21話 日常 <トラス視点>
その日の夜。
今日はガイアもこの家に泊まるといっていた。
必要なものがないか確認するためだそうだ。
あれでいて真面目なのだ。
明かりが消えたころを見はからって、猫の姿になり屋根に上る。
月明りがないからか、とても暗い。
この国の夜は、ひどく静まり返っていた。
なにか物音がした気がして、玄関のほうを見る。
すると、ガイアとクルトちゃんが出てきた。
暗くて表情がよく見えない。
だが、何か覚悟していることは空気から伝わってきた。
「お願いします。私を、強くしてください!」
クルトちゃんがガイアに頭を下げる。
そのまま叫ぶように言葉を続ける。
「私は守られるだけで何もできなかった」
「もう、守られるだけでいたくない!」
「私がばかで弱かったせいでバライムが…!」
「次は私がバライムを守る」
「だから、私を強くしてください。お願いします」
それは、独白のようだった。
彼女だって被害者なのに。
たった四歳の女の子が急に追手を差し向けられる。
うまく対処できるわけがない。
それでも、彼女は強くなりたいと願ったのだ。
沈黙が流れる。
聞こえるのは虫の囁きだけ。
ガイアが沈黙を破った。
「わかった、俺の力をくれてやる。お前に使いこなせるか?」
「バライムを守れるなら、私はなんだってやってみせる」
「ふん、まぁいいだろ。契約成立だ」
そういって、ガイアはクルトに歩み寄る。
そして、頭にポンと手を置いた。
「我が名は桜竜帝ガイアッシュ。我が力の一端を、嬢ちゃんに」
ガイアがそういうと、クルトちゃんとガイアを桜色のオーラが包み込んだ。
「痛いかもしれねーけど我慢しろよ」
フーッ、フーッと、クルトちゃんの呼吸音だけが静かに響く。
クルトちゃんは苦悶の顔を浮かべながらも、じっと耐えている。
やがて苦し気な表情が消え、ふっと意識を手放した。
「でてこいよ、盗み見は感心しないぜ」
ガイアがクルトちゃんを支えながらこちらに声をかける。
気づかれていたらしい。
屋根から飛び降りガイアのもとへと向かう。
「バレてたのか。それにしても、ガイアが契約するとは思わなかったよ」
「ただの気まぐれだ。それに、お前に嬢ちゃんを頼まれちまったからな」
はぐらかしているが、おおかた彼女の叫びに思うものでもあったのだろう。
あいかわらず面倒くさいやつだ。
バライムの世界じゃこういうのをツンデレとか言っていたっけな。
「素直じゃないね」
そういってやると、ガイアはそっぽを向いてしまった。
ーーー
翌日から、クルトちゃんの特訓が始まった。
ガイアは私と違い、神性の大部分は自分に残したらしい。
契約回路の構築だけにとどめて、彼女自身の力を鍛えてやるそうだ。
私は私で、バライムの回路の解析に取り掛かる。
回路は思った以上に複雑に絡まりあっているようで、下手に触ればバライムの命が危険にさらされかねない。
解こうとすればするほど複雑に絡まりあい、固く結ばれてしまう。
ただ時が流れるばかりで、作業は遅々として進まなかった。
1年ほどの月日が流れた。
バライムは一向に目を覚まさない。
クルトちゃんは、最近魔法の発動に成功した。
ガイアと同じ、物質を創造する魔法だ。
現世では魔法には段位があるだの適正があるだのと言われていたらしいが、そんなものは人が本来の魔法の在り方を忘れて、自ら作った枠にとらわれているだけに過ぎない。
魔法は本来もっと自由なものだ。
ガイアは、彼女には才能があると言っていた。
彼に才能を認められた人をみるのは初めてかもしれない。
一方、私の解析はいまだに何の成果もあげられていなかった。
焦りだけが募っていく。
4年。
何の成果もあげられず、時間だけが過ぎていく。
私が憔悴しているのを見かねて、クルトが遊びに連れ出してくれた。
久しぶりに太陽を見た気がする。
最近では距離感も縮まり、お互いを名前で呼び合うようになった。
6年目。
ついに解除の糸口が見つかった。
時間はかかるが、解除自体は不可能ではなさそうだ。
そう報告すると、クルトは涙ぐんでバライムに抱き着いていた。
私の相棒から離れろ…と思っても、口には出さない。
私は心が広いのだ。
クルトはぐんぐんと大きくなり、考え方や体つきも少し大人びてきたように思う。
最近ではガイアとの特訓も激しさを増し、隣の山が日に日に形を変えていた。
……ガイアはこの子に一体どんな特訓をしているのだろう。
8年が過ぎた。
クルトは12歳になった。
女の子らしくなったものの、その後ろ姿からは、歴戦の猛者のような存在感を感じさせる。
今私が彼女と神刀なしでやりあったら、どちらが勝つかわからないな。
最近は反抗期なのか、私やガイアのいうことをあまり守らない。
この前も一人で行くなといっていた街に遊びに行ったようで、叱ったら喧嘩になってしまった。
この時期の子供は扱いが難しくて距離感が分からないと、酒を飲みながらガイアが愚痴っていた。
それでも特訓だけは欠かさないらしい。
芯の部分は絶対に曲げない彼女らしいと思った。
そして、バライムの回路修復もいよいよ大詰めに入っていた。
もう少し。もう少しで修復が完了する。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
11年が経った。
クルトは15歳になる。
もう立派な成人だ。
この頃は反抗期も収まったようで、普通に喋っている。
内容はバライムのことや最近の特訓、街であったことなど様々だ。
どうやら彼女は、街ではちょっとした有名人になっているらしい。
死んでいないことが知られたらどうなるのかわからないのだから、もう少し自重してほしいものだ。
そして。
よく晴れた春の日。
回路の修復が終わった。
トラスメモ:クルトは親友
季節がばらばらだったので統一しました




