冒険者ギルドと無電線化
ギルドの執務室。
ギルマスは、机の上にすでに業界紙を広げて待っていた。
記事の見出しを、義肢の指で、とん、と軽く叩く。
「お前のおやじか」
「……はい」
「立派な、肩書きだな」
ギルマスの声に、皮肉はない。
整理された業界人の言葉として、事実を示している。
ヘルマンとギルマスが、目で軽く合図する。
「世界システム、ねえ」
「ああ」
ギルマスは、椅子にもたれて、天井を見る。
「王都のときと、同じやり方だな。数キロ単位の長距離送電網を、転移塔送電に切り替え、残りは全部地下送電に切り替える」
レナは、頷く。
「……はい」
「ふぅん」
ギルマスは、しばらく、黙っている。
――ギルマス自身は、無電線化にそれほど反対していないことが、レナにも薄々伝わる。
毎年冬に起こる雪害は、どうにかして避けたい事案だったはずだ。
このまま無電線化が進めば、地主としての管理はむしろ楽になるはず。
盗電問題が解決すれば、ダイナモンキー駆除依頼の頻度も減る――彼らを「発見しない」ための苦労も、減る。
ギルマスは、レナの方を見る。
「お嬢さん、お前さん、何か、困るのか」
レナの口が開く。けれど、言葉が出てこない。
(……はい、困ります)
(……困るんです)
(……でも、何が、と、言えば――)
レナは、息を吸う。それから、口に出す。最初に、出てきた言葉は――
「……ダイナモンキーの、ことが、心配です」
――自分でも、それが本当の理由ではない、とわかっている。けれど、それしか口にできない。
「電線網がなくなったら、彼らの電力源がなくなります。彼らは人間の真似をして家電を使いこなすことのできる、唯一の生物です。夏は扇風機をまわして、だらーんとして、冬はイルミネーションを飾って、仲間をしのんでいる、彼らのユニークな生態系が、失われてしまいます」
レナの口から、勢いだけで言葉が流れ出す。
考えるより先に口が動く。けれど止める事は出来ない。
ギルマスは、しばらく黙って聞いている。それから低く笑った。
「お前さん、随分、ダイナモンキーに肩入れするな」
「……はい」
「あいつらは、モンスターだぞ」
「……可愛い、お猿さんです」
ヘルマンが、横でぽつりと口を挟む。
「落ち着けレナ、モンスターが、モンスターの、生活に、戻るだけだ。むしろそっちが自然だろ」
レナは、ヘルマンの顔を見た。
その台詞が、レナの中で二重に響く。
――表面的には、ダイナモンキーの話。彼らは元々、ダンジョン内のモンスターで、人間社会に出てきて、寄生的に生活しているだけ。電力源を奪われれば、元の生活に戻る。それだけの話。
――けれど、レナの耳には、別のことも聞こえる。「お前は、本来、ここにいる人間じゃないだろう」。会社の社員として、業務で派遣されてきただけ。別の事業が立ち上がれば、王都に戻る。それは、ごく自然な人生の流れだ。
ギルマスが、ぽつりと、付け加える。
「だいいち、その電力は、人間から、盗んでるんだぞ。不正行為の上にできた文化を尊重する道理はない」
「……」
レナは口を閉じた。
ギルマスの言うことは正しい。父の言うことも正しい。ヘルマンの言うことも正しい。全部正しい。
正しいことだらけの中で、レナだけが震えている。
ギルマスは、新聞を引き出しにしまった。それから、椅子から立ち上がる。
「まあ、来週、来るんだろう。会って、話を、聞けばいい」
「……はい」
「お前さんは、おやじの娘だ。会って、話を聞ける立場だ」
レナは、頷いた。
ギルマスは、ヘルマンの方を見る。
「ヘルマン、お前さんも、たぶん呼ばれるぞ」
「俺がか?」
「お前さんのリアクトルは、向こうも把握してる」
「……」
ヘルマンは、何も言わない。
***
ギルドを出ると、もう夕方になっていた。
電線天蓋の下、雪混じりの風が吹いている。コロナ放電が、紫色にちらちらと光っている。
レナとヘルマンが、並んで歩く。
レナは、しばらく何も言わない。それから、ぽつりとつぶやいた。
「……ヘルマンさん」
「あ?」
「父は、いい人なんです」
「ああ」
「人を死なせない技術を作るために、人生を捧げてきた人なんです」
ヘルマンは、しばらく黙って歩く。それから、低く言った。
「人を、死なせない技術、か」
「はい」
「いいことじゃないか」
ヘルマンの声は、淡々としている。
皮肉でも、賞賛でもない。ただ事実として受け止めている。
レナは、もう一度ヘルマンの横顔を見る。
何を考えているのかわからない。けれど、何かは考えている。それはわかる。
電線の上で、ぽわっと青いLEDが灯った。
ダイナモンキーが一頭、こちらを見下ろしている。尻尾の先で、明かりをともしながら。
レナは、その尻尾を見上げた。
自分の腰の後ろから生えていた、あの夜の毛深い、長い、ケーブルのような尻尾を思い出す。
そして、もう一度ヘルマンの横顔を見る。
ヘルマンは、雪混じりの空を見ている。
「……来週、ね」
ヘルマンが、つぶやいた。
レナは、頷く。
二人は、無言で歩く。
電線天蓋の下、紫色のコロナ放電の中を、二つの影が進んでいく。
(……成功すれば、するほど、離れる)
レナは、頭の中でもう一度、その文を繰り返した。
ヘルマンの革ジャケットの肩に、雪が、ぽつ、ぽつ、と積もり始めている。
レナは、マフラーをもう一段、首に巻き直した。




