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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
邂逅編

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74.夜の痕

 



 ふと目が覚めて、寝ぼけ眼に前後不覚の中、頭だけ持ち上げて目を(しばたた)かせる。

「起きたか……?」

「んぁ……」

 掛けられた声に振り向くと、ディルクと目が合った。

 いつの間にかラシェルは、彼の部屋の三人掛けソファーの上で横になって寝ていた。

 眠りこける直前の記憶が、次第に蘇ってくる。

 ディルクが計画して、昼休みはプリント学習、夜は就寝前に彼の部屋を訪れて古語や公式の暗記物を十分間だけ集中して覚えることになっていたのだが、今夜は古文単語を三つ頭に入れたところで急激な睡魔に襲われてしまった。

 部活のある日は、どうしても早く眠気がくる。

「ごめん。私、どれくらい寝てた……?」

 寝ぼけ眼を擦りながら訊く。

「ほんの十五分程度だ」

 今だラシェルが横たわるソファー脇に、片膝を突いてしゃがみ込むディルクが返した。「これ以上寝ると後で眠れなくなるから、ちょうど起こそうと思っていた」

 ディルクが立ち上がりながら、優しくラシェルの手を引いて身体を起こすのを手伝ってくれる。

「ありがとう……」

 言う口許に違和感を覚え、触れてみたら乾いた涎でカピ付いていた。慌てて口の周りを服の袖で拭ったものの、今度は起こした半身の腹部に心許なさを感じ、下を向く。

 上下セパレートのルームウェアを着ていたが、上着部分がアンダーバストとお臍の間辺りまでたくし上がっていた。相変わらずの寝相の悪さに蒼褪めつつも、ディルクが気遣って掛けてくれていたのだろうブランケットに隠れていたため、気付かれないようサッと裾を引き下ろして、内心「セーフ!」と息を吐く。

 いや、涎垂らして腹出しで寝るとか、淑女以前に女として全然失格だけど。

 何事もなかったようなフリで床に落としていた単語表を拾い上げ、再び暗記作業に戻る。これもディルクの手作りで、必要最低限の単語だけが厳選されて載っていた。

 そこでふと、ラシェルは前々から思っていたことを口にしてみる。

「あの、素朴な疑問なんだけど」

 目は単語表に向けたまま、ディルクに訊いた。

「うん?」

 ラシェルの対面に置かれたソファーへ座り直して、こちらに顔を向ける。

「どうしてディルクは、こんな風にテストの傾向や対策まで分かるの?」

 ラシェルの勉強を見ると言ってくれた時から、実は気になっていた。彼が優秀なのは重々承知だが、それにしてもここまで自信をもって的確なアドバイスが出来るのには、何か裏があるのではと。

 ああ、と自分で淹れたハーブティーのカップを手に取りながらディルクが応える。

「いつも(つる)んでるメンバー、シモン以外はみんな次男三男だから、毎回、試験前になると自然に過去問が出回るんだ。学院の教師は退官しない限り変わらないから、奴らに頼んで一足早く去年のテスト問題を拝借したってワケ」事も無げに言ってのける。

 その手があったかと、ラシェルは小さく呟いて、心の中で膝を打った。

 裏も何もない。前世、自分も大学でよく使っていた手じゃないかと思い出す。

 あの頃はそれこそ必死で、試験前はバイトと授業の合間に方々で頭を下げ、ノートやら過去問をかき集めていた。なにせ、留年したら即退学と言い渡されていたので、単位の取得は死活問題だったのだ。

 それを思うと、ディルクも気心の知れた友人とはいえ、彼らに頼み込んで今回、先取りで入手してくれたのかなと想像する。人に頭を下げることが人一倍、苦手なのに。

「そうだったんだ……」

 熱くなる胸を抑えながら、ありがとうと感謝を伝えると、「別に大したことじゃない」とディルクがはにかむ。

「まぁ、たっぷり時間を持て余してる貴族様なら勉学に真っ直ぐ励むのも一興だろうが、こっちは勉強の他にもやることが山ほどある。如何に効率良く捌くことが出来るかの方が大切だからな」

 照れ隠しか、ちょっと皮肉っぽく言う彼の姿が、何故か可愛く見えた。

 ディルクは悪びれて言うけれど、いくら過去問を入手できたとして、判定ギリギリのラインで人に教えるなんて、それこそ技量がないと無理だ。正直、満点が取れるよう指導するより難しい気がする。

 ふふ、と思わず洩らしたら、「何か文句あるか?」とディルクがムッとした表情でこちらを見た。

「ううん」と言って首を振り、

「うちの婚約者様は、本当に有能だなって思っただけ」

 そう返したら、信じなかったのか「言ったな」と表情を曇らせる。

「本当だよ」と言い募るラシェルに、「もういいから小テストするぞ」と鬼教官の形相でディルクが手製の問題用紙を取り出し、「三分で解け」と命令。

 けれどラシェルは気付いていた。

 始終、彼の耳が赤いことに。

 ディルクとする勉強会は、彼がどんなにキツい言葉を投げてこようと、まるで掛け合いのようで、いつもあっという間に過ぎる。

 勉強嫌いなはずなのに、もっとしたくなるのだから不思議だ。

 こんな風に思えるのも、彼と過ごした時間の積み重ねによって、互いに信頼出来る仲になったからかもと、ラシェルは密かに胸の奥で呟いた。





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