『31』
会場へ戻ると、いつの間にかパバートが戻っていたらしい。
二人を見るなり、彼は露骨な不快感を瞳に宿す。
「おやおや、二人揃ってどこへ行っていたんだ?」
しかし、ユリウスはパバートの不快感に気を配るほど殊勝でも繊細でもない。おそらくトワも同様だろう。
「ユリウスが花を摘みに行っていたのだが、迷子になってしまったようでな」
トワがさも当然のように応じると、彼女も軽やかな声で続ける。
「ええ、久しぶりの王宮でしたから迷ってしまって……。トワ様がお迎えに来てくださいませんでしたら、私、帰れないところでしたわ」
わざとらしく、芝居がかったやり取り。
ユリウスはあえて親密な態度を見せつけるように振る舞うと、パバートが若干、眉根を寄せる。
しかし、何か企みでもあるのだろう。作り笑いで応じてくる。
「そうか。まあ、王宮は広いからな。次からは従者をつけて行くといい」
「ふふっ、そうですわね」
ユリウスが小さく頷くと、パバートはしばらく意味ありげに二人を見つめ――微かに口元を歪める。
そして、不自然に視線を逸らすと、ふと思い出したように声を潜めた。
「ああ、そういえば。最近、興味深い噂を耳にするようになったのだが――」
(……ふふっ。べリタスさんから次の指示が来たのでしょうか? あからさまな話の切り替えですわね)
ユリウスは内心で呟くと、短くトワと視線を交わし、パバートの茶番に付き合うように穏やかな声で問いかける。
「あら、どんな噂がございますの?」
瞬間、ユリウスがあっさりと食いついたことに疑念を覚えたのか、パバートは僅かに目を細めた。
しかし、直ぐに勝ち誇った笑みを浮かべ応じる。
「ははっ。“黒薔薇事件”と言えば分かるか?」
その口調はにこやかだが、彼の瞳には明らかな敵意が滲んでいた。
ユリウスはそれに気づかぬふりをしながら、わざと首を傾げて見せる。
「あら。ですが、あれはもう解決したのでは? 犯行がピタリと止まっていますわね」
すると、パバートは断言する。
「まだ終わっていない。それに、都合がいいのか悪いのか、この場に犯人がいる」
そう言うと、露骨な態度でトワへと視線を送りつけた。
(なるほど。事件の被害者が多数いらっしゃったのは、このための偽客――いえ、仕込みだったということですわね。多分ですが、トワ様がいない所で彼を犯人に仕立て上げるる予定でもあったのでしょう)
ユリウスは素早く状況を把握すると、意図的に無知を装って彼を囃し立てた。
「あら、あの事件の犯人は、まだ捕まっていないのですか!? それは恐ろしいですわね……是非、パバート様の推理をお聞かせ願いますか?」
「ふっ、そこまで言われれば仕方ないな。いいだろう! 余興がてらに私の推理劇を見せてやろうではないか!」
誇らしげに胸を張るパバート。彼の声に惹かれ、周囲の視線が次第に集まっていく。
そんな場の空気を掴んだことで、ますます気を良くしたパバートは得意気に語り始めた。
「三ヶ月ほど前からそこにいるトワ・レイヴンが管理を任されているはずの王都内で、令嬢の失踪事件が頻発しているそうだな」
途端に会場中の視線がトワに注がれ、疑念を含んだざわめきが広がった。
パバートはそれを宥めるように一つ咳払いすると、余裕めいた口調で続ける。
「失踪したのは、何故か私と関係のあった者たちばかり。だが奇妙なことに、失踪していた令嬢たちは数日後、まるで何事もなかったかのように自室へ戻るという」
その言葉が不安を煽るように、小さな波となってざわめきが広がっていく。
「だがな。彼女たちが戻った後記憶を失い、どこか焦点の合わない目でこう言うらしい。“赤い目”、“悪魔”……と」
パバートがそう告げると、数名の令嬢が顔を青ざめさせ、震える声で同意を示す。
「その話、私も証言できるかと……」
それを皮切りに他の令嬢たちも次々に声を上げていく。
パバートはそんな彼女らに満足気な笑みを浮かべると、ゆっくりと場内を見渡し、一人の令嬢を指名した。
「では、貴女から聞かせてもらおうか」
指名された令嬢は、小さく震えながら一歩前に出ると、声を絞り出すように語り始める。
「自室でエムレット様に手紙を書いていた時のことです。その日は月が欠けた静かな夜でしたの。ふと背後から暗闇が押し寄せ……気がつくと、冷たい床に倒れていましたの。その時、“悪魔”のような“赤い”何かが鋭く光って……再び意識が途切れてしまいましたわ」
彼女は震える唇で、“赤目”“悪魔”という言葉を繰り返し訴える。
しかし、その後も証言は続く。
「背中に蝋を垂らされましたわ」
「攫われる直前に、妙な香りを嗅ぎましたの」
まるで舞台上の台詞を覚えさせられたかのように、異口同音に語られるそれらの言葉に、場内の雰囲気はますます異様なものとなっていく。
だが、ユリウスはその矛盾を見逃さなかった。




