第1話 先生
一話完結の異世界ファンタジーシリーズ
『ウッディとレイン』
の第1話です。
5000Wを越えてしまいましたが、どうぞゆっくりお楽しみください。
今回の主役「センセー」の意外な正体はラストに判明します。
ではのちほど。
「大丈夫?」
声をかけられ、彼は目を覚ましました。
白いシャツに黒い革のベスト、黒い革のパンツに赤い鞘の刀といういでたちの少年が、自分をのぞき込んでいます。
(十四五歳ってとこかな?)
元女学校の教員だった彼は、かつての教え子と近い年齢の少年をあらためて見ました。
長身でスマートな体格の少年は黒髪と黒い瞳は自分と同じですが、少年の話す言葉は日本語ではありません。
しかしなぜか、理解できます。
(どういうことだ?)
「あんたどっからきたの?」
彼は自分に声をかけたもう一人の人物に目を向けました。
少年の肩に日差しに金色の髪を輝かせた、裸の妖精が腰かけているのです。
(え?)
「ぼくはウッディ。はじめまして」
胸が乾くようなすばらしい笑みを浮かべ、少年があいさつします。
「こっちの妖精はレイン。あなたが倒れてたから声をかけたけど、もう平気?」
「ありがとう」
半身を起こした彼は自分でも理解できない言葉をしゃべりました。
「わたしは……あれ? 自分の名前がわからない?」
「記憶喪失だな」
これは妖精の診断です。
「いや自分の過去は覚えているんだ。でも名前だけ思い出せない。年齢は覚えてる。三十三歳だ」
「ハハ、ウソばっかり」
ウッディは笑って背嚢から手鏡を取り出し、彼に渡しました。
「これは!?」
彼は驚愕しました。
鏡の中に、ティーンエイジャーの自分がいるではありませんか!
脂っけを失っていた黒髪や肌がつやつやして、彼のトレードマークだったぶ厚いメガネもありません。
(持病の心臓の痛みもまったくない。呼吸も楽だ。わたしはわたしを死に追いやった喘息から解放されたんだ!)
彼は自分の服装を確認しました。
赤っぽい革甲冑に黒い革ズボンをはき、腰に剣をさしています。
(これは完全に冒険者の服装だ……おっ)
「あ、あの人は?」
彼が指さしたのは若く美しい、耳の長い女性です。
ウッディがつまらなそうに答えます。
「エルフだよ。別に珍しくないでしょ?」
「あ、あの小柄で筋肉隆々の人は?」
「あれはドワーフ」
「あれは!?」
「ドラゴンだよ」
空を横切る黒い影を指さし震える彼を見て、ウッディはとうとう笑い出しました。
「ドラゴン見るの初めて? 心配いらないよ。このあたりのドラゴンは霊食でおとなしいから人を襲わない」
「……異世界だ」
彼はいきなり立ちあがりました。
「わかったぞ、わたしは異世界に転生したんだ。病気の肉体を捨て、あのクソ世界から脱出したんだ! やった! バンザーイ!」
突然踊り出した彼を見て、ウッディとレインはあきれたように顔を見合わせました。
「ぼくの仕事は書記官だよ。まだ三年目の駆け出しだけど」
その夜焚火を囲んだウッディが語ります。
「書記官?」
「うん。旅をしてそこで見聞きしたことを手帳に書いて送る仕事。センセーのことも書いたよ」
ウッディは黒革で装丁した手帳をセンセーに差し出しました。
彼の元の職業が教師とわかったのでセンセーと呼ぶようになったのです。
ウッディが差し出したのはかなり厚みがある、年季の入った手帳です。
焚火に照らして見ると確かにセンセーとの出会いが、センセーの知らない異国の文字で書かれています。
(ふしぎだ。知らない文字なのに理解できる。お?)
「文章の最後に『読みました。お疲れさまです』と文字が浮かんだよ?」
「ぼくが手帳を書くと受け手のお客の手帳に同じ文字が浮かぶんだ。ぼくの報告を読み終えたお客が文末に『お疲れさん』と書いたら同じ文字がこっちの手帳に浮かぶ。そうやってやり取りする。手帳がいっぱいになったら書記官を手配する支部に行って新しい手帳をもらう。古い手帳もそのままもらえるんだ。むかしの報告を読み返すとおもしろいよ」
「レインくんはなにをするの?」
「レインはぼくのコーディネーターだよ。おもしろい話を知ってる人を見つけてぼくに紹介するんだ。話を聞いてぼくがその話を手帳に書く」
「なるほど。わたしが元の世界でやっていた仕事で出会った編集者みたいなものだね」
「センセーの仕事は教師だろ? ほかになにかやってたの?」
地面に敷いた木の葉に座る妖精レインが、大人っぽい低い声で尋ねます。
「小説家だよ。お話を書く仕事」
「へえ」
疑り深そうに目を細めるレインの横で、ウッディが目を輝かせます。
「お話を書くの? どんなお話?」
「えーと、臆病な自尊心と尊大な羞恥心を飼い肥らせた若者が虎になる話を書いたよ」
「なんだそれ?」
レインはとまどいましたがウッディは喜びました。
「怪談だね、おもしろそう! ねえ、センセーは転生者だよね? 転生者はみんななんらかの『力』を持っていると聞いたよ。センセーはどんな力を持ってるの?」
「わたしに力なんてないよ」
「腰の剣を抜いてみな」
「剣を?」
「いいから抜きな」
レインにうながされたセンセーは苦労して腰から剣を引き抜きました。
すると剣が鏡に変わりました。
最初にウッディが見せてくれたような、小ぶりな手鏡に。
「それがあんたの力だ」
「……わかったよ」
手鏡を見てセンセーはうなずきました。
「これは『のぞき込んだ者のすべてが映る鏡』だ。自分を知るのは小説家の第一歩で、その特性が力になったんだ」
「見せて」
手鏡をのぞき込み、レインはたちまち青ざめました。
「ほんとだこれやばい力だ。知りたくもない自分の全部が一発でわかる」
「どれどれ」
「あ、待って」
センセーから手鏡を取りあげ、のぞき込んだウッディはしかしすぐ首をかしげました。
「なにも映らないよ?」
「どういうこと?」
「驚いた」
センセーはウッディの脇から鏡をのぞき込みましたが、鏡には自分とレインしか映っていません。
「ウッディ、きみには自分がないんだね。まるで則天去私……」
センセーがブツブツ奇妙な呪文をつぶやいたときです。
「こんばんは」
「あ、ラム!」
立ちあがったウッディの視線の先に、若い女性がいました。
布をかけたお盆を持ってニコニコ笑ってます。
浅黒い肌に長い黒髪はこの地方の女性の特徴です。
さらに彼女はすばらしい体格の持ち主でした。
身長はウッディと同じくらいだから百八十センチあるでしょう。
体重は痩せっぽちのウッディよりかなり重く八十キロ近くありそうです。
しかしウェストは締まっていて顔も小さく、目鼻立ちがすっきりしていて高貴な印象さえあります。
「彼女はラム。前この村にきたとき世話になって友だちになったんだ」
「ようラム」
レインは座ったまま横柄に片手をあげました。
「ウッディ、レイン、お菓子を持ってきたわよ」
ラムはお盆を差し出しました。
皿の上に、茶色い粉をかけたお餅のようなお菓子が載ってます。
「ありがとう!」
ウッディが歓声をあげます。
「いただきまーす」
レインがさっそくかぶりつきます。
「マリヤン……」
「どうしたのセンセー?」
お菓子を食べながらウッディが尋ねます。
「いや……わたしは元の世界で教師をやめたあと、南の島で南洋庁の役人をやっていた時期があるんだ。そのとき島で出会ったマリヤンという美しい女性に、彼女そっくりなんだ」
「あら」
センセーの話を聞いたラムが頬を染めます。
「なんだよラム、この人に惚れたのか?」
お菓子を頬張りながら、レインが無遠慮に忠告します。
「やめとけよ。転生者に惚れるとロクな目にあわないぜ」
「へんなこといわないで!」
ラムはレインを小突きました。
ラムは軽く叩いたつもりですが、小柄な妖精はそのワンパンチでピンポン玉のように闇に吹っ飛びました。
「やばい! 闇には妖魔がひそんでる!」
ウッディとラムは慌ててレインを探しました。
こうしてセンセーの異世界転生初日の夜は、にぎやかに暮れたのです。
翌日からウッディはレインといっしょに精力的に村を回りました。
前回ここへきたときあまりおもしろい話を拾えなかったので、今回はその敵討ちです。
最初は野宿するつもりでしたが、ラムが自宅に三人を招きました。
ウッディとレインは昼間出かけますから、自然にラムがセンセーの世話を焼きました。
ラムはかつて結婚していましたが夫と死別し、今は大きな実家で老母と二人で暮らしています。
昼間は自宅で塾を開き、近所の子に勉強を教えています。
かつて教師だったセンセーはラムの仕事を手伝いました。
こうしてあっという間に一か月が過ぎました。
「隣獣だぁ!」
午後の眠くなる時間帯です。
のどかな村に、突如モンスターがあらわれました。
近くの森に匹敵するほど巨大で醜いモンスターです。
「あれはなんだ!?」
ラムといっしょに家から飛び出したセンセーが驚きの声をあげます。
「あれは隣獣」
慌てて出先から戻ったウッディが説明します。
「『となりの世界』からやってきたバケモノだよ」
「となりの世界?」
「転生者と一緒によくあらわれる怪物さ」
ウッディの肩に腰かけたレインがそっけなく語ります。
「あんたの体に目に見えない微生物がくっついてて、そいつがこっちの世界の空気に触れて怪物化したんだ」
(ウィルスだ)
センセーは唇を噛みました。
(わたしについていたウィルスが異世界で化学変化を起こしたんだ)
「どうやったらあいつを倒せる?」
「心配ない。よく見なよ」
レインは眠たそうな目でモンスターを指さしました。
「あいつ建物を壊してるけど人を襲ってないだろう? 隣獣は人間の恐怖を食うんだ」
「恐怖を?」
「そう。ああやって暴れ回って人々の恐怖をあおり、たらふく恐怖を食ったら元の世界に戻る。もうすぐ消えるはずだ」
「そうか。消えるのか……戻る?」
「ああ。元の世界に戻った隣獣はその世界で大暴れする。そういう習性なんだ」
「大暴れ……」
「元の世界に戻った隣獣は、今よりもっと大きくなる。でもセンセーはもうこっちの世界の住人だからそんなの気にしなくていいだろう?」
レインにそういわれたセンセーはとっさに考えました。
自分が元いた世界のことを。
向こうの世界に残した妻と二人の息子。
学友と教え子。
作家仲間や編集者。
南の島で会ったやさしい人々。
マリヤン。
そして今もまだ超大国と戦争しているであろう母国。
「センセー?」
心配そうに自分を見つめるラムに笑顔でうなずき、センセーはウッディとレインに告げました。
「二人とも色々ありがとう。本当に世話になった。じゃ、元気で」
「おいよせ!」
レインが止めるのを無視してセンセーは腰の剣を引き抜いた。
すると剣は、たちまち隣獣に匹敵する巨大な鏡になりました!
「やめろ! いっぺんに力を使ったら死ぬぞ!」
「バケモノこっちを見ろ!」
センセーに怒鳴られ、隣獣は見ました。
大地に据えられた巨大な鏡を。
見て怪物は可憐な悲鳴をあげました。
あらゆる宿主に寄生して生きてきた隣獣は初めて見たのです。
自分自身を。
自分を知るのは時に致命的な劇薬です。
地震のように大地を揺るがせ、隣獣は震えました。
それと同時にセンセーも震えました。
(心臓が、苦しい)
「バカ野郎!」
レインの小さな手で頭を叩かれ、センセーはハッと意識を取り戻しました。
見ると巨大な鏡が消えています。
「これは」
センセーの手に剣が戻っていました。
「命を粗末にするんじゃねえ! ウッディ!」
「まかせて」
午後の空気に青い光芒が閃きます。
ウッディは赤い鞘から刀を抜きました。
「行くぞ不知火丸!」
「風!」
レインが魔法名を唱えると風が舞い、その風に乗ってウッディは宙に浮かびました。
「どうだ見えるかウッディ!?
不滅のティグレが」
「見える」
宙に浮かんだウッディは、目の前にある怪物の胸に光る青い玉を凝視しました。
あれがあらゆる生物の生命の源『不滅のティグレ』です。
「レインこのまま前進だ!」
「あいよ」
レインが軽く手を振ります。
ウッディは風に乗って怪物に迫ると、胸に刀を突き立てました。
「グワッ!」
「光!」
ウッディが技名を叫ぶと刀の先端から光が迸り、その光が青い玉を貫きました。
青い玉が消えると怪物の全身が白々と発光し、光が消えると怪物も消滅しました。
「怪物は死んだのかい?」
「ああ」
ウッディをゆっくり地面におろし、レインは額の汗をぬぐいました。
「死んだ」
「センセー!」
ラムに抱きつかれセンセーはうろたえました。
「ら、ラムくん?」
「センセー、もっとそいつのこと大事にしてやれよ」
レインにそういわれて、センセーはようやく自分の鈍感さに気づいたのです。
それから三日後、話の収集を終えたウッディとレインは村を発ちました。
センセーとラムが二人を見送ります。
「わたしは村に残ってラムくんの仕事を手伝うよ」
「で、結婚すんの?」
レインに問われたセンセーは無言でうなずき、ラムは満面に笑みを浮かべてセンセーと腕を組みました。
「じゃあな」
「センセー、ラム、二人ともお幸せに!」
ウッディはレインを肩に乗せ、二人に手を振りました。
「ああそうだ」
手を振りながら、センセーが叫びます。
「レインくん! ウッディくん! 昨日わたしの名前を思い出したよ。
わたしの名前はアツシ、中島敦だ!」
「アツシセンセー、元気でな~」
「おもしろい小説書いたら読ませてね~」
レインとウッディは二人に手を振り、村を去りました。
妖精と少年の旅は、まだ始まったばかりです。
お楽しみいただけたでしょうか?
次回は7月12日(日)朝5時に第2話
【『なにか』と大工】
を投稿します。
ウッディとレインの活躍をどうぞお楽しみに!




