巨神の城②
「……ねえ、あなた。私の魔力で良ければ、少し分けましょうか?」
男は驚いたように目を見開いた。
「よせ。今の私は、触れるものすべてから魔力を奪うだけの『欠陥品』だ。君のような脆い人間、一瞬で干からびるぞ」
「私を誰だと思っているの?」
アイリスは不敵に笑い、あかぎれだらけの手を、男の冷たい手に重ねた。
「十年、この国で一番巨大な『欠陥品(結界)』を縫い合わせてきた女よ。吸いきれるものなら、吸ってみなさい」
アイリスは不敵に笑う。
瞬間、身体の奥から魔力が急速に引き抜かれる感覚が走った。
あかぎれの指先が熱を持ち、視界がちかちかと明滅する。
だが、アイリスは手を離さなかった。
ニコもまた、アイリスの反対側の手を握りしめる。
わずかの間を置いて、男が声をあげた。
驚きと歓喜を孕んだその声が、大地を揺さぶりはじめる。
「この魔力は……マスターの魔力? まさか、君は……『管理者ハザトロト』の末裔なのか!?」
アイリスの魔力を得て、男の目に生気が溢れ出す。
同時に、彼の身体が眩い光に包まれた。
「このゼノン。千年もの間、待っていた。管理者である君、いや、マスターを」
「え、なに? マスターって?」
「――ああ、光がやってくる」
ゼノンと名乗った男がつぶやくと、地平線の彼方から、一筋の光が差し込んだ。
夜が白み、黄金の陽が荒野を照らし出す。
その陽の光と、アイリスの魔力を受けて、ゼノンの身体が急激に膨張をはじめた。
ドォォォォォン……!
大地を裂くような、凄まじい地ひびき。
ゼノンの影は一瞬にして巨像へと変わり、周囲の土石を吸い込みながら、天を衝く岩塊へと再構成されていく。
「ニコ、私に掴まって!」
アイリスはニコを抱き寄せた。
目の前の岩肌が、黄金の幾何学模様に縁取られ、古代の金属へと滑らかに組み換わっていく。
ドオンと、最後の一撃のような衝撃波。
それと共に、昨日の夕暮れ時に見たあの巨神が姿を現した。
朝日に照らされ、威容を誇るその巨神の胸元。
重々しい音を立てて、白銀の扉が左右に開かれた。
「……待たせたな、マスター。今日からここが、マスターの城だ」
扉の奥から、先ほどよりもいくぶん力強くなったゼノンの声がひびく。
アイリスは、ニコと顔を見合わせ、深く息を吐いた。
昨日まで自分を苛んでいたあかぎれの痛みは、不思議ともう感じない。
「行きましょう。新しい生活の始まりよ」
アイリスはニコの手を引き、光り輝く扉の向こう側へと、迷うことなく足を踏み入れた。




