オークと妖精の父親
「……なんッ」
何で、と言いそうになった俺は、しかしその声を途中で詰まらせる。よく考えなくても、その理由なんて明らかだ。
「アンネは、確かにグォーク殿、あなたと良好な関係を保っているようだ。それに、とても楽しく過ごしていることは、グォーク殿の話で良く伝わってきましたぞ。ですが、いつ死んでもおかしくなかった。それが心配なのは、分かりますな?」
「……っ」
俺は前世含めて子どもなんか作っていない。だから正確にその気持ちを推し量ることなんてできないが、想像しただけでもそれが当たり前であり、非常に強い気持ちであることは分かる。
「……もし、アンネが興味を持ったのが塔の中の魔物なら……あるいは、知能が高かったり、おとなしい習性の魔物ならば、まだ妥協の余地もあっただろう。だが、アンネが興味を持ったのはオークだった。父親として、認めるわけにはいかん」
それは、ごもっともなことだ。
「だから、頼む、アンネを、連れていかんでくれ」
俺は頭を下げるセルバンを見て、しばし言葉を詰まらせた。そして、頭を整理して、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……セルバンさん顔を上げて欲しい。確かに、セルバンさんの言うことは分かる。セルバンさんの心境を思えば、今のアンネの状況に不満を持つのも尤もだと思う」
「では」
「だが!」
俺は顔を上げたセルバンに少し強めに声を返す。
「アンネは、竜帝様に戻ってくるように言われて、それでも抗議するために戻ってきたんだ。俺はそんなアンネの気持ちに寄り添いたいと思っている。仮にそれが危険に満ちたものだとしても、それはアンネが選ぶ道だと、俺は思う」
それを聞いて、セルバンは顔を伏せてしばし黙り込んだ。
「……仕方ありませんな」
そう言って、セルバンは深いため息を吐いた。
「なれば、儂はアンネを説得することとしましょう。まさか、それを妨害などしないでしょうな?」
それを聞いて、俺は大きく頷いた。
「そうだな、それを妨害する権利は、俺にはないと思う。勿論、ボスにもだ」
それを聞いて、セルバンは微笑んで声を出した。
「……このような話を、食事の席でするべきではありませんでしたな。申し訳ありません。この村にはいろいろと役立つ者もありますから、しばらく滞在してはいかがですかな?」
その日は、それでお開きになった。
~~~~~~~~~
「……ん」
「おはようございます、グォーク様」
目が覚めると、清潔なシーツとメイドの声がした。今世ではベッドどころか室内で眠ったことさえ数えるほどだったのがえらいグレードアップだ。
……心なしかセルバンの俺に対する恩着せの思いがありそうな気もするが。それに文句を言うのも違うだろう。
何となく顔を洗い、外に出ると、メイドと仲睦まじく会話しているボスの姿があった。
「おぉ!主殿、おはようございます」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
挨拶を交わすと、ボスはまたしてもメイドと話を再開した。俺はそれにおや、と思いながらも昨日食事をした応接室へと向かった。メイドから朝食の準備もあると聞いていたからだ。
応接室では、セルバンが食事に手を付けているところだった。
「おや、グォーク殿、おはようございます」
「セルバンさんおはようございます。昨日に引き続き、今日も食事を用意していただいて感謝します」
「娘の友人であるあなた達のためだ。ここにいる間はいつまでだってここに泊まってほしい」
「俺たちがいる間は、アンネもここにいるでしょうしね」
俺の一言を聞いて、セルバンは大きく咳払いをして仕切りなおした。
「ところで、グォーク殿はこれからどうされるつもりかな?ボス殿は、フィーリエと何やら連れだって町に出るようなことを言っていたが」
それを聞いて、先ほどのボスの様子を思い浮かべる。まさか浮気か?と思いながらも、よくよく考えればオークに浮気の概念などないわけで、複雑な気分になりつつもその考えを打ち消した。
「そうだな……防具、などを見たいと思う。今まで森暮らしでまともな装備なんて、それこそボスの集落にあった鎧くらいだったからな」
今は資金が無いから本当に見るだけになりそうだが、どういった装備が主流なのか、相場はどれくらいなのかを確認しておくのは、無駄にはならないはずだ。
「なるほど、ならば、腕利きの鍛冶師を紹介しよう。それに、防具を見るならば、武器も見てはいかがかな?見たところ素晴らしい武器をお持ちのようだが、予備の武器を持っていても良いだろう?」
そんな会話をしつつ食事を済ませ、俺は早速セルバンに紹介された鍛冶屋に向かうことにしたのだった。
~~~~~~~~~
カンカンと鉄を叩く音が聞こえる、この村の中ではそこそこ大きな建物の前で、俺は立ち止った。
「ガルディン工房、ここだな」
工房名を確認し中に入ると、樽の様な腹をした人と比べるとやや小さいくらいの男たちが鉄を叩いたり炉を覗き込んでいたりした。
「ん?んん!?何してんだあんた!店の入り口は表だぞ!」
俺の姿を見たそんな男たちの一人が鎚を振り上げながらそんな風にまくしたてて来た。
「あぁ、それはすまない。だが、紹介してもらった時にこっちに来るようにって言われててな」
それを聞いて、声を出した男は訝し気にこちらに向かってきた。
「あぁ?紹介状だぁ?一体誰の……って、こりゃセルバン様からの紹介状じゃねぇか!ほう……何々、ふむふむ、なぁるほど、委細承知した!」
そう言うと、男はバンバンと背中を叩いてきた。
「セルバン様からの紹介で、あのアンネ嬢ちゃんの命の恩人とあっちゃ、無下に扱うことはできねえ!ドワーフのガルディン。お前さんに最高の武具を作ってやろう!」
「いやいやいやちょっと待ってくれ」
それを聞いて、俺は慌ててガルディンを押しとどめる。
「なんでぇ?冷やかしにでも来たってのかい?」
「う……。冷やかし、と言われると苦しいものがあるな、だが俺は元々森暮らしだったから、貨幣を持ってないんだよ。だから、どんな装備があるのかその値段をみて、参考にしようと思って来たんだ」
それを聞いて、テンションが下がったようにガルディンは消沈した。
「そうか……短剣位ならともかく、鎧ってなると、儂も弟子共を食わせていかんといかんから流石に何も受け取らずにっちゅうわけにはいかんからなぁ……なら魔物の素材でも良いぞ。塔を登ってきたんだ、多少は魔物も倒してきてるだろ?」
それを聞いて、俺は持っていた荷物袋を開く。セルバンを信用していないわけではないが、なんとなく人の家に荷物を置いたままにするのに気が引けたから持ってきていたことが功を奏したようだ。
「魔物の素材は、この羽根と、ゴブリン系の素材……それに、この土、それにベビードラゴンの鱗くらいか」
戦闘はそこそこやっているのだが、肉や植物類は野営中の食事になったりもしたので素材は殆ど余っていなかった。
しかし、その中の一つ、9階層で戦った偽物を倒して得られた魔粘土にガルディンは目を剥いた。
「む!これは魔粘土か!こいつは高く引き取れるぞ!」
「そうなのか?」
ガルディンは大きく頷いて、魔粘土を手に取る。
「こいつは鍛冶にも建築にも何でも使える万能素材でな。他の金属や土と混ぜること前提ではあるが、こいつが混じるだけで性質がワンランク上がるくらい重要なもんなんだ。ただ、作るとなると錬金術を駆使して1日掛かりの大仕事になるし、もし魔物から入手しようとすれば9階層のあいつらに戦いを挑んで勝たんといかん。
わざわざそんなことせずとも先に進めるんで、魔粘土がここに来ることは滅多にないんだ」
なるほど、確かに攻略方法が分かっているならわざわざ戦わないだろうし、素材として品薄になるのも分かるかもしれない。
「それと交換で武具を作ってもらうことはできるのか?」
「勿論だ!むしろ、こんだけあるとこっちが支払う側だな。んー……9000ジェル、お前さんの武具に代えるなら3セット分ってところだな」
3セット分となると、ボスとアンネの分を残したまま購入できるという事でもある。とりあえずいくつかの武器や防具を見せてもらい、斬撃の耐性を持っている相手がいた時の為に戦鎚を選び、装備も動きやすい鎖帷子をあつらえてもらうことにした。
採寸などが終わり、魔粘土に他の使い道もないので、全て売った差分の金額、6000ジェルを受け取って帰ることにした。その時に一週間後に取りに来るように言われてセルバンの屋敷に向かう。
……ついつい久々の買い物に盛り上がって勝手に一週間の滞在を決めてしまったが、戦力増強のためだ。ボスやアンネも理解してくれるだろう。
遅くなりました。
因みに現在アンネちゃんはそろそろ治療終了したくらい。




