20、物質主義者
男はいった。
「あなたたちは物質主義者ですか」
老父は答えた。
「いかにも。わたしたちは物質主義者です」
「それを聞いて安心しました。まったく神霊主義者などという輩はとても空想的で付き合いきれない連中ですからね」
「そうです。科学主義こそがこれからの世を築くものです」
「おや、何をいってるんですか。人類の知は完全ではありえません。不可知論の支配するこの現代においては、未解明のものに対する神秘主義は好奇心を引き出し、文明を発展させるものです。あの忌まわしき実証主義の科学などは子供の心を暗くします」
「でも、あなたも物質主義者なのではないのですか? それだからわたしたちにそのような質問をなさったのでしょう」
「いかにも。わたしは物質主義者です。それはみなさんと同じです。神霊主義者たちは、神は霊体であると考えています。だから、死後の復活も物質を保ったものではなく、魂による霊の復活だと考えているのです。誠に愚かなことです。わたしは物質主義者です。神は物質としてこの世界に顕現しているにちがいないし、死後の復活も肉体を伴なったものであると考える点において、わたしは物質主義者です」
「おお、なんという男だ」
「神が物質であることは、イエスが受肉してローマ帝国に出現したことからも確かなものでしょう」
「すると、あなたはイエスの再臨は、霊によるものではなく、再びイエスがこの世界に受肉すると考えているのですか」
「もちろんです」
男は答えた。
「そんなくだらない神秘思想をわたしたちは信じてやしないですよ」
「おや、あなたたちの中には物質主義者はいないとおっしゃるのですか」
「ええ、そんな愚かな者はいやしませんよ」
そう答えた老父に向かって、勢いよく名のりをあげた者がいた。
「待て。おれたちは物質主義者だぞ。物質主義を信奉している」
そういったのは漫画家たちだった。
「おお、物質主義者がいましたか」
「そうだ。おれたちは神と精霊と天使と悪魔とそれに連なる空想的なものを物質として漫画の中に描き切ってみせる。それだけの描写力がおれたちには充分あるぞ。神霊主義者などは、絵やデザインが下手くそだった古くさい絵画主義者たちの戯言だ。せいぜい遠吠えを吐くがいい。おれたち漫画家は神を物質として描く描写力をもっている」
はてはて困ったことになったと老父は思った。
「すると実在の神は霊体ではなくやはり肉体を伴なったものだとお考えなのですか」
「もちろんだ。これからの時代は物質主義でがんがんいくからよ。覚えておけよ」
それを聞いて男は神秘主義の勝ちを確信して安堵した。