『2』
「お言葉ですが、それらすべて裏は取られたのでしょうか? ここまで明らかな濡れ衣を着せるなんて――一体、どんな教育を受けていらっしゃるのでしょう?」
ユリウスは微笑を浮かべながら、ゆるりと首を傾げる。
その嫌味たっぷりな問いかけに、パバートの顔は怒りでますます赤く染まっていく。
「なっ――! この場でも、私の愛するベリタスを侮辱するというのか⁉」
憤怒に駆られた声が、大広間に響く。
しかし、ユリウスは一切動じない。むしろ小さくため息を吐き、肩をすくめて見せた。
「いえ、誰もベリタスさんのことなど言及しておりません。私はただ、事実確認をしたまでですわ。とはいえ、王太子殿下が私を陥れようと言うのでしたら――私にも考えがありますわよ?」
「……なんだ、私を揺さぶってどうする気だ?」
「ふふっ。揺さぶるだなんて――そんな面倒臭いこと、この私がするとでもお思いでしょうか?」
そこに隠れた打算をまったく読み取らせない余裕たっぷりの笑み。会場の緊張が一気に高まる中、再びベリタスが声を上げた。
「パバート様、きっと彼女の負け惜しみですわ。気にするだけ無駄ですわよ」
(ふふっ。少し、こちらの御令嬢に思う節はありますが――本来、新興貴族と王家が正式な婚約を発表するなど希有。つまり、殿下に伝えずパバート様の独断と考えれば……私が別にどうこうせずとも勝手に破談になりますわね。ですが――このまま続けましょうか)
ユリウスは内心で小さく呟くと、ゆるりと続けた。
「皇太子殿下の性癖――これで理解できますでしょうか?」
冷静な声が会場に響く、次の瞬間。
周囲の貴族たちの間に、驚愕と興味の入り混じったざわめきが広がっていく。
「性癖……?」
「まさか……何かあるのか⁉」
好奇の視線が、一斉にパバートへと集まる。
そんな空気に気圧されたのか、彼は明らかな動揺を滲ませながら、声を荒らげる。
「は? 何をわけ分からないことを! どうせ口から出任せだろ! そもそも私に特殊な性癖など存在しない!」
しかし、ユリウスは冷静に、そしてあくまで優雅に返す。
「王太子殿下は、まだご自身の立場がわかってらっしゃらないのですね」
皮肉の滲む言葉に、パバートは一瞬言葉を詰まらせ、口を開閉させる。その動揺を彼女は冷ややかに見つめ、さて、どう返しますの? と内心でほくそ笑む。
すると彼はその焦りを誤魔化すように、更に声を荒らげた。
「お前はベリタスだけでは飽き足らず、この私までも侮辱する気か⁉ ……なら、その性癖とやらを言ってみろ!」
その瞬間、大広間の空気が凍りつく。
ユリウスは、一拍置いてから小さく笑うとぽつり。
「はあ――分かりましたわ。皇太子殿下は、ご自身の性癖が普通だと思われているのですわね?」
深い溜息をつき、扇を開閉しながら目を細め言葉を続ける。
「鞭で打たれて声を上げ、野蛮で浅はかな方法で歓びを覚える。そして、最後には――私の口から言うのもおぞましいですわね。それが普通だと、本気でお思いですの?」
高らかに投じられた言葉。意味が理解できず静まり返る会場。
しかし、次の瞬間――ざわざわとどよめきが波のように広がった。
「な、何だって?」
「まさか、あの色狂いの王太子殿下にそんな性癖が……⁉」
視線が一斉にパバートに集中する。そのざわめきと周囲の視線から、ユリウスは彼らの内心が容易に推測できた。
(軽蔑と驚愕、それから――僅かな好奇心が入り混じっている、そんなところですわね)
くすりと微笑みながら周囲の様子を楽しげに観察していると、パバートが顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「お前は私がそんな下劣な行為で悦ぶと嘘を申すのか⁉ なら証拠を出せ!」
その言葉とともに、ユリウスは内心で冷笑を浮かべた。
それもそのはず。パバートが言い放った言葉こそ、彼を奈落へ突き落とすために誘導された罠だったのだから。
「はあ――つくづく頭が足りない方ですわね」
ユリウスは軽く肩をすくめ、小さなアーティファクトを取り出すと、従者に視線を送った。
この国では一部の文明技術が発展しており、水晶やゼオライトなどの鉱石を核とする小型機械――通称“アーティファクト”が貴族間で広く用いられている。
これらの鉱石は圧電効果を示す性質と、この国のみで採掘される特有の結晶構造により、電気信号を増幅・変換し、周囲のエネルギーを吸収して自己駆動する特性を持つ。
特に水晶は、情報を結晶格子に半永久的に記録できる性質があり、撮影や映像投影といった、あらゆる用途で重宝されている。
「ここまでしたくはありませんでしたが……ご要望とあらば仕方ありませんわね。偶然私の手元にこちらが」
従者はそれを受け取ると、淡々とした手つきで再生し始めた。
最初は、どこぞの令嬢との逢い引き映像。
王宮内にある応接室らしき場所で、愛を育む二人。
だが、彼の手が早いことなど貴族なら誰もが知っている事実。
「フッ。これのどこに問題があると言うのだ?」
パバートは勝ち誇った笑みで軽く鼻を鳴らした。
「あら。最後までご視聴頂いてから口を挟んで下さりますか?」
そんな二人の応酬を見ていた周囲の貴族たちは、ユリウスがただの食わせものなのではないかと怪訝な視線を向けている。
しかし映像が進むにつれ、会場のざわめきがピタリと止み、誰かの息を呑む音が。
その映像には、ユリウスの指摘した通りの痴態を晒し、善がる彼の姿が。それもかなり生々しい映像。
そんなものを見せられ、悲鳴にも似た反応が会場中から飛び交い始めた。
「……うわぁ」
「これは……」
その反応に、パバートは硬直し、まるで時が止まったかのように微動だにしない。
顔は真っ赤に染まり、周囲の視線が痛いほど彼に集中している。そんな周囲の目に耐えきれなくなったのか、彼は震える声で再び醜態を上塗りする愚行に出た。
「……っ! こ、これのどこが悪い⁉」
しかし、その叫びを擁護する声など皆無。
そんな中、最初に声を上げたのは――




