かって歩き出した。
肩で切りそろえられた艶のある黒髪。
砂場には不似合いなデコラティブな黒いドレス。
病的なほど透き通った白い肌。
細く折れそうな手足。
やっぱり、この子が魔王だなんて思えない。
比呂子さんも安全だって言ってたし、いきなりバクって喰われることもないだろう。……だよね?
少しの不安はあったが、思い切って声をかけてみた。
「こ、こんにちわ~」
「……」
キョドり気味なオレの声に、幼女が顔を上げた。
無言でオレの顔をじっと見つめる。まったくの無表情だ。
幼女の紫色の瞳はなにも語らず、オレの心の奥底をのぞきこんでいるようだった。
汚れのない瞳にドブ川みたいなオレの内面を映し込んでしまうのがいたたまれない気分になった。
子どもの無垢な目で見つめられて、目をそらさずにいられる奴がいるだろうか? オレはできない。
しかたなく、幼女の隣に腰を下ろした。
近すぎず、遠すぎずっていう距離感が難しい。
「おじょうちゃん、おなまえは?」
オレの問いかけに幼女はじっとオレを見つめたままノーリアクション。
……。
…………。
うーん、ツラい。
いい加減、この間に耐え切れなくなったオレがなにか言おうとしたそのとき、おもむろに幼女が口を開いた。
「さたんこ」
さたんこ。サタン子か? 魔王だからサタン子か?
神野ゴッド子って名前の神様と同じくらいなんのひねりもないぞ。
それに口を動かしただけで、表情はピクリともしてない。
やりずらい……。非常にやりずらい……。
よし、ここはいっちょ気さくなお兄さん作戦で。
「サタン子ちゃんか。オレは勇作。よろしくね」
「ゆーさく?」
「ああ、それがオレの名前だ」
某国営放送の子供向け番組に出てくるインチキ臭い爽やかさだけが取り柄の年齢的にはおじさんに分類される『おにいさん』の笑顔を真似して言ってみたが、サタン子ちゃんからはそっけない反応しか返ってこなかった……。
しかも、相変わらず無表情に微塵の変化もなし。
オレの作戦はダダすべりだった。結構自信あったのに。
うーん、恥ずかしい。やっぱ、慣れないことはやるもんじゃないな。
比呂子さんはきっと腹抱えてるはず。絶対に後ろ振り向かないぞ。
でも、返事を返してくれるってことは脈がないわけじゃない。
気を取り直して、作戦変更だ。
フツーにやりゃー平気だって比呂子さんも言ってた。
ここは自然にいくか。
素の自分で、ありのままで。れりごーだ。
状況に合わせて臨機応変に、と言えば聞こえはいいが、単なるノープランでオレは切り出した。
「なにしてるの?」
「なにしたらいいか、わかんないの」
「サタン子ちゃん、ひとり?」
「うん。おまえはこれからずっとひとりだっていわれた」
無表情で紡ぎだされたその言葉に、オレは昔のことを思い出した――。




