44話 偽者〈ルーリャ視点〉
夏休み中サボりにサボりました。再開します。
ちょいグロ注意。
バライム・ソケリアの姿が消えるのを見届け、私は安堵のため息を漏らした。
クルト・トリスも、彼とともに消えたはずだ。
今頃は二人とも太古の樹海に送られているだろう。
マナの濃いあの森なら、すぐに追跡されることもあるまい。
トラスさんは……無事に送れていればいいが。
彼女は私よりも圧倒的に上位の存在だ。
私の干渉を受け入れてくれるかはわからない。
しかしまあ、彼女はああ見えて聡明だ。
私の意図を汲んでくれると信じておこう。
……今はそれよりも。
正面をしっかりと見据える。
やつの醜悪な姿を、この目に焼き付ける。
「さぁ、仕切り直しです……ルゥの図書館を返しなさい」
私は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
私の権能は戦いとは無縁だ。
世界を断つほどの斬撃も、すべてを受け止める楯も、空を舞える速度も、何一つとして持ち合わせていない。
私にあるのは、ただのちっぽけな集積機能だけ。
世界を観察し、それを書き綴るのが私にできる唯一のことだった。
迷宮などという呼び名は、本来は唾を吐き捨てるような虚構だ。
その実態は、ただの図書館。
膨大に膨れ上がった無限に等しい情報が、この小さな図書館を迷宮だなんて言われるまでに巨大なものだと錯覚させた。
とはいえ、私はほかに比べたら強いほうなのだろう。
それも当然といえば当然だ。
これまで生まれては消えていった強者たちの記憶を、体験を、すべて知っているのだから。
才能は欠片もない私だったが、猿真似くらいはできた。
他人の才能を横取りし、努力を汚して。
そうやって生きてきたのが私だ。
「コールラビリンス。サモン・レジェンダリー。剣星アスタ・モルト」
私の呼びかけに応えるように、迷宮が姿を変える。
現れたのは、かつての英雄王。
剣星と呼ばれた、現人神「アスタ・モルト」―――そのコピーだ。
「行きなさい。貴方の剣技で、ルゥの聖域を汚す愚か者に裁きを」
私の呼び掛けに応え、剣星アスタがグローズに斬りかかる。
その剣筋は私よりもずっと速く、ずっと重い。
それでも、グローズを傷つけるにすら至らない。
剣星アスタの剣は、グローズに触れることも許されず、腐敗し、崩壊した。
「……っつ……」
……落ち着け。
想定の範囲内だ。
見極めるんだ、やつの隙を。
調べ尽くすんだ。
観察しろ。
「コールラビリンス。サモン・レジェンダリー。賢者クシャル・アイラ」
続けざまに、また一人英雄を呼ぶ。
そして息つく間もなく極大魔法を放つ。
神話の時代、神を屠るために開発された理論上だけの魔法だ。
「コールラビリンス。クリエイト・エンシェントマジック。クリス=ラグナ=カリプス」
「コールラビリンス。クリエイト・エンシェントマジック。レディオ=ローゼス」
すべてを蒸発させてしまうほどの灼熱が迷宮内に吹き荒れる。
世界を凍てつかせる波動が、グローズを飲み込むように襲い掛かる。
だがそれらの魔法も、グローズには届かない。
……次だ。
手を休めるな。
「コールラビリンス。」
「コールラビリンス!」
「コール……」
まだ。
まだだ。
動け、動き続けろ。
幾人の英雄を召喚しただろう。
何発の魔法を打ち放っただろう。
わからない。
ただあるのは、そのすべてがグローズによって消滅させられたという結果だけだ。
もうグローズを倒せるほどの力ある存在はいない。
グローズは、私の召喚した英雄すべてを、さもつまらなさそうに消滅させた。
次に死ぬのはお前だ。
グローズの目が、冷たくそう語りかけてきた気がした。
「コール……ラビリンス……」
なけなしのマナで行使した小さな炎は、グローズの拳に簡単にかき消された。
「くだらぬ……」
グローズの声に、背筋が凍った。
やつに向けて放った魔法は、どれもやつに届くことなく泡沫のように消え去ってしまう。
やつが歩けば地面は毒の泉に姿を変え、呼吸をするたびに毒の霧があたりに広がる。
瞬きのたびに、死が足音を立てて私に迫るのを感じた。
私はここで死ぬ。
別に、死ぬことに恐怖などない……といえば、それは噓になるか。
もう生きていても仕方がないほど生きてきたし、この世のすべてを知り尽くした。
それでもなお、突き付けられた死の恐怖には抗えなかった。
足がすくんで、もつれそうになる。
動くたびに毒が回って、呼吸すらもままならない。
視界がかすんで、まともに立っていられない。
バタンッと、倒れるような大きな音がした。
世界が横向きになっている。
……違うな。
倒れたのは私だ。
もう痛みも、寒さも、何も感じない。
後悔はない。
最後に彼らに託せたなら、それが私の生きた意味になる。
だから、どうか…………
ぐちゃ。と、滑るような不快な音が、迷宮に木霊した。
沈黙。
飛び散った血が、冷たい床を赤く染めあげる。
グローズはかつてルーリャだった残骸を一瞥すると、静かに立ち去った。
不気味な笑い声を残して―――




