ボスとゴブリナ
本日3話目です。
「Dorureisia zureibes!」
何を言っているか分からない叫び声をあげたのは人間の姿をしたゴブリンだ。どうやら知能もかなり高いらしく、必死で逃げながら味方のゴブリンに指示を出しているようだ。
それによって、彼女を追っている俺たちには、大量の投石や攻撃が雨あられと側面や背後から降り注いだ。
現在俺たちの前を走っているのは3匹のゴブリンだ。だが、俺たちは一匹たりともゴブリンを殺したりはしていない。
つまるところ、ゴブリン達は俺たちが2体しかいないことを利用して散開し、目的の関係上目が離せない彼女(仮称人ゴブリン)をおとりにして好き勝手に攻撃しているわけだ。
ゴブリン達は人には劣るにしろ、そこそこの知性をもっていると思っていたが、どうやら人ゴブリンはそれ以上のようだ。もし仮に俺たちが餌を探すだけのオークなら、散開というのは各個撃破してくださいと言っているようなものだ。それを選択したということは、俺たちを捲ける自信があるのだろう。勿論ゴブリンの生存戦略的に、「敵が囮にくぎ付けなら攻撃し放題だからラッキー!散開した奴の方に向かって、そいつが犠牲になっても、他の奴が逃げ切れる時間ができるからラッキー」みたいな、どっちに転んでも美味しい作戦かもしれないが、その作戦を取るなら取るでそれも割と賢いという証明にはなる。
とはいえ、そもそも狙っているのが人ゴブリン一匹の俺たちにとって、ゴブリンの思惑はどうあれ、やることは一つだった。
追いかけて追いかけて、追い詰める。何度も妨害で足を取られつつ、俺たちはとうとう、人ゴブリンを崖下へと追い詰めることに成功した。警戒の唸り声を上げ、護衛のように人ゴブリンを守る二匹のゴブリンとは対照的に、人ゴブリンは諦めたように顔を俯かせている。
そして、観念したかのように手を上げ、威嚇するゴブリン達の間をすり抜けて、人ゴブリンがこちらに歩いてきた。
もはや護衛すらいないその姿に、ボスはいきり立って走り出した。
……おかしい。何故あいつはここまで来て諦めた?他の魔物ならともかく、普通のオークがゴブリンに出会ったなら、彼女が身を捧げたとしてもそこにいる全てのゴブリンの運命は変わらないはずだ。そして、あれほど賢いゴブリン達が、そのことを知らないとは考えにくい。
ならば、最後まで抵抗するのが最も有効で、自然なはずだ。少なくとも、護衛のゴブリンをすり抜けてこちらに来る理由はない。一体なぜ?
そして、俺は彼女の俯いた顔が覗いた瞬間、にやりと口がゆがんでいるのを見てしまった。
「ボス!避けろ!」
俺が叫ぶと同時、ボスの頭上から、大質量の岩が落下し、先ほどまで見えたボスの姿が岩に覆い隠された。
「くそっ!今助けるぞ!」
そう言って、大岩を砕こうと力を込めた俺の前に、巨大な影が飛来した。
「っ!?」
咄嗟に体を捻るものの、完全には避けきれずその巨体での体当たりで俺の体は吹き飛ばされた。
慌てて体を起こすと、空から飛来したそいつは、その程度の高さの落下は問題にすらならないとでもいうかのように大きな蹄を踏み鳴らしていた。
そう、そいつはこの森でも珍しく、オークを真正面から相手にしても返り討ちにできる存在。北の岩山の主、イヴィルゴートだった。
状況を整理しよう。目の前には突然降ってきたイヴィルゴート。よく見れば、崖上の岩場は広場のようになっており、その広場には数匹のゴブリン。そして、その直下である、崖の中腹には何やら赤いシミが見えた。
そして、崖下には先ほど見た巨大な岩が転がっていた。
「これは、誘導されたか?」
状況的に見て考えられるのは、ゴブリン達がここに罠を張っていたということだ。しかも、恐らくイヴィルゴートをここまで誘導してまで。
ここまでやれば、たとえ俺たちを仕留められずとも、俺もボスもゴブリン達を追う余裕などなくなる。なるほど確かに有効な手だ。
「……仕方ない。あのゴブリンは諦めるにしても、目の前のこいつは倒さなくちゃな」
そうして、俺は斧を手にイヴィルゴートに向かう。イヴィルゴートも、俺を見据えて突撃の準備をしている。
そして、ほぼ同じタイミングで俺とイヴィルゴートがかけ始める。
一瞬の交差、勝者は俺だった。眉間をざっくりと切られ、イヴィルゴートがどっと倒れ伏す。
「もし、俺が他のイヴィルゴートと戦ってなかったら、お前が勝ってたかもな」
イヴィルゴートは非常に強力な魔物だ。巨大な角然り、強靭な前歯然り、あるいは、普通は対応できない崖を使った立体軌道じみた動き然り。それらに加え、彼らを強者足らしめているのは二つ、身体に纏った剛毛とその鋭敏な感覚である。
毛量は羊と言えるほどにはないものの、その柔軟さと強靭さは目を見張るものがあり、生半可な攻撃ではびくともしない。そして、その防御を十全に生かし、相手の弱点を一瞬で見抜き突撃をかましてくる。それ故に、俺が狙うのは一点、俺の急所……心臓をひと月にしようとするイヴィルゴートをギリギリで躱し、僅かに毛量の薄い、眉間の一点を穿つことこそが、イヴィルゴートの最適解である。
「っと、そんなことよりボスを助けなくちゃな」
単独でのイヴィルゴート討伐は初めてだったが、それを喜ぶよりも先にボスの安否を確認しなければならない。大岩はかなりでかいが、胸や頭に直撃していなければ、死んではいないだろう。何より、なんだかんだ言って生存能力については信頼のおけるオーク種であるボスのことである。何とかしているに違いないと考えつつ、俺は岩を砕いて行った。
「aurusokusinea sirenokuriata!」
ん?戦闘中は気が付かなかったが、聞き覚えのある声が岩の向こうから聞こえてくるようだ。
岩を破壊すること五分。岩の大きさが三分の一ほどになり、俺の背丈の半分くらいになると、向こうの様子も十分把握できるようになってきた。
真っ先に見えたのは人ゴブリン、そして、彼女はどうやら緑の手に足首を掴まれているようだ。
「ボス、どうやら、無事みたいだな」
どんどんと岩を砕きながら言うと、ボスは嬉しそうに返答した。
「グォーク オレ ツカマエタ ニガサ ナイ」
「ああ、予想外だが、いい結果だ」
人ゴブリンはまだわめいているが、オークの腕力で一度掴んだ手を振りほどけるはずもなく、結局ボスが大岩に埋もれた下半身を引きずり出すまで彼女はずっと足を掴まれたままだった。
オークが2体。そして、イヴィルゴートとの戦闘に巻き込まれまいと退避したため、人ゴブリンの方は仲間さえ近くにはおらずたった一人。
ここに至って、人ゴブリンもついに万策尽きたらしい。余裕のない顔で、俺たちをせわしなく見比べ、威嚇の声を出している。
俺がどうしたものかと思案していると、ボスが一歩前に出て、人ゴブリンに話しかけた。警戒する人ゴブリンに、ボスは懐に入れていた手を振り下ろす。
思わず目をつむった人ゴブリンが目を開けた時に見たのは……白い小さな花だった。
「オレ オマエ ウツクシイ ト オモッタ。 ホカノ メス ヨリ ズット。 ダカラ オレ オマエ ト ズット コウビ シタイ」
ボス打った手は、まさかのプロポーズ……何とも生々しいが、他に言いようは無いだろうしプロポーズでいいだろう。とにかく、告白したのだった。
人ゴブリンは驚いた顔でボスを見つめた後、静かに頷いた。ただ、その顔は惚れた腫れたというよりは、何とかして隙を見て逃げ出そう、といった感じの顔だった。
まあ、初恋は失敗するという話もあるくらいだ。ボスのこの恋が成就しなければ、それはその時に慰めればいいだろう。
そんな風に考え、新集落の方に誘導した後、邪魔者は退散とボスと人ゴブリンの二人っきりにさせたところ……。
めっちゃラブラブになって集落の方に戻ってきた。どうやらボスの初恋は実ったらしい。まあ、直後に別のオークに襲われかけたので、慌てて二人そろって新集落の方に退避していったが。
今後はボスの単独行動も増えそうだな、なんて考えつつ、あたふたしながら人ゴブリンを追うボスを温かい目で見送るのだった。
※モンスター 人ゴブリン(ゴブリナ)について。
ゴブリナは、ゴブリンの雌が人や、人の持つ知性に憧れて進化するゴブリンの進化個体です。雄が人の持つ知性に憧れた場合は、ゴブリンヒューマという別系統の進化をします。ただ、ゴブリナとゴブリンヒューマは基本的に種族差が殆どありません。
また、ホブゴブリンとは全くの別系統です。
見た目は体色以外は人間の女性とほぼ同じであり、寿命に関してもゴブリンのそれよりもはるかに長いとされています。ただし、ゴブリン自体が最盛期が長い魔物として知られており、ゴブリナもその性質を引き継いでいるため、仮に寿命を迎える場合は、生まれてから30年ほどで少女のような見た目のまま、体調を崩して数日で息を引き取ると言われています。つまり合法ロリです。
また、進化の理由が、人間のようにうまく獲物を狩りたい、だとか、人間に復讐したい、という理由でだった場合と、人間の作っているあれは何だろう、人間に混じって暮らしたい。といった理由の場合とでで性格や能力に大幅に差が出ます。
具体的に言うと、前者なら人間に敵対的で高い身体能力を持ったゴブリンの山賊みたいな感じに、後者なら、身体能力が抑えられる代わりにさらに人らしく、また人間に友好的になり、進化時に人類共通語を取得するなどコミュニケーションを積極的に取ろうとします。
今回ボスたちが仲間にしたゴブリナは前者であり、人間の狩りを見て自分達も同じようにしたいと強く願った結果、ゴブリナに進化しました。
現在は新集落に仲間のゴブリンを集め、新たなゴブリンの集落にしようとしています。勿論ボスとグォークは顔パスで通します。
なお、ゴブリナちゃんのことをチョロインとか言ってはいけない。ゴブリン族は繁殖して数を増やすことで種を保つことが遺伝子レベルで刷り込まれているので、あっちの相性がいいっていうのは他を押しのけても重視しないといけないほど重要なことなんだ。(主の繁殖って言ってるけど、異種族の雌孕ませてるオークの精で孕んでも生まれるのってオークなんじゃ?とか言わない。多分うまいこと混ざってオーガとかになるから……知らんけど)




