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午前1時45分。男爵家屋敷の裏手は、月光すら届かない濃厚な闇と極寒に包まれていた。
バザロは風上の影に身を潜め、腰椎L4/L5の痛みを逃がすようにゆっくりと呼吸を整える。
寒冷による神経痛を抑えつつ隠密移動できる限界時間は、わずか120秒が限度だ。
凍りついたレンガの表面に触れた指先から、急速に熱が奪われていく。
懐に忍ばせた真鍮製工具が小さく擦れ合い、微かな金属音を立てた。
屋敷の外壁には、修繕費の枯渇を物語る無数の亀裂が走っている。
窓枠の隙間に詰められた古い公報紙は寒冷で凍結し、パリパリと脆く破れ落ちていた。
そこから漏れ出る冷風の風速は1.8m/s。建物の気密性低下率は68%に達している。
(安全な見張り台のルートを迂回すれば、警備兵に見つかる確率は98%削減できる)
バザロは脳内で侵入ルートの期待値を弾いた。
崩落しかかった危険な外壁の亀裂を選択する方が、彼にとってははるかに合理的でリスクの低い選択だった。
屋根の樋から垂れ下がるつららの先端からは、室内からの漏れ熱で溶けかけた水滴が0.8秒間隔で滴り落ちている。
落ちた水滴は、下の積雪に小さな穴を穿ち続けていた。
カツ、カツ、と固い石畳を叩く足音が近づいてくる。
巡回警備兵の足音のピッチから、バザロは歩幅72cm、体重78kgと瞬時に測定した。
警備兵の巡回サイクルは3分20秒間隔。思考を挟む余地のない正確な規則性だった。
屋敷の亀裂からは、高音の口笛のような風切り音が静かに響いている。
周波数は440Hz。その音は、バザロが地下作業場で使う高圧コンプレッサーの共振周波数と完璧に一致していた。
足音が通過するギリギリのタイミング、440Hzの風切り音が強まった瞬間。
バザロは隙間風の音に己の足音を完全に同期させた。
(接触回避まで、あと3秒)
影が壁の亀裂へと吸い込まれていく。
バザロは警備兵の視界を掠め、無音のまま極寒の屋敷内へと侵入を果たした。
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