7話 初仕事と異界渡し
様々なことがあって数日が経ち、この図書館での身の置き方がわかるようになってきた。軽い雑談がほとんどだが、この図書館の職員全員に共通するのは本への愛情だった。リン殿はミステリーやサスペンス、マリー嬢は絵本が多いが武術書も好む。アリサ殿は恋愛小説と料理本、凪殿はあれで古文書らしい。それぞれ好きな本のジャンルは違うものの、たまに本についての談義をするぐらいには仲良しであるそうだ。一昔前に、本の結末を読者にゆだねるような小説を読み、解釈の違いによって図書館が内部分裂しかけたことがあったという。私からすれば読者次第でいいのではないかと思えたが、そのこだわりにそれぞれのプライドがあるような気がした。
ともかく、今日から働くこととなった私、ロンドだが、朝の身支度をしている際中に、コンコンとドアをたたく音が聞こえた。この部屋を訪れる人も数人ほどではあるのだが、全員がドアベルを鳴らして部屋に入る。とすると、今部屋の前に立っている人は? と警戒する間もなく、件の人物が入ってくる。
「おはよう、ロンドさん。服のサイズも大丈夫そうだね」
「館長殿だったか。ドアベルが鳴らないから誰かと思ったが。老人をそう驚かせないでくれたまえ」
「今はそんなこと言うほど年齢取ってるわけじゃないでしょ。若返った身体を有効活用してもらわないとね。さ、早く業務始めるよ。今日は特に忙しいんだから」
そういって足早に去っていったかと思ったらすぐに振り返って私に向かって叫ぶ館長。
「あ、そうそう。戦闘の準備だけしておいてね! ロンドさんが持ってる剣を一本持ってくればいいからー!」
私はなんだか嫌な予感がした。
午前9時。図書館のエントランスに全員が集合する。どうやらもうみんな集まっているらしい。待たせるわけにはいかないと足早に近づくと、それを確認した館長がうなずく。
「皆、おはよー。必要ないと思うけど一応点呼取ろうか。凛」
「はい」
「アリサ」
「はい」
「マリーちゃん!」
「……おはようございますですわ」
「ごめんね、もう眠いもんね。お疲れさま。引き継ぎはしておくから休んできていいよ」
「お言葉に甘えますわ…。それではみなさま、ごきげんよう」
元気よく返事をする中で一人元気がないマリー嬢。出会ったときもそうだったが、彼女は夜型の人間らしい。現在時刻は午前9時で、マリー嬢が働き始めたのがおそらく午後10時だから、11時間ほど働いていることになる。幼女にはさすがに厳しいようだ。
「凪、はいないとして…。ロンドさん」
「うむ」
「これで全員かな。それじゃあ本日の業務ね。凛はいつも通り蔵書の管理をお願い。ついでに転移関連の本があれば僕の部屋の前に置いてね。図書館に転移関連の内容が詳しく載ってる本はなかったはずだけど、見逃してる可能性もゼロじゃないからね」
「わかりました、館長。他に何かあります?」
「いや、特にないかな。仕事が終わったらアリサの手伝いしておいて。以上」
「任されましたー」
話が終わるとすぐにリン殿は図書館の書架へと消えていった。
「アリサは買い出しをお願い。パレス産のヒートペッパーと、スカルのジュリエル。地球の調味料と、パンかな。お金は後で渡しておくよ」
「わかりました。他に買うものはありますか?」
「後は好きに買い物していいよ。けど、皆が食べられるような食材にしてね。アリサには前科あるし」
「あまり蒸し返さないでください…。恥ずかしい記憶の一つなんですから。掃除はどうします?」
「今日はしなくていいかな。それじゃ、いってらっしゃい」
「はい、行ってきます。あ、ロンドさん。……頑張ってくださいね」
アリサ殿は買い物と掃除が主な担当らしい。しかし最後に言い残していったあの発言は何だったのだろうか。少し怖さを感じるのだが。
「それじゃ、ロンドさんは僕と一緒に来てもらおうかな」
「…一つ質問をしていいか?」
「いいけど、どうしたの?」
「これから私たちは何をするんだ?武器を持って来いと言われて持ってきたが、この図書館内で武器を振るようなことはないだろう?」
至極真っ当な問いかけながらも館長はどこかおかしいように笑っている。だが、目が笑っていなかった。ふざけているわけではなく、本当に武器が必要な仕事をするのだと本能による直感が今日絵師的に理解させた。
「今日の仕事は灯篭図書館に所蔵される本の回収だ。少し遠出が必要になるからロンドさんの力を借りようと思ってね。ロンドさんが護衛をしてくれれば、仕事も捗るってもんだろう?」
「護衛、か。私にそれほどの強さがないことぐらい館長もわかっているだろうに。それに、回収だと? 本来それは凪の仕事ではないのか?」
「確かにそうだけれど、今回の仕事は凪の手には負えないような案件らしくてね。僕が直々に出張らなきゃいけないんだよ。正直面倒くさくもあるけど、遅かれ早かれって感じだったし。せっかくならロンドさんの研修にピッタリかなって」
「…そこまで言われては仕方があるまい。それで、今から私たちはどこに向かうんだ?」
「惑星ジークロード。かの有名な大魔王、ジークロードが支配する星。ここに目当ての本があるんだよね」
館長殿から発せられた惑星の名前からするに恐ろしい星であることに違いはないだろう。確かにそんな星、凪の性格なら諦めてもおかしくないかもしれない。しかし、そんな場所に私がついて言って本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。
「『灯篭の 灯り揺らめき 幻想に 死してなおまた 会うこと勿れ』」
館長がそんな言葉を発した瞬間、突如、何もない空間から扉が現れた。ここはエントランスのど真ん中。扉だけがただ佇むだけで、扉に繋がるような部屋は見当たらない。
「館長、これは一体…?」
「この図書館の機能の一つ、異界渡し。合言葉を唱えた対象者が望む場所に誘う《いざなう》、不思議で便利で万能な機能だよ。ちなみに、権限を持ってるのは僕とアリサと凛だけだよ。これのおかげで、地球の美味しいご飯とか、その惑星特有の食材を食べたりすることができるんだよね。もちろん、食料を買うのにお金は必要だけどね」
「本にあった神隠しとはこのことか? いや、別の惑星に移動できるような代物、聞いたことがない! 伝説級の魔道具でもこれ程のものはないはず…!」
「驚くのも無理はないけどさ、早くしないとお昼ごはんに間に合わないし、ほら、いったいった」
推されるようにして扉を開けるとそこは石畳が敷かれた道があった。辺りは暗闇。道の脇に置いてある灯篭の炎の明かりだけが頼りだ。いつの間に追い越したのか、なんでもないように館長がスタスタと歩いていく。
「灯篭図書館にある大半の本が勝手に集まってきたものだって知ってるよね?」
「あ、ああ。その全てを館長が読んでいるとも聞いた。あと、中には珍しい本があり、凪がわざわざ足を運んで回収する本があるとも聞いた。しかし、そんな本はなかなかないということだったが」
「おー、ちゃんと覚えててくれてるね。まあ、今日は後者だね。本を回収するお仕事。ただ、今日のはちょっと毛色が違うんだよね」
「毛色が違う、というと?」
「いつも凪が回収してくる本は、既に死んでいる、死者から回収するものなんだ。ただ、今回のは…。お、もうそろそろ到着かな? ここを出たら話の続きをしようか」
急に私たちの目の前に扉が現れる。数めえーとる離れていた時には存在しなかった扉が現れて驚く心を隠し切れないまま、館長に続くように扉をくぐる。
「ここは…? 風化したような壁、そこにぽっかりとあいている大穴。外から聞こえる音は…戦場か? しかも、これほど立派ながら禍々しい扉は一体なんなんだ?」
「魔王城だよ。ジークロードの居城。そしてこの扉の向こうは、かの大魔王ジークロードの玉座の間。そこにおわすは魔王城の主、ジークロード。灯篭図書館の常連さんだよ」
「はあ!? 魔王城!? それに、灯篭図書館の常連だなんて…。いったいそんな人物に何の用があるというのだ!!」
「違うよ、ロンドさん。落ち着いて。今日の仕事に関係あるんだから」
「一体何をしようというのだ…!」
「…さっき話してた続きだけどね。普段凪の集めてくる本は死者から回収したものだって言ってたでしょう? けど、例外の中にもさらに例外はあってね。死者として回収できないまま生者になった存在からはどうやって本を回収するのかって話さ」
館長殿の驚きの発言の数々に意識が追い付かない。しかし、確かにそうだ。灯篭図書館が所蔵する本は人の人生が記された本。もし、灯篭図書館のシステムとして、死者から本を回収するとしたら、王女様の本を凪が回収したのも頷ける。しかし、死者として回収できず、生者となるとは一体…?
「ああ、言葉が足りなかったみたいだね。死者にならず、他の世界に渡り、生者として生きる人達、別名「異界渡り」。本来、許されたもの以外が記憶を保持したまま別の世界に行くことは許されていない」
「それ、では…」
「異世界人であり、この世界に密かに召喚された勇者。ジークロードを討伐せんとし、この世界に仮初の平和をもたらそうとする者。名前を、ヒカリジ ユウキ」
名前を言い終わったところで、館長殿は玉座の間から真反対、長く続く廊下の向こうにある階段を指さす。階段を駆けるように登ってくる気配がする。金属の鎧が擦れるカチャカチャという音と、「急げ!」と通るような声が聞こえる。
「彼が、今回の目標だよ」
天秤の片方に世界の平和が乗っている気がした。




