『15』
(何故、あの男の顔が? まさか……いいえ、彼が関わっているはずは。だって、犯人はパバート様なのでしょう? そして、その動機は婚約破棄での茶番。プライドが高いだけで短絡的な彼がいかにもやりそうなことですわ。だから……)
すぐに否定しようとするが、“赤目”や“悪魔”という言葉が惑わせるように彼女の冷静な思考を奪っていく。
瞬間、トワが自分に隠していた計画を思い出す。
(そうだわ、私の身代わりを立てた件。それが私に知られた時点で教えても良かったはず。なのに、未だに教えていただけていない。なぜでしょう?)
募っていく疑心感。
(この事件の犯人はドゥレッツア伯爵家の屋敷内で残っていた靴後からして二人組。一人はパバート様の可能性が高いとして、もう一人は秀明な人物――例えばトワ様のような……? いえ、彼を疑いたくはありません。ですが……)
ユリウスの脳内は、トワが犯人の仲間かもしれない可能性と、彼のことを信じたい気持ちが揺れ動き、心がじくじくと痛んでいく。
(何故、彼が犯人かもしれないと考えると、こんなにも胸が痛くなるのかしら?)
自分でも分からない感覚。だが、今までの流れを考えれば、彼が犯人という線は限りなく濃厚。そもそも、手紙やり取りが途絶えた数ヶ月後、屋敷に来いと呼び出されたこと。
パバートの痴態を晒したことを根掘り葉掘り聞いてきたこと。三ヶ月間の猶予。そして――危険だと言って半監禁状態にしたこと。すべて思い返せば、怪しい行動でしかない。
今までは、それら全て警戒心から来るものだとばかり思っていたが――
(なるほど……トワ・レイヴン――貴方は、私を嵌めたのですわね……)
疑惑が確信へと変わった瞬間。
それと同時に、怒りと屈辱となんとも言えない虚無感が彼女を交互に襲いはじめる。
そんな最悪のタイミング。
トントンッと開きっぱなしの扉から、軽いノック音が響いた。
振り返ると、そこにはトワ・レイヴンの姿が。
彼は冷静な足取りで部屋に入ると、状況を一瞥し口を開く。
「随分騒がしいと思ったら、案の定か」
そして錯乱した従者に視線を向け、一歩踏み出したと同時に――ユリウスの激情が弾ける。
「近づかないで! 貴方は何も触らないで!」
珍しく感情を露にする彼女。
その声には怒りや裏切りへの激しい情意が滲み出ている。
彼は一瞬足を止め、ユリウスへ視線を向ける。
だが、その瞳は相変わらず冷静沈着で、真意をまったく読ませない。
(私を裏切ってまで、何を企んでいらっしゃるのですか……!?)
冷静に状況を判断しようにも、脳裏にこびりついた身代わりの言葉が、ユリウスの感情をかき回し臨機応変な対応を阻み続けた。
そのせいか、彼女は自分でもわからない怒りや憎悪を吐き出すように、彼に向けて批判の言葉を投じた。
「貴方が容疑者という可能性が浮上しましたの」
その言葉には疑念と軽蔑が絡み合い、トワを断罪するような鋭い視線が注がれている。
「俺が……容疑者だと?」
低く、かすれた声で言葉を復唱する。
そこには真意を測りかねているかのような苛立ちがわずかに滲んでいる気が。
「ええ、そうですわ」
冷静さを失ったユリウスに対し、彼は静かに問いかける。
「馬鹿なことを言うな。俺に心当たりなどない。それともお前には、俺を疑うだけの証拠でもあるのか?」
そんなトワの言動に、彼女はぎゅっと口を引き結び、悔しげに俯いた。
(……この男は計算高い一面がありますから、今の証拠だけでは不十分ですわね……)
「お前が何を言いたいのか、なぜ俺を容疑者だと判断したのかは分からない。だが、今のお前は頭に血が昇りすぎている。少し冷やしてこい」
突き放すような言葉。
ユリウスは屈辱を味わうように顔を顰めながら彼を睨みつける。
だが、そんな彼女の態度など、意に介さないかのようにトワは次の行動に出た。
「アーティファクトはどうした?」
その問いには、必要最低限の言葉しか含まれていない。
しかし錯乱状態の従者には何を言っても伝わらず、トワの声など耳に届いていないかのように、同じ言葉を繰り返し続けた。
「赤目……悪魔……神……塔……堕ちる」
刹那、トワの眉間に皺が寄っていく。だが次の瞬間には、淡々と何かを回収するように手を伸ばしていた。
だが――ユリウスはそれを許さない。
反射的に彼の手を扇でピシャリと叩き、声を上げる。
「言いましたわよね!? 貴方は容疑者に上がっていると。なにもしないでくださいませ!」
怒りと悲しみ、そして深い拒絶が込められたその声。
トワは彼女の言葉を聞き流すように、ソフィラス・ユアマシャールに命じた。
「すまないが、ユリウス・ユアマシャールをこの場から外してくれ。彼女は今、混乱している」
その言葉にはどこか冷淡な響きがありながらも、微かに揺れる感情が隠されているように感じられた。
ソフィラスは彼とユリウスの顔を交互に見つめ、迷いを浮かべる。しかし、貴族社会の掟は厳しく、レイヴン家の一存に逆らうことは家の存続に関わる問題を招きかねない。
「ユリウス、戻っていなさい……」
その声には、父としての無念と後悔が。
ユリウスは反発したい気持ちを堪えながらも、父の立場を思い静かに頷くと踵を返すのだった。
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