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第二十七話~岐路~

徳川秀忠率いる東軍は宇都宮を発し、信濃国に入った。そこから西軍に属する上田城の真田昌幸父子への対処を決めるべく、東軍に属している仙石秀久の居城である小諸城にて軍議が開かれた。

「上田城を落とすんだ!あんな小城、僕たちにかかれば一揉みだよ!」

「そ、そうです!あんな無礼を働かれて黙っていては、徳川の面目は丸つぶれです!」

「それこそ真田の思う壺でござる!上田城は堅城にて、攻め落とすには時間がかかりすぎる!」

「真田安房は信玄入道殿に『目』と称された男にござる。かのような挑発に乗って上田城を攻めて時間を無為にし、殿と三成めの決戦に遅れては一大事!」

武闘派の榊原康政と大久保忠隣が気炎を上げて攻撃論を口にすれば、酒井家次と土井利勝は冷静に慎重論を口にする。

(どうしよう・・・どうすれば・・・)

家臣らが上田城攻撃の可否をめぐって激論を繰り広げる中、彼らをまとめるはずの総大将・徳川秀忠は如何なる判断を下すべきか迷っていた。すぐ隣では弟の義利が泣きそうな顔で姉を見ている。戦場を前にした武将たちの独特の雰囲気に中てられてしまったのだろう。

泣きたいのは自分の方だ、といいたい。しかし、泣くわけにはいかない。

(せめて父上が陣に居られれば)

秀忠隊に従軍するはずだった父で参謀の鷹村聖一は、母の家康の出陣に合わせて江戸城を出立しており、小諸に到着するにはまだ時間が必要であった。

そもそも母から秀忠に下された指令は信濃国平定である。西軍入りを表明している真田氏を攻撃するのは、家康の命令に沿うものであり、特に判断を迷うことなどないはずなのだが―――

(そもそも、なぜ康政達と利勝達が言い争う事になったんでしたっけ・・・)

秀忠は事の発端となった数日前の出来事を思い返していた。






上田城主・真田安房守昌幸が知略に優れた武将であり、敵に回すと厄介な人物である事は徳川家臣団も重々承知していた。

その昌幸が嫡男の信幸と別れて西軍に付いたことを知った東軍は、無理に昌幸と戦うようなことはせず、彼に降伏を勧告する方針を取った。使者には土井利勝と真田信幸が選ばれた。

上田城を訪問した利勝と信幸に対し、昌幸は二人を丁重に迎えた。使者たちの降伏勧告に昌幸は素直に応じ、保障の為に人質を出すので、代わりに城内の主戦派を説得させるので時間が欲しいと条件を付けた。

食わせ者の真田昌幸を一戦も交えずに降す事が出来た事に秀忠たち東軍首脳部は安堵していたが、昌幸の子である真田信幸だけは険しい顔をして警告をした。

「父は何事においても裏がある男にございます。言葉通りに受け取ってはなりませぬ。それ故鷹村様は我が真田を優遇してくださいました」

しかし人質まで受け取っているのだからと、康政ら重臣たちは楽観視し、特に備えをすることはなかった。そして、それが裏目に出た。

真田左衛門佐信繁(さなださえもんのすけのぶしげ)、江戸中納言様の御首級を頂戴に朝早くに参上だよっ!」

昌幸の子で、信幸の妹である真田信繁率いる一隊が秀忠本陣に向けて朝駆けしてきたのである。徳川勢は大混乱に陥り、秀忠は何とか近臣に守られて小諸城まで退却を果たしたが、約を違えられた康政らは激怒し、上田城の力攻めを主張しているのである。なお、人質の正体も真田配下の忍びの者で、とっくに脱出を果たしていた。






議論は出尽くした。康政も忠隣も、家次も利勝も肩で息をしている。

そして、その時を迎えた。

「姫様、御裁断をお願いします」

「我ら一同、姫様の御意向に従いまする」

一同は秀忠に向き直り、彼女の判断を待った。

―――後日この時を、秀忠は苦笑とともにこう振り返っている。

「あの時の私は若く、母上の跡取りとして功名を挙げて家臣たちに認められたいという虚栄心もあったわ。また康政や忠隣も、頭に血が上って冷静な判断が出来なかったんだと思う。冷静になって考えてみれば、あれもまた昌幸の、真田が生き残るための策略だったのにね」






「上田城を攻めます。全軍全力を挙げて、真田昌幸の首を挙げるべし!」






一方こちらは美濃国大垣城。岐阜城陥落を受けて、善後策を講じるため大忙しの西軍首脳部をよそに、城内の一角で大谷吉継こと藤津栄治は策略を巡らせていた。

「秀忠の主力に来られると厄介だ・・・奴は秀忠に付くという情報だから、家康の本隊に付いて来ることはない」

史実において東軍が西軍に勝てたのは、小早川秀秋が東軍に寝返ったからだ。その秀秋は、今や栄治の意のままに動く人形であり、東軍の秀秋に対する寝返り工作はすべて彼女を通じて筒抜けであり、寝返る事は決してない。秀秋が寝返らず、秀忠率いる徳川の主力が不在ならば、西軍の勝利はゆるぎない。

しかし、万が一という事があった。すでに東軍は、本来史実では東軍の主力を担っていた福島正則を欠いても史実通り岐阜城の攻略を完了しているのだ。

「奴は江戸城を出て秀忠隊と合流を目指しているはずだ」

栄治は子飼いの忍びを呼び、簡単に、かつ重要な命令を下した。

「鷹村を消せ」

忍びは表情を全く崩さずに首肯して見せた。

「東西両軍の勝利を左右するのは奴だ。奴を消し、俺たちの勝利を確実にしろ」

「御意」

音もなく、忍びは消えていった。

一人残った栄治は、クツクツと嗤った。

「お前の目の前で、お前の大切な奴らを壊してやるつもりだったが・・・お前の頑張りに免じて、お前を先に旅立たせてやることにした。まぁ、安心しろ。息子たちはすぐに後を追わせてやるし、お前の大切な女たちは、俺が『大事』に可愛がってやるよ」

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