第二十八話~睨みあい~
岐阜城を攻め落とした東軍は、西軍の本営が置かれている大垣城を指呼に臨む美濃国赤坂の岡山に本陣を置き、睨みあう構えを取った。大垣城には伊勢方面から転進した宇喜多秀家率いる主力部隊が到着し、彼ら伊勢方面軍も評定に参加している。
「家康が到着してから、俺たちと決戦に臨むつもりだろう」
史実を知る大谷吉継こと藤津栄治はそう主張し、東軍が陣地を設営中の岡山に討って出る策を主張した。家康が到着する前に東軍の主力を叩き、決戦で優位に立ちたいというのが彼の考えであった。
しかし、それを鼻で笑った者がいる。宇喜多秀家である。
「笑止千万じゃ!家康は会津に釘づけにされておる!家康が動けば、佐竹も動く!家康程の女が分からぬはずがなかろう」
「宇喜多殿の仰せのとおりじゃ。我ら伊勢の軍勢は連戦で疲れておるしのぉ、やるならば大谷の、お前らの手勢でやれや」
秀家に同調したのは煙草を銜えて銭を弄ぶ、顔に刀傷を持つ男。毛利一門で当主輝元の従弟でもある吉川民部少輔広家である。
「然り然り。兵たちに無駄な事はさせるべきではない」
「今頃上杉殿と佐竹殿が、家康の首を挙げてくれようて」
「それでは我らが集うた意味がないではないか。戦費の無駄じゃ、戦費の!」
評定の場はドッと笑いに包まれた。三成は気まずそうに咳払いをし、吉継は俯いた。
「家康は夫殿と別れるのが惜しゅうて、寝所で励んでおられるのでは?」
「そうじゃそうじゃ!鷹村は井伊や本多を一夜で相手に出来る猛将と聞いたぞ!」
誰かが仕向けた猥談に、さらに場が沸いた。吉継は彼らの楽観視に歯噛みした。
(この馬鹿どもが!大津と飯田の京極兄弟も寝返ったというのに・・・!)
西軍加担を表明していた近江国大津城主の京極高次と信濃国飯田城主の京極高知の兄弟が東軍に寝返った。兄の高次が大津城に籠って西軍の一万五千の兵を京極軍の三千の兵で足止めし、弟の高知は東軍の主力として岡山の陣にいる。
にもかかわらずに彼らが楽観視しているのは、大坂城にいた総大将の毛利輝元が大坂城を出陣し、ここ大垣城に向かっているからである。
しかし吉継だけは楽観視していなかった。それは彼の視線の先で銭を弄ぶひょうひょうとした面構えの男、吉川広家である。
史実では東軍に通じて毛利家本領安堵を目論み、小早川秀秋の寝返りとともに西軍敗北の要因となった男であるが、この世界では東軍に通じているという尻尾を全く見せず、伊勢攻略戦では主力として奮戦したという。さすがに何の疑いもない人物を始末しては不味いので、吉継も手出しができないでいた。
(こいつらが皆、俺の言う事さえ聞けば東軍に勝つ事が出来るというのに・・・!)
策を講じてもいちいち横槍が入り、話半分に聞かれてこうして流される。西軍の中心人物である三成が信頼を寄せているからある程度話は聞いてもらえるが、本気で彼を信じて策を実行しようという者は、精々三成くらいであった。
西軍の軍評定が行われて数日後の深夜。岡山の東軍本陣が俄かに慌ただしくなった。山頂に築かれた本営に、その主が姿を現したのである。深夜にもかかわらず、総大将の松平忠吉以下、ほぼすべての大名たちが本営に現れた。
「各々方。夜遅くに大儀です」
姿を現した本営の主―――東軍総大将・徳川家康は、長旅の疲れを億尾にも出さない柔和な表情で、出迎えた諸将をねぎらった。
「内府殿こそ御無事の御着陣、祝着に存じ奉ります」
家康は全員に着席を促し、現在の状況の情報交換を行った。先行の東軍諸将からは、西軍は大津城と丹後国田辺城の攻略に手間取っている事、毛利輝元が大坂城を出陣したという情報が入っており、現在情報の洗い直しを行っているという事が報告された。一方家康からは、会津の上杉景勝と常陸の佐竹義宣は動く気配がない事。信濃平定を命じていた秀忠軍に、先の命令を取り消して美濃国に向かうよう指示を出した事、聖一が練った策が実りつつある事、そして今回の兵乱に対し、朝廷は特に動く様子はないという事が報告された。
「遠からず中納言の軍勢も、この地に到達する事でしょう」
「勝ったも同然じゃ!」
「鷹村殿の策もあれば、勝利は必定なり!」
忠吉が叫び、諸将も気炎を上げるが、家康は彼らほど楽観視をしていなかった。遠江国に入った頃の情報では、秀忠軍は真田昌幸に苦戦を強いられ、家康が指定した日付に到着できるかは微妙なところであり、毛利輝元の動き次第では秀忠軍を欠いての決戦となりかねなかった。
時間を少し遡る。江戸城を出た聖一は、十数名の僅かばかりの手勢を率いて秀忠軍を追って小諸城を目指していた。すでに彼の部隊は先に秀忠軍本隊に従軍しており、聖一は江戸城で戦略を練り、それを終えての合流であった。
―――徳川家の領内であり、特に危険な事もないだろう―――
彼の脳裏に、そんな考えがあったかもしれない。慢心といってもいいだろう。
(左肩が熱い・・・)
遠くから剣戟の音が聞こえる。どうやら気絶していたようだ。聖一が薄く目を開くと、護衛の兵達が数名の襲撃者と戦っているところであった。
襲撃者たちが纏うのは特に目立つような衣装ではなく、その辺にいそうな浪人の格好をしており、顔は笠で見えないようになっている。
(そうだ、銃で撃たれたんだっけ)
「鷹村様、御無事ですか!?」
「状況を教えてくれ」
倒れていた聖一を庇うように立っていた兵士が、詳しい状況を手短に話してくれた。ここは上野国のある街道。この道を進んでいたところ、突如襲撃者たちにより襲われ、狙撃された聖一は落馬して気を失っていたようであった。
「奴らの狙いは鷹村様のようです」
「手薄で来たのが災いしたね」
十数名のこちらに対して敵の数もそこまで変わらないが、いきなりの襲撃に指揮官を欠いた聖一側に対して、敵は準備を整えた上での襲撃であり、こちら側は浮足立ち、逃げた者もいるようであった。
「ともかく鷹村様だけでも―――」
再びの銃声。それまでしゃべっていた兵士は、それだけで物言わぬ躯となった。周りを見渡すと、すでに立っているのは聖一と襲撃者達のみとなっていた。
襲撃者たちは半円状に陣形を組んで、聖一を囲んだ。
「最近は平和になって、多少マシな世の中になってきたと思ってたけど、久しぶりにこれはやばいね・・・」
聖一が自嘲気味に呟くと、襲撃者の頭と思しき男が刀を抜いて口を開いた。
「鷹村佐渡守。主命により、ここで死んでもらう」
「あんたたちの飼い主は、大谷刑部か」
「さてな」
弓はない。落馬した時に手放してしまったか。聖一が持っているのは腰に佩いた太刀と脇差のみ。
(これは・・・詰んだかな)
何もしないわけにはいかない。刀を抜いて対峙するが、実力差は歴然としていた。
「死ね」
号令とともに、襲撃者たちは駆けだした―――
ヒュルリと、風が彼女の頬を撫でた。
「・・・?」
ふと家康が何気なしに風が吹いた方に顔を向ける。東の方角、夫と娘たちがいるはずの方向だ。
何やら、胸騒ぎがした。




