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第三十六話~関ヶ原の戦い(七)~

・笹尾山方面

西軍

石田三成

東軍

細川忠興・田中吉政・加藤嘉明・織田有楽斎(天満山北より転戦)・古田重然(天満山北より転戦)


・小池村方面

西軍

福島正則

東軍

島津豊久・筒井定次


・天満山方面

西軍

宇喜多秀家

東軍

松平忠吉・井伊直政・黒田長政・山内一豊(南宮山方面より転戦)・本多忠勝(前線後方より転戦)


・天満山北方面

西軍

小西行長

東軍

東軍中小部隊


・藤川台地方面

西軍

大谷吉継(指揮下に戸田重政・平塚為広ら)

東軍

藤堂高虎・京極高知・寺沢広高(遊撃部隊より転戦)・有馬則頼・有馬豊氏父子(南宮山方面より転戦)・生駒一正(遊撃部隊より転戦)・中村一忠(南宮山方面より転戦)


・松尾山方面

西軍

小早川秀秋・朽木元綱・小川祐忠・赤座直保・脇坂安治(朽木・小川・赤座・脇坂は小早川指揮下)


・南宮山方面

西軍

毛利秀元・吉川広家・安国寺恵瓊・長宗我部盛親・長束正家

東軍

池田輝政・浅野幸長


・大垣城方面

西軍(大垣城守備)

垣見一直・福原直高・高橋元種・秋月種長・相良長毎

東軍

堀尾忠氏・水野勝成・津軽為信等



その知らせは唐突にやってきた。

書状を受け取ったその人物はしっかりと頷き、家臣に微笑んで見せた。








その知らせはようやくやって来た。

満身創痍の配下から知らせを受け取ったその人物は、怒りのあまり配下に罵詈雑言を浴びせた。

しかしどんなに怒りをぶちまけても戦況が変わらない事に気が付くには、まだ時間が必要だった。






書状を置いた家康は、側に控える鷹村正純に命を下した。これはこれまで劣勢を強いられてきた東軍が打つ逆転の一手だ。

「浅野勢・池田勢に小早川勢の脇を突くよう伝えなさい!」

ついに最後の手、南宮山方面に展開した浅野幸長と池田輝政を前線に投入する事を決めた。しかしこれでは家康本隊を守る者はいなくなる。だがこの判断に、異を唱える者などいなかった。

さらに家康は、もう一つ手を打った。ここまで確証が持てずに打てずにいた手であるが、浅野と池田の投入で小早川を崩す見込みが立った以上、動いてくれるはずだ。








「殿!浅野勢と池田勢が動きますぞ!」

家臣に言われずとも、吉川広家の目には確かに今までこちらの監視を務めていた二つの部隊が西に向けて動く様子が確認できた。

「あの二部隊を動かさねばならぬほど、内府殿は苦戦しているという事か」

「この機を逃しまするな!追撃を仕掛ければ、家康の首さえ挙げる事が出来ましょうぞ!」

家臣が興奮するのも無理はない。南宮山の諸隊とともにこのまま彼らを追えば、背中が無防備になった家康を討つことなど赤子を捻るよりも簡単であろう。

しかしそれも、東から戦場に迫りつつある旗がなければ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)の話だ。

「・・・やれやれ。もう少し参られるのが遅かったら、この広家も判断を誤るところでしたぞ―――」

広家は人知れず安堵の息を吐いた。







「江戸中納言殿」








この日、関ヶ原で最も西軍で勇猛に戦ったのは小早川秀秋の部隊であるのは間違いないであろう。次々と新手を繰り出してくる東軍部隊を相手に大将の秀秋以下、兵達は獅子奮迅。特に率いる秀秋は狂気じみた戦いぶりで、兵達を奮い立たせていた。疲弊しているはずにも拘らず、大将の勢いに釣られた部隊は体勢を立て直した京極隊をまたしても敗走させる。その秀秋の視界にも、池田隊と浅野隊がこちらに迫ってくるのが見えた。しかし更なる敵の増援にも、秀秋は怯まない。

「は!雑魚がいくら増えたところで、ボクに敵うわけないじゃん!」

秀秋は爛々とした目つきで敵勢を捕え、馬首を翻す。

「まずは池田だ!京極は相手にするな、あのクソ生意気な女を殺すよ!」

「怯むな!敵も連戦で疲れ切っているはずだ―――槍隊構え!」

小早川隊は向きを変え、池田隊へと突進を開始。池田隊も槍を構えて迎え撃つ構えを見せた。

「バーカ!その場に留まってどうすんだよ!」

なぜかその場に踏みとどまっている池田隊を嘲笑い、秀秋率いる小早川隊が勢いそのままに池田隊を飲み―――込まなかった。銃声が鳴り響き、バタバタと小早川隊の兵達が倒れ伏したのである。

「な、なに!?」

「殿!裏切りにござる!」

重臣の稲葉正成が秀秋を馬から引きずりおろした。先程まで秀秋がいた場所を銃弾が通り、騎馬武者を撃ち落とした。

「誰が裏切った!?」

「脇坂勢が寝返り申した!小川勢・赤座勢・朽木勢も右に同じく!」

「あの役立たず達・・・!」






淡路国洲本城主・脇坂中務少輔安治(わきさかなかつかさしょうゆうやすはる)は、小早川秀秋の指揮下についていた。しかし、もともとは家康の会津征伐軍に従軍するつもりであったが、三成に東上を阻止されて西軍に味方した経緯がある。史実では小早川秀秋とともに東軍に寝返り、他の小川祐忠・赤座直保・朽木元綱とともに東軍の勝利を決定づけた人物である。

無論それを知る藤津栄治が目を付けないはずはなかったが、彼らの寝返りは秀秋の寝返りに端を発するものであり、秀秋が寝返らない以上、彼ら小川らとともに寝返った彼は寝返らないはずであった。

しかし、ここに落とし穴があった。小川らと違い、脇坂は史実でも事前に家康に連絡を取る事に成功して事情を説明し、家康から当初からの味方とみなされていたのである。

この世界でも脇坂は家康と連絡を取り、「機を見て寝返る」と伝えていたのであった。

「今こそ雌雄を決する時ぞ!小早川の首を挙げるべし!」

―――あんたたちは役立たずなんだから、ボクの後ろで賑やかしをしていればいいよ―――

自分の子ぐらいの小娘に侮られた恨みは執念となって、脇坂隊は一丸となって小早川隊に突っ込んだ。他の三隊も遅れじと小早川隊に食らいつく。

四方から一度に攻められた小早川隊は、次々と兵が討たれていく。勢いが完全に削がれた彼らに、これまで忘れていた疲労が一気に襲いかかってきた。そして四方がすべて敵、そして寝返りが出たという絶望・・・兵達の心は完全に折れてしまった。

「に・・・」

「逃げるぞぉぉぉぉぉぉぉ!」

「もうダメだ!」

元から戦意の低い雑兵たちが槍を捨てて逃げだすと、もう崩壊は止められなかった。指揮官たちが馬上でどれだけ怒鳴り散らしても逃散は止まらず、その指揮官が討たれるともう止めようがなかった。






「申し上げます!脇坂勢が寝返りました!」

藤津栄治こと大谷吉継の陣にも、脇坂隊らの変心が報告されてきた。完全に侮っていた相手の思わぬ行動に、栄治は言葉も失って呆然と立ち尽くした。

「は・・・ははは・・・」

口からこぼれるのは力ない笑い声だけ。これまで裏方に徹してきた彼は、想定外の状況にどう手を打ったらいいのか分からないのだ。

「・・・殿、こちらに・・・!」

埒が明かないと悟った五助は、栄治を天幕の奥に連れて行った。五助は「御無礼いたします」と謝ると、栄治を平手打ちした。

「ぶっ・・・!」

「殿!しっかりなされよ!」

亡羊としていた栄治の目に光が戻る。すぐに家臣の無礼に頭に血が上るが、五助の目にその怒りもすぐに覚める。

「殿、その頭巾を某に下され。具足と采配もです」

有無を言わさずに栄治が今まで身を隠すために身に纏っていたものを奪うと、自らがそれを身に纏った。

「お前」

「子細は存じませぬが、殿は鷹村殿に何やら恨みがあるのでしょう。このような所で果ててはなりませぬ。ただちにこれより直ちに大坂に馳せ戻り、毛利殿とともに家康と戦うのです。殿の謀略の腕と毛利殿らの兵力があれば、もうひと合戦もかないましょうぞ」

彼にも分かっていた。この男、湯浅五助は自分の身代わりとして果てようとしている。死を覚悟した者の目に、栄治は全く圧倒されていた。

「さぁ、行かれませ。後は某にお任せを」

「お、おい」

曳いてきた馬に押し上げるように乗せられた栄治が何とか手綱を握りしめたのを確認すると、五助は持っていた鞭を馬の尻に叩き付けた。

狂奔した馬に振り落とされかけながら悲鳴を上げて駆け去っていく主君だった男を見送り、五助は一つ呟いた。

「・・・貴殿はなかなか難儀な御仁でござった。ここで殺しておいた方が世のためにはよかったのやも知れませぬが、それでも主君は主君・・・」

行いに眉をひそめる事もある人物ではあったが、いい思いをさせてもらった恩もある。

「さぁ、参ろうか」

湯浅五助はもう死んだ。

我は大谷刑部少輔吉継なり。


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