避難行1,2晩目:順調な行程
魔物の大発生の影響を受けて、遠くまで避難しなくてはいけないらしい。どうすることもできず、その避難民の列に加わるしかなかった……
雲が薄くたなびき、鳥がさえずる陽気の中、陰鬱とした表情の難民の列が歩いていく。もちろん、その中は自分たちも含まれるのだが、築き上げた自分たちの土地を棄てなくてはいけない人たちに比べてはいけないのかもしれない。難民の数は200か300名程度だろうか。馬車は2頭立ての立派なものが2台、1頭立てが3台の他、ロバなどで引いた小さなものがいくつかあるだけだ。当然人数分は足りるはずもなく、一部老人などが乗る以外はあくまで荷物の運搬に使われている。先に避難した村の人たちは多少家畜を連れており、列の速度はゆっくりなのは筋肉痛の足にはありがたかった。
「これって私たち警戒されてるんですかね」
周囲に聞こえないように小さい声で山田さんが問いかけてきた。確かにチラチラ視線が我々に来ている。さらに周囲の暗い表情が輪をかけてその視線を痛いものにしている。珍しい服装をしているのは間違いなく、それだけなのかもしれないが居心地の悪さを感じる。色々と話したいことはあるものの周りの目が気になって言葉数も少なくなってしまう。
皆押し黙ったまま道を歩き続ける。たんなる踏み固められた土の街道だが、昨日までの丘陵地帯に比べれば平坦で歩きやすい。肉体的にはそこまできつくはないが、ただただこの暗い空気の中を歩いていくのは精神的にかなりの苦痛である。高校生時代にやった年末年始の宅急便の仕分けの単純作業が思い出される。時間の進みの遅さが苦痛でしかない。
歩き続けて5時間、途中小休止らしいものを僅かに挟んだが、歩きっぱなしである。周囲の人達の中には明らかに自分たちよりも重そうな荷物を担いでいる人ばかりである。平坦な道とは言え、現代人のひ弱さに比べるとなんと健脚なことかと舌を巻く。
ようやく昼休憩となったが、固い黒パンを配られ少し腰を下ろしただけであった。いわゆるライ麦パンだろう。はちみつとバターでもあれば美味しく食べられるのだろうが、現代日本人からすると、まずいとまでは言わないが正直固く味気もない。とりあえず、あくまで栄養補給と考えて食べているが、水がないと食べるのも難儀しそうだ。そういえば道中昨日の夜のうちに沸かしておいた水を何度も飲みながら歩いてきたが、周囲の人はほとんど飲んでいなかったようだ。水がなくてはすぐバテるし、食べ物も喉を通らないこんなのでこの世界を生きていけるのだろうか。
その後も、牧羊犬のごとく列を忙しく動き回る軽装の騎士を尻目に、黙々と歩き続けた。あとどれくらい歩き続けるのかだけでも聞いておくべきかと思っている時に、騎士の一人が近づいてきた。
「野営地の調査と簡単な設営のために2人ほど荷物を馬車に預けて先行陣に加わって欲しいのだが……うむ、そこの2人がよいかな」
指名されたのは、小谷君と自分のようだ。どうやら身長で選ばれただけのようで力仕事をさせられそうである。厳しい口調ではないものの断るわけにはいかない空気である。
「あ、はい、わかりました」
そう答えざるを得なかった。指定された馬車に荷物を放り込むと、何やら杭とロープを渡された。今までの荷物に比べれば相当軽い。その代わりに子どもが降りて歩かされるようである。可愛らしい西洋人形のような10歳くらいの女の子が2人降りてきた。自分らが悪いわけではないが歩かせるのは少し心苦しい。元気よく歩いていくその子どもたちをみて少し安心した。
荷物を軽くした小谷君と自分は牛や山羊などの家畜と歩を共にする列から先行する集団に合流させられた。人数は例の女騎士が率いる馬に乗った騎士が6人、自分たちの他の一般人が10人の構成であった。果たして、集められた人は屈強な男たちばかりで少し居心地が悪い。紅一点のアグスティナさんがいなければ野盗の集団かと思えすらする。ただ、現代人の我々より背が高い人はおらず、ラグビー部の小谷君は高さも横幅も一回りどころかふた回り大きい。
「しっかし、お前さん、でかいのぉ」
「たまに噂に聞く異世界人か?異世界人ってのはみんなこんななのか?」
意外にも気さくに話しかけてくれて少し安心した。
「彼は特別ですよ。我々の世界でも彼が歩いてたら全員振り返りますね」
「そっか、しかし、でかいのぉ」
30台くらいの気さくな農夫と行った出で立ちの人が同じ言葉を繰り返す。戦国時代に黒人奴隷が日本に連れてこられたとかの話は聞いたことがあるが、一般庶民が彼を見るような感覚に近いのだろう。
「ところで、その異世界人ってのは結構いるんすか?」
小谷君がここぞとばかりに疑問に思っていたことを聞いてくれた。
「いんや、今まで会ったことどころか、会ったことがある知り合いすらおらんかった。話にたまに聞くだけだな」
なるほど、いよいよ戦国時代の南蛮人だ。むしろ、それ以上に珍しい存在なのかもしれない。異世界人がどう嫌われているのか確かめようかと悩んでいる時に騎士の1人が少し不満げに呟いた。
「おしゃべりもいいが、ちょっと急ぐぞ。夕暮れの前に設営は終えておきたい」
促されるままに足を速める。荷物がないせいでだいぶ楽ではあるが大変である。異世界人は情けないと思われないように必死に歩みを進める――
3時間は歩いただろうか、川が見えてきた。馬上の騎士たちが指を指しながら何事かを話し合っている。狭いだの、水場がだの、話しているところを見るとどうやら野営地として適している場所を探しているようだ。
ほどなくして川から少し離れた所に木立が疎らに立つだけの開けた草原に止まった。どうやらここが適地とされたようだ。騎士たちは馬を降りると指示を出し始めた。
「お前らは、あそこの当たりの木と藪を切り開いてかがり火の準備をしてくれ。ああ、杭と縄は置いておいてくれ」
そういわれると鉈と斧を渡された。
「かがり火のためというとどの程度?」
「多ければ多いほどいい、と思ってくれ。余ったら炊事にも使う」
野営地の準備がどのようなものあまり想像ができないが、とにかく言われたことをやるだけだ、と心に決めて作業に取り掛かる。
小谷君と多少楽しく喋りながらも作業に没頭していた。木立や薮を切り開く度に騎士たちがきてそれを運んでかがり火の準備をしているようだ。
1時間ほどたっただろうか、あたりが少し騒がしくなり始めたと思ったら難民の列が到着したらしい。後ろを振り返ると広場を取り巻くようにかがり火が何箇所も焚かれていた。自分らが持たされた杭とロープを使ってか、家畜置き場や天幕の設置場所が出来ていた。
到着後の混乱も収まりようやく、自分たちのグループと合流しようとあたりを見回す。少し遠いところから手を振って近づいてくる人影が見えた。少し驚いたことは、自分たちの荷物と入れ替えで降りた子どもたちが瀧本さんと後藤さんと手を繋いでいる。
「お待たせ。どうやら懐かれちゃったみたいで」
頭を掻きながら後藤さんが照れくさそうに呟いた。瀧本さんはわかるが、後藤さんがなつかれているのはかなり意外であったが、どうやら道中で仲良くなったらしい。
「うちの孫がすまんのお」
そう言って後ろから来たのは、昨日の夜の杖をついた老人であった。確かパリッセと呼ばれていただろうか。
「よし、お兄さんお姉さんの邪魔にならないようにおじいちゃんと一緒に行こうか」
「はーい」
「おじちゃん、またねー」
顔立ちから察するに姉妹であろう二人の少女は可愛らしく手を振るとおじいちゃんと手をつないで歩いて行った。
各グループ天幕を配られると、それを建てられた杭に設営をしていく。問題は、我々のグループだけがその作業に慣れておらず、悪戦苦闘してしまっている。周りから怪訝な視線なのか同情した視線なのかわからないが注目を浴びてしまっている。ほとほと困り果てていると、さきほどのパリッセという老人が声をかけてやり方を教えてくれた。
「ありがとうございます」
「なあに、足が不自由な分、口で伝えるくらいしかできんからな。あとお嬢ちゃんにはうちの孫が世話になったしな」
何はともあれ、これで寝場所を確保できた。足の感覚が鈍く喋る気すらおきない。とりあえず夕飯までゆっくりと腰を落ち着けてぼーっとしていた。辻野さんたちが川から水を汲んできて明日の飲料水を確保しようとしているのも横目で眺めていた。
「ちょっと、あんたら、こんなところで火を使うなんて!」
となりの天幕にいたおばさんが鬼の形相で怒鳴り込んできた。
「周りに燃え移ったらどうすんの!」
「まぁまぁ、多分よくわかってないだけで悪気はないんだろ。ただ、ちょっと別の場所でやってくれ」
配偶者らしき男が出てきて宥めてくれるが、ここで火をおこすのは非常識のようだ。川原で水を沸かすことにしたが、疲れに加えて怒られたことでますます会話が減って、暗い空気になってしまった。異世界人、というか現代人が避けられる原因の1つはこういった非常識さなのだろうか。
その暗い空気のまま避難民に配られる夕飯を受け取ってもそもそと食べる。相変わらずの黒パンにピクルスらしきものとチーズが添えられた。ピクルスの酸っぱさが疲れた体に有難いが、濃い味付けが恋しくなってくる。ないものは仕方がない。その欲求を抑えるように早めに眠りについた。
2日目も変わり映えなく歩いていく。変わったことといえば、パリッセのグループと仲が良くなったことで、会話をする相手ができたことくらいである。パリッセの孫たちの手を引きながら、馬車と並んで歩いていく。この地域に移住してきたのは最近で、まだ5年も経っていないとのことである。彼らのグループは20代、30代どころか、40代もほとんどいそうにない。そのことについて恐る恐る聞いてみた。
「息子、娘は出征中じゃ。彼らが武勲を立てて帰ってくる場所を作ろうと移住してきたんじゃが、運が悪かったわい」
「パリッセの爺さんのとこだけでなくうちらのとこもじゃ。庶民が多少なりとも豊かな生活を、となると魔物討伐で名を上げるしかないからな」
なるほど、これで若者が少ない理由はなんとなく分かった。死別などでなく安心した。しかし、夫婦揃ってとはどういうことなのだろうか。
「我々の世界ではそういった力仕事のようなものは男だけで行くことが多いんですが」
辻野さんがその疑問を投げかけると、相手は一瞬狐につままれたような顔をした。
「ああ、いや、なるほど。お主たちは魔法を知らないのか。一般的に女の方が魔法が得意なことが多いからな。」
魔法――。ますます中世のファンタジー世界である。今度はこちら側が狐につままれる番だった。
「機会があったら、教えてやろう。女の方が得意なことが多いというだけで男でも使えるようになるかもしらん」
「おお、パリッセの爺さんはかなりの使い手じゃぞ。機会があれば教わると良い。まぁ向き不向きはあるのであまり期待されても困るがな」
その言葉に、ほとんど全員が顔を輝かせた。機会がいつになるかはわからないが魔法が使えるなんて想像しただけで心が躍る。
「ところで、お前さんたちは今後どうするつもりなんじゃ?今後アテがあるのか?」
その問いかけに全員顔を見合わせてしまう。
「うーん、わからないですが、自分たちが飛ばされてきた最初の土地にもし戻れるなら戻りたいですかね」
「まぁその前に生活できるようにならないと話にならないですかね」
高部君と滝本さんが代わる代わる答えた。
「戻るかぁ……しばらくは難しいかもしれないな。なにせ、あの地域は僻地じゃし……国が奪回に動くかどうかは……」
「うむ。あそこは鉄鉱石などが出るには出て、それがうちらの目的の1つだったが、周りにあまり森がないからのぉ。しばらく放置されるんじゃないか」
なるほど、半分は分かったが、森がないからとはどういうことなのだろうか。それを考えていると、女の子たちが瀧本さんと駆け寄ってきた。
「じーちゃん、見て、見て。お姉ちゃん一緒に花輪作ったの」
「おお、そうかそうか、ばあさんにあげるとよい」
孫はやはり可愛いらしく目を細めながら話している。女の子たちはおばあさんがいるであろう前方へと駆けていく。
「あまり道草食いすぎて遅れちゃだめじゃぞ」
じいさんが後ろから声をかける。
「私たちで見ておきますね」
滝本さんと山田さんはそういうと後ろからその女の子を追っていった。
あまり迷惑にならない程度にパリッセさんと会話をしながら歩き続けた。滝本さんや後藤さんがどうやら子どもに気に入られたようで、それのお陰でかなり馴染めて、前日のような居心地の悪さはほとんどなくなっていた。
昼休憩も挟み、歩き続けそろそろ疲れ始めたと思った時に停止の号令がかかった。まだかなり日も高いが、どうやら今日はここで終わりらしい。目の前には低山が連なっており、どうやら明日は峠越えのため早めの野営にするようだ。
近くに小川が何本かあるようで、それぞれの集団は水を汲みに行ったり、水浴びにいくようである。ただ、水浴びをするのに現地の女性たちは沐浴用の服を持っているようだが、我々は持っていない。滝本さんと山田さんはそれを見ながらかなり残念そうだが、パリッセのグループから借りた鍋で辻野さん流の頭だけの水浴びだけは出来そうである。
前日に比べれば短い行程で、頭も洗えてすっきりした。今日は良く眠れそうである。夕暮れの中爽やかな気持ちで、思い思いに過ごした後に眠りについた。この後大きな混乱が起きるとは、この時誰も思っていなかった。
うーん。話のテンポが悪い。そして地の文が増えすぎている。なんとかしなくてはいけないかもしれない。