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監察官ヒナ  作者: 羽生ルイ
Mission #7『美貌の女神』パリス-醜美の衛星
61/62

#9

 掬い上げるようなブレードの一撃をガラス面に加え、ヒナはその場を飛び退る。

 次の瞬間、アンジェラがヒナの立っていた展望窓へと着地する。

 右腕の爪を突き出した体勢で。


 表層の樹脂層はヒナのレゾナンスブレードが破壊した。

 二層目のガラス層はアンジェラが着地の衝撃で破砕した。

 ……そして最後の三層目が、アンジェラの爪によるピンポイントの衝撃で破壊される。


 爪が与えた損傷がひび割れとして一気に展望窓へと広がってゆき……そして、窓が……床が、抜けた。


『ガァァァ!!』


 獣のような咆哮を上げ、砕けたガラスと共にアンジェラが機動要塞の外へと落下してゆく。

 急激な減圧で神殿内に突風が巻き起こり、女神の風は醜い怪物を地表へと追放した。


 一方でヒナは手近な柱にレゾナンスブレードを突き立て、グリップとすることで暴風に抗っていた。

 だが左肩に受けた傷と出血のせいで力が入らない。このままだと自分も宇宙へ吸い出される。

 そう覚悟した時だった。


「ヒナさんっ!」


 随分薄くなった空気の中、男の声がかすかに聞こえた。

 そして……暴風に煽られながらヒナの元へと届く一本の命綱(テザー)。


 視線でテザーの元を追ったヒナが目にしたのは、神殿の入口につかまりながら、こちらにテザーを……救いの糸を届けてくれたケヴィンの姿だった。


 血まみれの左手でテザーを掴んだヒナは、握っていたブレードを離し両手で命綱を掴みながら思った。

 どうやら生身での宇宙遊泳はまたの機会になりそうだ、と。


 ふと展望窓を見下ろすと、惑星上空に赤く、小さな輝きが見えた。


 その輝きは美を追究し、最後は醜い姿になり果てたアンジェラに遺された、最後の美の欠片であるように思えた。


「美しくない『私』は生きる価値がない……か」


 何が彼女をそこまで駆り立てたのか、おそらく自分には理解出来ないだろうと思いながらも、ヒナは美の探求(ミス・ギャラクティカ)で命を落とした犠牲者達の冥福を祈った。



 手当てを担当した医師が肩の傷が全治3週間だと告げる言葉を、ヒナは全治3日だと解釈した。

 鋭い爪による切創であったこともあり縫合だけで済んだのは僥倖だった。これがもしあの禍々しい触手による傷だったら……考えるだけでも怖気が走る。


 ヒナがそんな事を考えながら現実逃避しているのは、目の前に座っているケヴィンの追求から逃れるための口実を考えるためだった。


「それで、どういう事情か話して頂けますね?」


 確かに最終審査会場へ向かう前に、全てが終わったら話をするとは言った。

 そしてケヴィンは宇宙空間へ吸い出されそうになった自分を救ってくれた、命の恩人でもある。


 とはいえ怪人による捕食と擬態などという荒唐無稽な話を信じて貰える訳もない。だが、無言で見つめるケヴィンの圧に負けたヒナは、真実を語ることにした。


「獣魔将……?」

「うん、信じられないと思うけど――」

「もしかして、それはゲルゲム団の!?」

「え?」


 ヒナがゲルゲム団の事は口にしていないにも関わらず、ケヴィンは真剣な顔で獣魔将を擁していた悪の犯罪組織の名を口にした。

 ゲルゲム団の事を知っているのかと問うヒナに、ケヴィンは深く頷いて答えた。

 社会部記者として、当然知っている、と。


 その言葉にヒナは気が付いた。

 ここ惑星セラムはゲルゲム団が暗躍していた惑星トーエイから13光年ほどの距離にある。

 つまり、セラムから見ればトーエイは最寄りではないにせよ「近隣の星」にあたるのだ、と。


 ヒナの推測を裏付けるように、ケヴィンは13年前の出来事を語った。

 当時、トーエイに派遣されていたSNNの特派員が、ゲルゲム団の蜂起をいち早くセラムに報告していたと。

 だがその報告は内容があまりにも衝撃的だったため、SNNの編集デスクはフェイクニュースと疑われることを恐れて配信を見送ってしまった。


 その結果、セラムの人々がトーエイの騒乱を知ったのは事態が収束してからだった。

 しかもその特派員は報告の直後に現地で命を落とし、彼の貴重なスクープはついに世に出ることはなかった。


 もしフェイクニュースなどというものが無ければ……そう語るケヴィンの顔には無念の表情が浮かんでいた。


「……もしかしてPGNを嫌っていたのも?」

「ええ。PGNのようなタブロイドメディアが無ければ……。ですが、貴女のような記者もいるのですね」

「いや、ワタシPGNの記者じゃないからね?」

「副業なのでしょう?」


 そう言ってニヤリと笑うケヴィンは、続けて言った。

 今回の事もおそらく編集デスクは報じようとしないだろう、と。


 自分達の星が誇りに思うイベントが、怪人によって滅茶苦茶にされたなどという情報は、いくらそれが真実であったとしても……いや、真実であるからこそ報じることはできないだろう、と。

 ケヴィンの言葉をしばらく吟味していたヒナは、悪戯でも企むような表情で言った。


「ね、書いてみない?今回の記事」

「ですが……」

「流せばいいんだよ、PGNで」


 例えそれが真実ではないと思われても、真実を語らないことと、語って信じられないことでは大きな違いがある。

 信じられないニュースなら、最初からエンタメとして流してしまえば良い。ケヴィンのように、ゲルゲム団の事を知るものであれば、その記事が事実であることを察するだろうから。

 そう告げるヒナに、ケビンは少し驚いた表情を浮かべたが……やがて強く頷いた。


「亡くなったソレアーダさんと、クレオさんのためにも……無かったことには出来ませんね」




『今回のミス・ギャラクティカは女神ヘラこと、アデリン・ボアルネさんに決定いたしました!』


 ミス・ギャラクティカの最終審査は、通信機器のトラブルが発生したため非公開で実施されたと公表された。

 それが欺瞞でしかない事を会場にいた誰もが知っている。

 むろん、優勝者であるヘラ……アデリンも含めて。


 だがヘラは血の惨劇と狂気を超えて獲得した栄冠に、満面の笑みを浮かべていた。

 このミス・ギャラクティカに命を懸けていると言ったヘラなら……例えライバル達の死によって転がり込んできた栄光であったとしても、彼女の心を満たすことが出来たのだろうか。


 授賞式の光景を最後列から見るともなしに見ていたヒナは、そんな事をふと思った。


今回は続けてもう1話、短いエピローグの更新を行います

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