22.前世の終点の先はどこへ向かう(2)
しかし半年ほどでその関係は終焉を迎えた。
優柔不断な知樹は終始碧との関係をハッキリさせようとせず、常に曖昧なままコトを進めた。
そして他にも女の子がいる事をサラリと匂わせる等、後から考えれば到底誠実な男性とは言えなかった。
その上、碧が他の男性と仲良くするのは嫌がった。
同期で気の合う男の子は他にもおり、特に健という背の高い同期とは仲良くなった。
当然碧としては恋愛関係にはなく単純な友情だったが、知樹含めて周りはそうは見なかった。
ある飲み会の帰り、健とお互いの恋バナが盛り上がって話し足りず、二人で二次会と称してカフェに行って続きの話をしようということになった。
やましいことがなさすぎたため、女子会のようなノリでじゃあ抜けます、と一次会の飲み会終わりに二人で周囲に手を振ったところ、ええ?!と周りが沸き立った。
何故そんなに盛り上がっているのかよくわからず、首を捻ったまま二人でカフェに行き話していたが、どうやらそれは皆に後をつけられていたらしい。
一時間ほど話してアッサリ解散した後スマホを見ると知樹から連絡が入っていた。
『すごい噂になってたよ、付き合ってるの?』
嫌味のような文面に碧はカッとなった。
『知樹にそんなこと言われると思わなかった』
『そりゃ言うよ。タケル、背も高くてかっこいいし。タケルのこと好きなの?』
『そんなわけないじゃん。なんでそんなこと言うの』
『あんな風に俺の目の前で他の男と出ていったら嫉妬するに決まってるじゃん』
『え?健に?ただの友達だよ』
『俺、他の男と噂になるような女の子、無理だわ』
急展開に訳がわからず、何度も申し開きをしたが無駄だった。
あれだけ関係を曖昧にしてすることだけしておいて、しかも自分は他の女の子との関係を匂わせていた知樹は、どうやら女性側の"浮気"は許せないらしかった。
相手が高身長のタケルというのも輪をかけて良くなかったようで、知樹は自分の小柄な身長を気にしていたため、コンプレックスを刺激してしまったようだった。そして本当に、そのまま関係は終焉を迎えた。
突然のことにしばらく引きずったが、足掻いてもどうにもならないということが分かり、数ヶ月してすんなり諦めた。
…というような経緯が前世であったにも関わらず、やはり今世でも全く同じような流れで恋愛関係に至ってしまった。
ただし世界観的貞操観念の違いによるものか、最後まで致すことはなかったが、ここに来て初めて唇は重なった。
心は前世と同じように惹かれ、体も心に引っ張られた。
前世で別れているどころか付き合えたかどうかも怪しい、とにかく関係が上手くいかなかったことはハッキリわかるというのにだ。
頭では『でも前世では別れてるのよ』と叫んでいるのに、一目惚れではなく徐々に仲良くなっていったせいなのか、彼のきちんとしているが遊び心のある人柄に、心身をすっかり絆されてしまったのである。
しかしやはり関係は半年もたずして終焉を迎えた。
前世と同じくハッキリとした言葉を口にしないまま傾れ込むように恋愛関係となり、また自分の周囲には他にも女の子もいることを匂わせた。
またもや『うわぁ原因これじゃん〜〜』と早々に察したもののその頃にはすっかり絆されていた。
穏やかに見えるが芯が苛烈な彼の仕事への熱意の格好良さ。
『この間ワイバーンを落とした功労者は、カミーユなんだって?すごいね、俺には天地がひっくり返っても出来ないことだよ』とわたしの仕事に対する敬意。
『カミーユは本当に美人だよね。こんな綺麗なカミーユが僕を好きだなんて信じられないよ』といそいそと褒めてくれる嬉しさでズルズルと続いた。
しかし結局、曖昧な関係でいたがるくせに、騎士団という男の人ばかりの環境の中にいるわたしとの交友関係を制限してこようとする嫉妬深さがアダとなり、お別れすることとなった。
後から考えれば、商家の息子のくせに、客である貴族の娘に半端に手を出すなんて、なかなか豪胆な奴である。わたしのことを舐めていたとしか思えない。
これまた別れた瞬間に前世の記憶を取り戻したわたしは突然正気となり、プラスオンで一気に冷めた。
というわけで、また改めてフリーとなった。
レオニスと別れて以降、家からは『本当に結婚のことや家のことなんか気にしなくていいから、カミーユが好きな人を見つけなさい』と厳命されている。
そうこうしているうちに二十三歳になってしまったが、今世の結婚平均年齢は二十五歳なのでまあまだそんなに焦るほどでもない。
「カミーユ先輩、好きになると躊躇ないっスよね」
サバ味噌煮定食のサバをぱくぱくと箸で食べながら、余裕の表情のアランが笑う。
「だって…心がこの人だ!って言うんだもの」
「心ですか」
「そう。頭や体はこの人じゃないって言っても、心がこの人だって叫ぶから、近づかずにはいられないの」
「ええ〜…」
苦笑しないでくれ〜、と内心で叫ぶ。前世の話なんか出来ないから、なんとなくぼかして説明した。
「うーん」
アランが困ったように苦笑する。
「次の男は、頭も体もこの人だ!って言うまで、どんなに好きでも、向こうから好かれても付き合っちゃダメです。ていうか好きになったら態度に出しちゃダメです」
「ええ〜〜、それが出来たら苦労してないよぉ」
食堂のテーブルにだらり、と上半身を寝そべらせた。
アランは首を傾げながらちょっと笑った。
「カミーユ先輩、仕事中はフルで頭使って繰り返し練習して体に覚えさせて、疲れててもどんなに嫌でも心は無視して頑張るってタイプなのに、なんで恋になるとなんで頭も体も無視しちゃうんスかね」
確かに魔法の訓練をする時は、心はなるべく平常に研ぎ澄ませて、無にするぐらいのつもりでやっている。
「ええ、わかんないよ…。よし、じゃあ次は直感的に好き!と思ってもすぐに態度に出さないように頑張る」
「それがいいっスね。先輩に好き好きオーラだされたら、興味なかった男も味見しちゃいたくなりますから」
「え?」
思わず引いた顔をすると、アランは「そんな嫌な顔しないでくださいよ」と爽やかに笑った。
アランって割とチャラいし言うことも結構下衆だけど、この爽やかな態度で得してるよなあ。
内心少し呆れながら眺めたが、アランの涼やかな笑顔は崩れない。
さすがユーリスと二人で文官の女子人気を二分しているだけある。アランは自由で明るく、いかにも女慣れした雰囲気で、貴族のお嬢様たちの目には新鮮に映るらしい。
ユーリスの端正な顔立ちと王子様のようなビジュアルも正統派で人気だが、派手さのあるアランの方がやや優勢のようだ。
わたしも"貴族のお嬢様"ではあるが、アランもユーリスも毎日のように一緒に訓練して戦っているので、キャーキャー色めきだつ対象というわけではない。二人とも"可愛い後輩"ではあるが。
まあでも、と考える。
ワイバーンに攫われそうになった時に助けてくれたユーリスは、かなりかっこよかったな。
美しい青空をバックに黒髪が靡き、グレーがかったブルーの瞳と艶めいた剣が銀色に光り、端正な顔立ちも相まって本当に王子様が現れたかのようだった。
あの日あの時まで、ユーリスがかっこいいかどうかすら、あまり考えたことがなかった。
しかし、あれ以来ユーリスは、わたしの中の"王子様みたい"のフォルダに、うっかり入ってしまっている。
先ほどアランに元彼たちの共通点として、『お育ちの良さそうな王子様っぽい男』と指摘された時、実は内心ギクリとした。ユーリスが思い浮かんでしまったからだ。
ただ、あまりにも近しい間柄の"可愛い後輩"をそんな目で見ているのがバレると気まずいので、当然付き合いたいとかそういう話ではない。内心こっそりそう思いつつ、普段はちょっとだけ贔屓して可愛がっているだけだ。
ユーリスもそれをわかっているのか、結構懐いてくれているのではないかと思う。
「レオニス様はともかく、タレス様とリオネルさんは俺から見てもマジで良くなかったですよ。カミーユ先輩がゾッコンすぎでした」
「ああ…まあそうかもねえ」
きまり悪く頬をかく。
正直向こうから寄ってくる男はもうレオニスでこりごりな気分になってしまい、自分が好きになれる人を!という気持ちが先行していたことは否めない。
だが、そうして自分の直感的な好みで選んでしまうと、前世と全く同じ選択になってしまうという寸法だった。
ただ、わたしが把握している限り、碧の元彼はもう今世にはいないようだ。
前世で関わりがあった人は他にも何人か見つけているが、前世と今世で合計数十年以上関わっているのに好きにならなかったということは好みじゃないかそういう方面の縁はないかだろう。
例えば今話しているアランも、前世の会社で一つ下の後輩だった男子だが、前世でも今世と変わらずただの先輩後輩関係だ。そういう空気になったことも一度もない。
アランだけでなく、ロデリックやハイトも同じだ。
ユーリスも。
リオネルにフラれた時にはもう、疲労感満載だった。
しかし、そう考えるとなんとなく楽しくなってきた。
ここから先は、全くの白紙状態なのだ。
何か大きな力に強制されているかのように元カレたちを好きになっていくことはもうなく、今世のわたしがわたしだけの意思で誰かを好きになっていけるんだと思うとそれはなかなか素晴らしいことのような気がしてきた。
よーし、改めて今世での赤い糸、探すぞー!




