第10話 破壊、ついでに救出
「もう、ダメなのか……!」
青玉ダンジョン下層。
体格の良い男は、弱々しい声を漏らした。
状況が絶望的だからだ。
「「「グオオオオッ!!」」
前方には、大量の魔物。
先程のダンジョンシフトにより、男は運悪く遭遇してしまった。
上級探索者の資格を持つ彼でも、これは打開しようがない。
──“災害”でも起きない限りは。
「「おらああああああ!」」
「……!?」
ドガアアアアアアッ!!
そんな時、突如壁を突き破り、雄叫びのような声が聞こえた。
何事かと思えば、声は一瞬で通り過ぎていく。
その後ろに続くのは、火と氷が入り乱れた跡だ。
「「「グオォ……」」」
「んなあっ!?」
通り過ぎていった何かは、全てを破壊していった。
結果、前方にいた魔物は一蹴されている。
奇跡的に助かった男だが、唖然とする他ない。
「な、なにが起きて……」
「すみませーん!」
そんなところに、少年が走ってくる。
焦った表情を浮かべた、カナタだ。
「大丈夫ですか! 巻き込まれませんでしたか!」
「い、いや、むしろ助けてもらって……というか今のは」
「あーどうか気にしないでください。災害みたいなものなので」
「は、はあ……」
災害と言われると、男もしっくりくる。
過ぎていったのは、カタナの従魔二人。
爆走するココネとルーゼリアだったのだ。
すると、カナタは後方を指差す。
「とりあえず、この道を辿れば中層までは抜けられると思います」
「……!?」
そこにあったのは、荒廃した道。
従魔二人が走り抜けてきた跡だ。
道中の魔物は駆逐されている。
「じゃあ俺は行きますので!」
「あ、はい。ありがとうございました……」
トレンドに敏感な男は、彼らがカナタ一行だと気づいている。
すると、カナタ達の背中を見ながら、男は妙に落ち着いた雰囲気で息をついた。
「化け物っているんだなあ」
否、落ち着いたというより、諦めたと言った方が正しい。
乾いた笑いを浮かべながら、男は決意した。
「田舎で農家でもしよっか」
後のインタビューで、彼はこう語る。
『ああ、あれを見た瞬間に思いましたね。一生かけても、この領域には辿り付けないんだろうなって。だったらもう素直に諦めようと思いました。見て下さいよ、この稲穂。綺麗にできてるでしょ……たははっ』
この日、一人のダンジョン配信者が引退した。
「おーい二人ともー!」
緊急ダンジョン速報から少し。
引き続き、カナタは暴走する従魔を追いかける。
しかし、二人に声は届かない。
「「待ちやがれえええええ!」」
「聞いてねえ……てか、なんなんだその声」
その間、コメント欄も大盛り上がり。
《どんだけ夢中なんだよww》
《何かを見つけたのかな?》
《なにげに道中で人助けてるしww》
《今の男って“不屈のアツシ”じゃないか?》
《え、あの上級探索者の!?》
《でも哀愁漂ってたような》
《配信引退とかしないよな?》
《しねえよ、不屈だもん》
ココネとルーゼリアは、何かを追いかけるのに必死だ。
カナタのスキルを感知したのだろう。
その破壊の道中で、ダンジョンシフトに巻き込まれた配信者たちを意図せず救っていた。
カナタが後のフォローをしている形だ。
《実質コラボ配信》
《大量コラボきたああ!》
《他の奴ら心折れるだろww》
《無自覚に差を見せつけていくスタイルww》
《先程はアツシを救って下さりありがとうございました》
《ベルにゃんの配信からきました》
《お前のおかげで推しが助かったぞ!!》
「うわっ! す、すごい!?」
その影響もあり、同接は伸び続けるばかり。
現在はリアルタイムで約40万人が視聴していた。
しかし、先程から定期的に流れる名前がある。
《音羽リラちゃん見てないか!?》
《配信も切れちまったし!》
《さっきのダンジョンシフトのタイミングなんだよ!》
《リラちゃん壁とかに挟まれてるかも!》
「音羽リラさん……ああ!」
どこかで聞いたなと思考を巡らせ、カナタは思い出す。
配信者になる決意をした日、街のモニターに映っていた少女だ。
『音羽リラです! 今日も探索していくよ!』
音羽リラ。
ダンジョン配信者だ。
年はカナタの一つ上。
高校生ダンジョン配信者として活動している。
アイドルのような容姿を持ち、登録者200万人を超える大人気配信者である。
「早く見つけないと──むっ!?」
そんな時、カナタは柔らかいものにぶつかる。
その感触に衝撃を吸収され、ぼよんと跳ね返った。
コメントに夢中で、こちらに向き直っていたルーゼリアに気づかなかったのだ。
「急に止まるなって」
「ふふっ。大胆なんだからっ」
「で、なに?」
カナタも岩陰に身を隠しながら、ルーゼリアの視線を追う。
遠くにいたのは、中型のサルの魔物。
こちらには気づいてないようだ。
ルーゼリアは、カナタの耳元でこそっと話す。
「あれがカナタ君のスキルを持ってるわ」
「! 確かなのか?」
「ええ。体が疼く匂いがするもの」
「……」
そう言うと、ルーゼリアは体をくねらせた。
反対では「ココネも分かりますˋ︿ˊ」と対抗してくる。
間違いないようだ。
「ですが、ココネ達もどのスキルかは不明です。どうしますか主様」
「うーん──って、横!」
「「……!?」」
カナタが声を上げた途端、横の壁がドガガガと崩れてきた。
三人は後方に退避する。
すると、サルはニマアっと笑みを浮かべた。
「ウキキッ!」
「あのサル、ココネ達に気づいてます!」
「ああ! けど、それより……!」
カナタは崩れた壁をチラリと見た。
自然に崩落したわけじゃない。
どこからか力が加わり、作為的に崩したのだ。
その元を辿れば──。
「あのサルがダンジョンの壁を崩したんだ」
「そんな芸当ができるのは……!」
「ああ、一つしかない」
スキル【超感覚】。
発動中は五感が冴えわたり、周囲の認識能力も大きく上昇する。
特に厄介な点は、弱点を見抜けること。
人や物の、非常に小さな脆い点を認識し、多少の力で致命傷を与えられる。
破壊が極めて困難なダンジョンの壁さえも、自在に崩せるほどに。
ただし、コメントには混乱が広がる。
《なんだ今の!?》
《あのサルがやったのか!?》
《べつに中堅の魔物だよな……》
《そもそも下層にいるのおかしいけど》
《どういう原理で壊した……?》
《ダンジョンの壁って破壊不能じゃねえの?》
《正確には違う。堅すぎるだけで》
《誰も壊せないだけだよ》
《ていうか何コソコソ話してんだ?》
カナタは異世界については公表してない。
ひとまず、今は端的に述べた。
そのスキルの“脅威”についても。
「ダンジョンシフトさえも、あのサルが起こした可能性があります」
《はい!?》
《え、ガチで!?》
《とんでもねえサルじゃん!》
《特別なスキルを持ってんのか?》
《いつものシフトと違った気がしたけど》
《いたずらでダンジョンシフト起こすとか規格外やんけ!》
《どうやってだよ!?》
《でも三人が言うなら本当なのか……?》
【超感覚】ならば可能だろう。
それほどに強力なスキルだ。
加えて、こちらの攻撃はまず当たらない。
すると、ルーゼリアが一歩前に出た。
「そんなの、ここら一帯を燃やし尽くせば──」
「待って。まだ周囲に人がいるかもしれない」
「……!」
「大規模な攻撃はダメだ」
音羽リラは見つかっていない。
下層も終盤のため、ここら辺にいる可能性が高い。
好き勝手に破壊するのは危険だ。
ならば──
「俺がやる」
「「……!」」
カナタが前に出た。
「ですが、今の主様には力が!」
「大丈夫。あいつは全然なっていない」
「……え?」
「弱点は使い手が一番知ってるからな!」
そのままタッと踏み出す。
動きの中で、カタナは丸いものを投げた。
衝撃を与えると光るアイテム『閃光玉』だ。
「ウキキッ!」
【超感覚】を持つサルは当然のように回避し、目を閉じる。
これでは閃光の範囲外だろう。
それでもカナタは、『閃光玉』に石を当てて発動させた。
「五感が冴えわたり過ぎるんだよ。それは」
「ウキャアッ!?」
「弱点になる時は、解除してなきゃいけない」
閃光の範囲外のはずが、サルは目を抑える。
視覚が優れ過ぎていたため、閃光がまぶたを貫通してきたのだ。
視界を奪えば、あとは狙うのみ。
「【空間断絶】」
「ウキャアアアアッ……!」
カナタは、見事にサルだけを両断した。
カナタは異世界にて、血の滲む努力の末にスキルを会得したのだ。
苦楽を共にしたからこそ、弱点も使い方も熟知している。
スキルを宿した魔物を、わずか一手で倒せるほどに。
《うおおおおおおお!!》
《まじかよ秒殺!?》
《とんでもねえサルだったんじゃねえの!?》
《やっぱこいつもすげえええ!》
《従魔二人の主なだけあるわ》
《カメラマンじゃなかったwww》
《ただの追いかけ人かと思ってた》
《今のすご!》
《初見だったけど興奮した!》
《これが話題になってた人なんだ》
「ん」
そうして、カナタの胸にぽうっと灯る感覚がある。
サルから【超感覚】が戻ってきたのだ。
カナタは、目を閉じてふと歩き始める。
「この奥か」
ある地点で立ち止まり、【空間断絶】で壁に長い穴を空けた。
すると、よろっと出てくる少女がいる。
破壊困難の壁に挟まれ、動けずにいたのだろう。
「──あっ」
「遅くなりました。音羽リラさん、ですか?」
「……っ! はい」
茶色のショートを揺らし、リラはカナタにもたれかかった。
「ありがとう、ございます……っ」




