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#書道部 #錬成会

 8時3分、オレは柄無(エム)駅──錬成会会場の柄無第一高校最寄り駅へ来ていた。8時半に駅へ現地集合だから、凡そ30分前行動だ。改札を出ると、その直ぐ前の壁で既視感のある2人が立っていた。

「らめえ、こんな太くて長いのぉ♡」

 莉伊葉先生が、聖職者がおよそ公の場で発してはいけないような、悶えるような声を出している。香月先輩から大きな筒のような容れ物を受け取っているようだけど……。

「カノちゃんっ!」

 香月先輩がやめてと懇願するような鋭い声を出す。それに対し莉伊葉先生は、筒を抱くようにぎゅうっと腕で締め付けた。

 僕は悩みながらも「あ、あの……」と声を掛けた。掛けない手もあったが、聞いてしまったことを後で知られた方が気まずい。

 2人は文字通り固まっている。

「もう終わりだよこの顧問。なあ、カノちゃん」

 香月先輩が莉伊葉先生に対し、憐みのような表情を向けている。

「奈々ぁ、助けてくれー。お前も同罪だー」

 莉伊葉先生は前かがみに俯き、泣きそうな声を出している。だらんとした両腕が、どれだけツラいかを物語っている。

「いや、どう考えてもカノちゃんだけが悪い」

 うわあ。

「オレ、そんな25歳になりたくない……」

 しまった、声に出てた。反射で「ヴぁっ」という音が莉伊葉先生から発せられる。それを聞いた香月先輩が言う。

「遠野お前、目の前のオトナを駄目人間だと認識したらその瞬間にキツく当たるよな」

「いや、今のはうっかりで、あの、見なかった振りするので……」

「いや、面白いからコイツも弄れよ。僕が感じる理不尽さを味あわせてやれ」

 オレは香月先輩と仲良くなりたくて、結果的に拗れているんだ。彼女とのコミュニケーションだけ特別なのに。それを他の人にもなんて……。

 そうだ、話題を変えよう。ちょうど今、オレの頭には疑問符が浮かんでいる。2人の関係性だ。

「あの、『カノちゃん』ってどうなってその呼び名になったんですか」

「ああ、それはだな、『岡野莉伊葉』の『お()()』から取っているんだ」

 香月先輩は得意げにしている。

「奈々、それ学生の前では禁句だけど」

 莉伊葉先生は俯いたまま言った。紅潮している耳は隠せていない。

「そもそもどういったご関係で?」

 莉伊葉先生が「後から話してやるから今は待って」と言うので、オレは「はい」とだけ言った。

「じゃあ、その筒は」

 最初に2人を見たときに受け渡しをしていたものだ。香月先輩の踵から頸くらいまである。

「これは僕のだ。中身はまだ秘密。後で見せることにしている」

 結局全て謎な訳だけど、後で知れるなら問題ないか。

「そもそも遠野さん、来るの早すぎませんか?」

 莉伊葉先生が高専での口調に戻そうと努めているのが分かる。 

「オレ、こういう時30分前に来ることにしてるんです」

「ほらカノちゃん、だから早ければ大丈夫って考えは止めろと言ったんだ。はあ、顧問がコレになったのに三山まで入ってきたのだから本当に頭が痛い」

「まあ、取り敢えず遠野さんがお手本の様な優等生ということを覚えておきます」

 口調だけ戻したとて莉伊葉先生の雰囲気が前と違いすぎる。お手本を書いてもらったときはふわふわっとした空気を纏っていたのに今はガサツに近い感じを覚える。服だけは前と同じだから、ギャップが強い。

 オレたちは壁を後ろに横1列に並び、続かない会話を途切れ途切れ繰り返しながら他の部員を待った。


 先ず現れたのは2年の沢渡和真先輩だ。改札をくぐってオドオドと辺りを見回していたが、オレたちを見つけたようだ。上下ともに高専指定のダサいジャージを着ているけど、これから墨で汚れるのだから合理的だ。

「あ、……おはようございます」

 沢渡先輩は部活に来る頻度が多いけれど、顔を合わせても殆ど話したことがない。同じ共用部室にいても「話しかけないで」というオーラを纏い、粛々と書の練習をしているからだ。

「おはようございます、沢渡さん」

 莉伊葉先生が、先程のことは無かったように振舞う。

「あ、はい」

「沢渡くんは今年飛躍できそうだな」

「えと、頑張ります」

 やり取りがたどたどしい。このような調子だから、余計に会話は生まれなくなった。三山さんと田中兄弟は何故遅いのか。


 改札前。通勤通学の喧騒に包まれた朝なのに、オレ達の周りだけは最早空気が死んでいた。

「あ、いた!」

 三山さんの高い声が届く。多分大した時間は経っていなかったけど、待ちに待った瞬間だった。田中兄弟も後ろに続いている。

「全員揃いましたね、では行きましょうか」

 莉伊葉先生に、もう失態の面影は無い。毅然とした態度で先導し始めた。


 緑に囲まれた高校だから駅から少し歩くみたいだ。道中話していたのは、後ろを固まって歩くオレたち4人だけ。それは会場となる第一高校まで変わらなかった。


 会場に入るやいなや、見たことの無い光景が広がっていた。沢山の女子の群れだ。最早女子しかおらず、男子はスイミーのような状態だ。高専には女子などほぼいないし、そもそも中学でも女子ばかりという状況は起きない。オレはその空間にとても戸惑っているのに、莉伊葉先生と香月先輩は他校の教員へ挨拶しに行ってしまった。莉伊葉先生が行くのは分かるけど、何故香月先輩も行くのだろうか。いや、そもそも作品を書かないであろう先輩が、この錬成会に来る理由は何だろうか。香月先輩には、何か特別なものがあるもかもしれない。

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