22話 目覚め
………イム…バライム……バライム!!
誰かに呼ばれた気がして目を覚ました。
ゆっくりと瞼を開ける。
トラスと中学生くらいの女の子が、こちらを覗き込んでいた。
「ト…ラス…?」
口が張り付いて声が上手く出せない。
起き上がろうとしても、腕がまるで棒切れになったかのようで、思い通りに動かせない。
「うん…うん。そうだよ、私だよ。良かった…バライム…」
トラスは涙ぐんで俺の手を取る。
「良かった…バラ…」
女の子も涙ぐみながら手を重ねる。
どうにか少しだけ首を持ち上げ、女の子を見る。
彼女からは、クルトの面影がチラついているような気がした。
「俺は……」
確か、追っ手に追われて…
トラスがシャディクを倒して…
その後が思い出せない。
無事に逃げ切れたのだろうか。
どれ程の時間眠っていたのだろう。
どうして身体が動かないんだ。
「トラス…シャディクは…?逃げ切れたのか…?」
俺がそう言うと、トラス達は2人して泣いてしまった。
「大丈夫。大丈夫だよバライム。もう安全だから」
「バラ、もうあれから11年以上経ってるんだよ」
11年…?
俺は、11年以上も眠っていたのか…?
金盥を落とされたような衝撃だった。
「クル…ト…?」
「うん。うん!バラ、おはよう!」
15歳。
ならば、クルトはちょうど中学生くらいの年齢ではないだろうか。
面影があったのは、本人だからだったのだ。
思い返せば、俺をバラと呼ぶのは家の人間とクルトだけだ。
トラスは手を離すと俺の背中に手を回し、ゆっくりと起き上がらせた。
自分の身体が僅かに見える。
貧弱で棒切れのような四肢。
4歳から10年間、寝たきりだったのだ。
筋肉などつくはずもない。
むしろよく死ななかったものだ。
辺りを見回すと、男が壁にもたれかかっていた。
「あの…」
俺がどう声をかければいいのか迷っていると、クルトが苦笑気味に男に近づき、足を蹴った。
「この人はガイア師匠。ほら、自己紹介しなよ師匠」
「ガイアだ」
彼はそう言うとすぐに奥へと行ってしまった。
「もう…遠慮なんかしちゃって…」
クルトが呆れたように笑う。
「あの、クルト…師匠って?」
「師匠は私に戦い方を教えてくれた人。4歳の頃から教えて貰ってるの。半分親みたいなもんだよ」
情報が多すぎて何がなんだかさっぱりだ。
体は満足に動かすことも出来ず、幼馴染は成長してすっかり大人になっている。
まるで世界に置いていかれたかのような感覚だ。
「そっか…本当に11年経っているんだな……」
改めて時の流れを実感させられる。
俺の脳裏には、あの襲撃の光景がありありと焼き付いている。
だがクルトやトラスにとっては、過去のことなのだ。
クルトに励まされた胸の痛みも、トラスの美しい神刀の重圧も、鮮明に覚えているのは俺だけで。
そう考えると、無性に寂しく、やるせなく感じた。
そこから先、自分が何を言ったのかよく覚えていない。
トラス達から与えられる情報を飲み込むことで精いっぱいだった。
文字が光り、洞窟が現れたこと。
洞窟を抜けると、死者の国に辿り着いたこと。
そこでトラスの旧友、ガイア…先程の男に出会ったこと。
クルトが彼と契約したこと。
俺の回路が壊れ、目覚めなくなったこと。
トラスが俺の回路を修復する間、クルトが修行していたこと。
クルトの冒険譚。
そんな何気ない日々を、事細かに語っていた。
やがて話題はクルトの修行の話、トラスによるマナ回路の解説など、他愛のないものへと変わっていった。
皆が語りつくし、スヤスヤと寝静まった夜。
俺は天井を見つめていた。
この先どうなるのだろうか。
満足に動くこともできない身体が、余計に不安を膨らませる。
俺一人だけがあの襲撃の日から抜け出せずにいる。
世界から切り離されたように、時間が止まっている。
…誰かとこの感覚を分かち合うことは出来ないんだろうな。
そう思うと、トラス達が遠くに行ってしまった気がした。
ーーーーー
翌朝から、クルトによる特訓が始まった。
動けない俺の応急処置として、身体強化魔法を教えてくれるそうだ。
やはり動けないと気も滅入るし、何かと不便なのでこれはとても助かる。
「バラ、マナを動かす感覚はわかる?」
恐らく、魔法を発動したときの胸のあたりがぽかぽかするような、あの感覚のことだろう。
「あぁ。たぶん大丈夫だ」
「それじゃあ、魔法を発動するときにマナを動かす感覚で、体全体にマナを巡らせてみて」
クルトに言われ、意識をマナに向ける。
む?うまく動かせない。
母様に教わった時よりもマナが重たく、熱く感じる。
悪戦苦闘していると、スッとマナが馴染んだような感覚があった。
お、これはいけるんじゃないか?
試しに腕にマナを集めてみると、驚くほど速く腕全体が熱くなる。
同じ要領で全身をマナで満たすと、今まで体中を支配していた脱力感がなくなり、体が軽くなったように感じた。
ふと、腕を持ち上げる。
俺の腕は、何不自由なく天を指さした。
「できた...?」
動いた。棒切れだと思っていた俺の身体が。
喜びがあふれてくる。
「やったー!バラすごい!」
そういって、クルトが抱き着いてくる。
俺よりも早く、クルトが喜びを爆発させたようだ。
「ちょ、クルト、苦しい」
「あ、ごめん」
そういうと、クルトは俺から離れた。
あたらめて、腕をマナで満たす。
次に反対の腕、次に足、次に胴...
ゆっくりと一つ一つ確認するように体を動かす。
そして、最後にゆっくりと立ち上がった。
「バラ!まっt...」
クルトの制止も間に合わない。
クルトの前に、俺の俺が現れた。
「あっ......」
そういえば俺、裸でした。
ちょっとまとまらなかった。




