第42話:帰還ゲートの開放と、工学部の誘惑
ポテト・コアの騒動が収まり、世界に平穏な空気が戻ったその時、カズキのポケットの中でルーターがかつてないほどの激しいバイブレーションを鳴らした。
『——警告。異世界間プロトコルの同期に成功。地球側ゲート、強制開放フェーズに入ります。残り時間:30分』
「……ッ! ついに、繋がったのか……!」
ガレージの宙空に、青白い光の渦が広がっていく。その向こう側には、見覚えのある大学の講義棟や、喧騒に包まれた駅前の風景が、ノイズ混じりながらも確かに見えていた。
画面には、未読メールの通知が滝のように流れ込む。 『佐藤、どこにいるんだ! 試験、今からでも教授に頼み込んでやるから早く来い!』 『カズキ、就活の一次面接、明日だけど準備できてるのか?』
「……日本だ。本当に、帰れるんだな」
カズキの声が震える。その背後で、アリス、クレア、アイリスの三人が息を呑んだ。彼女たちは、この瞬間がいつか来ることを知っていた。そして、カズキがどれほど「単位」と「元の生活」を大切にしていたかも。
「……師匠」 アリスが、震える手でカズキのシャツの裾を掴もうとして、止めた。 「……帰ってください。師匠には、あっちの世界に大切なことがいっぱいあるんですよね。……私の村は、もう大丈夫ですから。教えてもらった理論で、頑張りますから」
「カズキ殿。……貴殿の騎士として、主君の望む道を守護するのが私の務めです。……どうか、振り返らずに行ってください」 クレアが剣を鞘に収め、深く頭を下げる。その瞳から大粒の涙が地面にこぼれた。
アイリスだけは、腕を組んでゲートを睨んでいた。 「……フン、管理者としてはゲートをさっさと閉じてほしいわね。……あんたがいなくなると、ポテチの買い出しに行ける人がいなくなるけど……まあ、なんとかなるわよ。……早く行きなさいよ、バカ」
三人の精一杯の「強がり」。 カズキは一歩、ゲートの方へ足を踏み出した。
だが、その時。カズキの工学的な勘が、ゲートの向こうから流れてくる「異常な信号」をキャッチした。ゲートが繋がったことで、地球側の高度に電子化された情報が、この世界の不安定な魔導回路に逆流し始めていたのだ。
「……待て。なんだ、このエラーログは」
カズキはゲートを潜る代わりに、ルーターをコンソールに叩きつけた。 「ゲートの接続維持に、この世界の全魔力の80%が吸い取られてる……。僕がこのままゲートを抜ければ、その瞬間に接続が断たれ、世界は急激な電圧降下(魔力枯渇)を起こす。……そうなれば、アリスの杖も、クレアの鎧も、アイリスの管理システムも……全部、二度と動かなくなるぞ」
「え……?」
「つまり、僕が帰るっていう選択は、この世界に住むお前たちの『未来』を全て焼き切る(ショートさせる)ってことだ。……そんなの、エンジニアの仕事として、一番やっちゃいけないミスだろ」
カズキはゲートに背を向けた。 その瞳には、元の世界への未練ではなく、目の前の「不完全なシステム(世界)」を放っておけないという、技術者としての狂おしいほどの情熱が宿っていた。
「アリス、クレア、アイリス。……悪いけど、ゲートを閉じる。……月曜日の試験は、欠席だ!」




