第2話 聖女候補、助けを待つ辺境へ
「聖女候補アイラ、貴方には辺境へ行ってもらいます」
「えっ」
荘厳な音楽が流れる特別聖堂で大聖女様は私にそう命じた。
王太子たちからの断罪劇ごっこから逃走した後、私は一目散に教会に帰った。
普段は青くてふわふわな小鳥だけど私の命令で巨鳥の姿になれる聖鳥アークヴェルグに乗って。
教会側は既に聖鳥を通して学園内の様子を確認済みだった。
なのでこうして教会の実質トップである大聖女様に今後の方針を確認しに来たのだが。
「あの地が瘴気で汚染されている上に魔物が発生しやすいのは知っていますね?」
「はい」
「浄化を担当していた聖女が限界という報告がありました」
真っ白な髪と濃いクリーム色の瞳の大聖女様は言う。
人間離れした美しさを持つ人だ。
そして年齢が大分不詳だ。
数百年前から生きているという噂を聞いたことがあるが、本人に確かめる勇気は無かった。
成程、その聖女を教会へと引き揚げて代わりに私を向かわせるということか。
確かに私の治癒の力には浄化能力も含まれている。
私は納得した。
「かしこまりました、微力ですが精一杯努めさせて頂きます」
「貴方の能力で微力なら……いえ、謙虚さは必要ですね」
そうでなければ王太子たちのようになってしまいます。
大聖女様は感情の読めない表情で言った。
確かに王太子たちは慢心が過ぎた。
教会と王家はどちらが下という訳では無い。
そして聖女が王族貴族より立場が下ということはないのだ。
ただ教会側がそれを強く主張するということは滅多に無い。
色々理由はあるが、最も大きいのは神から授けられた能力を特権としてひけらかすことは恥だと考えているからだ。
たまたまその能力を頂いただけ。生まれ持ったものについて勝ち誇るべきでない。
それはそのまま王族貴族たちにも言えることだ。
「本来はもっと早く貴方を辺境に向かわせるつもりでした」
「何故そうなさらなかったのですか」
「国王の横槍です。唯一の子どもである王太子に治癒の聖女の加護を授けて欲しいと」
大聖女様は溜息を吐いた。
国王である前に一人の親であろうとしたことか。そのこと自体を強く糾弾するつもりは無い。
ただ親として、ちゃんと息子へ教育はするべきだったと思う。
「しかし肝心の王太子が婚約者と一緒になり候補といえ聖女を侮辱したのですから加護は放棄して構いません」
「では辺境へはいつ頃出立すれば宜しいでしょうか」
私が訊ねると大聖女様は微笑んだ。
「今すぐです」
「今すぐ、ですか?」
「学生たちが帰宅して親に言いつけたらここへ押しかけて来る者たちもいるでしょう」
「成程……了解しました」
私の治癒の加護は、範囲浄化の能力を持つ。
学園の敷地内なら病気感染することなく、疲労も軽減され、ついでに軽い怪我なら知らずに癒えるのだ。
そして私が学園を辞めるということはそれが全部無くなるということである。
今すぐ騒ぎにはならないだろうが、近い内に確実に大騒動に発展するだろう。
「では荷物を纏め次第出立致します」
「そうなさい、宜しく頼みましたよ」
私は大聖女様に深々と礼をすると特別礼拝堂を後にした。
◆◆◆
教会の女子寮に戻り、自分の部屋に入る。
清潔だが簡素極まりない部屋のクローゼットを漁り適当に数日分の服をトランクに詰め込んだ。
学園に通っている間は男爵家で寝泊まりしていたのでここには殆ど物が無い。
エーベル男爵家で私は王族貴族が通う学園で問題無く過ごすように教育を受けた。
(血を吐く様なスパルタをされても全然足りなかったけれどね)
やさぐれた笑みが出てしまう。
礼儀作法や学術を王族や貴族は大金と十何年の時間を費やして学ぶ。
それを数年前まではゴミを漁っていたような孤児の私が一年程度で履修できる筈が無い。
もし出来てしまったら逆に何で王族貴族はその程度の物に時間を大量に費やしているのかとなる。
治癒の加護を持つ聖女は貴族学園に通わせる。
これ自体は昔からの決まりなので問題は無い。
治癒の加護を持っていると王家や高位貴族相手に仕事する機会が増える為、慣れる為にも必要なのだ。
しかしティアロ王太子が突然自分も学園に通いたいと言い出し、ならば同年齢の聖女を派遣しようと国王が暴走した。
結果数年かけて身に着ける前知識を一年かけずぎゅうぎゅうに押し込まれた。
ただ男爵家には恨みは無い。本当に申し訳なさそうだったし飴代わりに出来る限りの贅沢はさせてくれたから。
でも学園に入っても王太子が私の周りをうろちょろしてきたせいで授業時間以外での勉強を阻害された。
そしてそのことについて何故か私を責める貴族連中。
「あーっ、やっっとあいつらから解放される!」
「ぴぃっ?!」
私はつい叫んでしまった。
突然大声を出したせいで肩に乗ってる小鳥が驚いたように鳴く。
「ごめんごめん、アッくん」
「ぴ……」
顎の下の羽毛を擽って機嫌を取ると落ち着いたのか静かになった。
「もしかしてアイラ帰って来てるの?」
声と共に扉が開けられる。
茶色い髪を三つ編みにした少女が顔を覗かせた。
「もしかしてエミ?」
「そうだよ、アイラ綺麗になったね」
「エミも背が伸びて、スタイルが良くなったじゃない」
「そうでしょ?なんてね」
私は隣室の聖女候補と一年ぶりに再会し手を取り合って懐かしがる。
彼女はエミ。私と同じく聖女候補だが能力が土を豊かにする豊穣だった為学園行きを免れたのだ。
「教会に戻るって皆噂してたけど又この部屋で暮らすの?」
「ううん、すぐ辺境に旅立たなきゃ」
「そうなんだ……危険な場所らしいけどアイラなら大丈夫よね」
「多分ね、でも発つ前にエミに会えてよかった」
「私も……あっ、ちょっと待ってて!」
そう言ってエミは慌てて部屋から出る。
少し待つとそれなりの大荷物を持って来た。
「部屋に何もなかったでしょ。だからクシとリボンと小さいけど手鏡、あと道中食べるようにパンとお菓子!」
「エミ……」
「それとハンカチ、アイラ元気でね」
「うん、エミも」
私は同僚の気遣いに泣きそうになりながら教会を後にし聖鳥の背に乗って辺境まで飛び立った。




