1-11 カーチャン以来
比呂子さんに引っ張られて、オレは浴室に入った。
そこは、二人でゆったり入れる大きなバスタブとシャワー付きの洗い場がある広々としたバスルームだった。
…………。
オカシクね?
おんぼろアパートだよ?
六畳一間だよ?
ギシアンしたら壁ドンな薄い壁を挟んですぐ隣の部屋だよ?
明らかにこんなスペースなかったよ?
オレの実家の風呂より立派じゃないか……。
いや、考えたら負けか……。
きっと、冷蔵庫の減らないビールと同じで、神様パワーとかそんな感じなんだろう……。
「ほら、さっさと入るぞ」
比呂子さんは湯気が立ち上るバスタブにさっさと一番乗りし、オレに手招きした。
バスタブの縁に両腕を投げ出し、目を閉じて「あー、ごくらくー」とかつぶやいてる。ほんとマイペース。
比呂子さんは何事もないみたいにしてるけど、こっちはドキドキしすぎてそれどころじゃないんだよ。
女性と一緒に入浴とか、カーチャン以来なんだよ。
バスタオルに押さえつけられてゆらゆらと浮かぶ二つの弾力的な球状物体とか、波紋でぼやけて想像力をかき立てられる水面下とか、ほんのりと上気した桃色ほっぺとか、一筋の水滴が優美な曲線を描いてしたたるうなじとか、水を弾くハリのある肌に包まれつつもぷにぷにとした二の腕とか、色々と反則だろ!!!
オレはドキドキしながらも、滅多にないチャンスなので、しっかりと記憶に焼き付けようと、じっくりと観察しておいた。
貴重な資源を有効に活用する。エコだよ、エコ。
「ジロジロ見てないで、勇作も早くおいでよー」
いきなりデレモードにキャラ変えた比呂子さんが両腕を広げ、なんでも許してくれる包容力のある優しいおねーさんボイスで誘ってきたから、オレの警戒レーダーが「WARNING!」だ。
オレの経験則によると、女性がオレに好意を示したり、何かしてくれたりする場合は注意が必要だ。その後にロクでもない結果が待っている。
罰ゲームで告白とか、男子に頼まれてラブレター代筆とか、ホントに止めろ!
しかも、相手は比呂子さんだ。
短い時間でも、もう学習した。絶対、ワナに決まってる。
「……なに企んでるんすか?」
「別に他意はねーよ。俺がしてーからしてるだけだ。そこら辺のクソビッチと一緒にすんな」
ちょっと拗ねた感じでそっぽを向く比呂子さん。あ、カワイイ。
そう言われちゃったら、しょうがないな。
今さら「シャワー派なんで」とか言える雰囲気じゃないし。
そもそも、バスタブに入らんことには異世界に転移できん。
さあ、どうしたものか?
「勇作行きまーす」って、比呂子さんの胸元に飛び込む度胸はないし、向かい合わせに入れば比呂子さんのナイスバディが視界一面にパノラマビューだ。
さんざん悩んだすえ、比呂子さんに背を向けてバスタブに入った。
しかも、できるだけ比呂子さんから距離をとるようにして。
ええ、チキンですがなにか?
けど、オレのそんな思惑なんか考慮してくれる比呂子さんじゃない。
いきおいよく飛びついてきた。
両腕が首に回される。
柔らかいものが背中に押し付けられる。
やっぱりワナだった……。
「ほら、集中集中。じゃないとアッチに行けないぞ」
こんな状況で集中できるか!
身体の一部に血液が集中するくらいだ!
「からかわないでくださいよ。これでも緊張してるんすから」
「そんなタマじゃねーだろ」
比呂子さんはお見通しだった。
普通だったら、初めての異世界とか緊張しない方がおかしいだろう。
けど、オレは昔からそういうのがあまり気にならない。
良く言えば、適応力がある。悪く言えば、流されるまま。
そうやって生きてきた。
実家を叩きだされ、ネカフェ暮らし。
金がなくなって、ホームレス。
そして、ついには勇者バイト。
この先どうなるんだろうか? まあ、なるようになるだろ。
考えてもしょうがなし。
オレは両目を閉じた。
「比呂子さん、なんでそんなにオレに優しくするんですか?」
「なんかオマエみたいなヤツは応援したくなるんだよ」
「なんすか、それ?」
「ホントは洗いっこしてーけど、また今度な」
「いや、結構です。恥ずかしいし」
「じゃあ、上手くやれたら就職祝いのごほーびってことで。それなら文句ねーだろ。勇者になってカッコいいトコ見せてくれよ。期待してるぜ」
比呂子さんと言葉をかわしているうちに、ゆるやかに意識が深く沈み込んでいった――。
ここまで読んで下さった皆様、ブックマーク登録して頂いた皆様、ありがとうございました。
今回で第1章完結です。
次回、ようやく異世界転移です。おまたせしました。
今後も異世界と現実世界を行ったり来たりします。
まったり展開ですが、気長におつき合いいただければ幸いです。




