最終話:空手家カイト、道は続く
帝国の崩壊と邪神の消滅から数ヶ月。
王都は奇跡的な復興を遂げていた。街のあちこちには、絶望の淵で自分たちを救った「黄金の拳」を讃える石像が立ち、子供たちは杖ではなく、正拳突きの真似事をして遊んでいる。
国王はカイトに「救国聖騎士」の称号と、広大な領地を与えようとした。
エリート騎士団「第一部隊」は、彼を総隊長として迎え入れる準備を進めていた。
だが。
「……セイッ! セイッ! セイッ!!」
王都の北端、かつての「無印」兵舎。
そこには、以前と変わらず、埃にまみれて拳を振るう男の姿があった。
「カイトさん! 腰が高いですよ! もっと落として!」
「バルト、お前こそ突きが流れてるぞ! 拳を引くスピードが遅い!」
カイトの叱咤に、大男のバルトが歯を食いしばって応える。
隣では、聖女セレスティーナが白い法衣の裾をまくり上げ、見事な回し蹴りをミットに叩き込んでいた。その横でルナは、眼鏡を光らせながら魔力と呼吸を同期させる「空手式魔力制御」を後輩たちに教えている。
そこには「無能」も「天才」もなかった。
ただ、己の肉体と向き合い、昨日の自分を超えようとする「武道家」たちがいるだけだった。
「……失礼するわ」
兵舎の門を叩いたのは、エレン・フォン・ローゼンバーグだった。
かつての傲慢な令嬢の姿はない。動きやすい旅装に身を包み、腰には杖ではなく、一本の帯を締めている。
「カイト。……いえ、師範。私も、今日から門下生としてしごいていただけるかしら?」
カイトは手を止め、ゆっくりと振り返った。
彼女の目には、もはや魔力への固執も、血筋へのプライドもない。ただ、純粋に強くなりたいという意志だけが宿っている。
「……道着はあるか?」
「ええ、もちろん」
「なら、並べ。まずは基本突き、千回からだ」
エレンが嬉しそうに頷き、バルトたちの列に加わる。
カイトは一人、兵舎の裏手にある小さな丘に立った。
夕日に染まる王都を眺めながら、自分の拳を見つめる。
この世界に魔法がある限り、理不尽な力に怯える者はなくならないだろう。
だが、この拳が、この呼吸法が、この「空手」という生き方が広まれば、人は自分の足で立ち、自分の力で運命を切り拓けるようになる。
(前世では、俺一人のための空手だった。……だが、この世界では違うな)
カイトは再び、静かに構えをとる。
邪神を倒した黄金の一撃。だが、あれもまだ通過点に過ぎない。
もっと速く。もっと鋭く。
この空を突き抜けた先にある、真の「理」に届くまで。
「――よし、稽古再開だ! 全員、拳を握れ!!」
「「「「オスッ!!!」」」」
兵舎を震わせるほどの、地響きのような返事。
魔法が万能とされた時代は終わり、自らの魂を拳に乗せる「武」の時代が始まろうとしていた。
異世界空手家、カイト・ハザマ。
彼の道は、どこまでも、どこまでも続いていく。




