ジェラシー
★第75話目
取り敢えず悪戦苦闘の末、数時間ほど掛かってホリーホックの心の扉を開ける事に成功した。
いや、実際の時間の流れがどうなっているかは分からないが、体感時間ではほぼ半日ぐらいに感じた。
何かヒントとかアイテムはないかとホール中隅々まで探し回ったり、思い付く限りの呪文を唱えてみたり、ドアノブが金庫のダイヤル錠になっているかと思いガチャガチャ回してみたり……それがまぁ、軽くノックしたら開くとは……びっくりだ。
洸一、身も心もいきなり疲労困憊でござ候である。
「うぅ~む……しかしこれは……」
ここがホリーホックの……彼女の深層意識なのか?
そこは色鮮やかな、懐かしい光景だった。
見慣れた街並み。
見慣れた商店街。
そして見慣れた我が母校。
学生からサラリーマン、主婦に老人……様々な人が行き交う雑踏の中を、俺はゆっくりと歩いていた。
やはりホリーホックが優ちゃんだったか……うん、この光景……間違いない。
しかし……なんちゅうか、この景色は……ホッとするなぁ……
現代社会からこの別次元に転移しから早1ヶ月以上が経つ。
この殺風景なコンクリートジャングルが、今は超ナイスな街並みに見えて仕方がない。
さて、取り敢えず行ってみるか。
俺はフラフラとした足取りで、生徒達の波を掻き分け、己が王(ちなみに真咲姐さんは皇帝でのどか先輩は教皇だ)として支配している学校へと入って行く。
どうもこの精神世界では、今の俺は空気のような存在らしい。
誰も俺を気に止めない。
ま、ここは『葉室優貴』のインナースペース、個人的空間なので仕方ないが……それでも少し寂しい。
チ○コでも曝け出して注目を集めようかしらん、なーんて馬鹿な事まで考えてしまう。
……ふむ。校内は、俺の記憶とさほど変らんな。
キョロキョロと挙動不審者的な視線を動かし、彼女の心象風景とも言える過去を観察しつつ散策していると、
「……ん?」
すぐ近くから、聞き慣れた声が俺の耳に響いてきた。
ゆ、優ちゃん?この声……優ちゃんなのか?
俺は声のする方へ駆け出した。
優ちゃん……
心臓が高鳴る。
胸に響く愛らしい声。
彼女が俺の前から消えて、どのぐらい経っただろうか……
世界が変わり、そして俺は魔界からこのファンタジィな世界へと転移し……
久し振りに聞く懐かしい声に、俺のハーツは不正な処理を起こしてフリーズしそうだ。
……どこだ?優ちゃんはどこにいるんだ?
廊下を突っ切り、階段を駆け上がり、屋上に出て居ない事にガッカリし、自分の耳の不出来さに憤慨した後、今度は階段を駆け下りて校庭へ飛び出すと、
――優ちゃんっ!?
彼女はそこにいた。
元気一杯の声を張り上げ、そこにいた。
……あぁ……そうか……
懐かしい光景だった。
桜の花が舞う頃……
彼女はこの場所で、まるでインチキ教団の教祖の様に格闘技が如何に素晴らしいか説いていたんだ。
これか。これこそが……俺と彼女の原点なんだ。
彼女と初めて出会った場所で、まるで記憶を再現しているかのような光景を、俺は黙って見つめていた。
優ちゃんは声を張り上げ、通り過ぎる生徒たちに熱心に勧誘を続けている。
だが、殆どの生徒は足を止めようとはしない。
偶に興味深気に彼女の話を聞く生徒もいたが、やがて足早に去って行く。
誰も最後まで聞いてくれない。
だけど彼女は、それでも熱弁を揮い続けていた。
やがて、一人のナイスでエレガントで貴族的な男子生徒が、足を止めて彼女の話を熱心に聞き出した。
あ、あれは……俺様だ……
腕を組み、フムフムと頷きながら聞いている。
やがて優ちゃんは、『せめて見学だけでも』と、最後まで話を聞いていた俺に頼みはじめた。
そして俺も、『おう、構わないぜ。ま、ヒマだからな』等と言いながらガハハと笑っている。
な、なんて……なんて素晴らしき虚構の世界なんだ……
俺は思わず、トホホな溜息を吐いた。
優ちゃんの精神世界は、現実からかなり離れて捏造されていた。
フィクション率が80%を超える、どう考えても詐欺チックな過去だ。
美化するにも程があるだろう。
そもそも、こんなゲームのような展開があるわけないでしょうが……
現実はだ、偶々話を聞いていた俺をブン殴って気絶させた挙句、裏山へ拉致して強引に入会を迫ったのだ。
同好会へ入ってくれないと今から撲殺しますよ、ってな具合にだ。
むぅ……思い出したらとんでもない過去じゃのぅ……
しかし優ちゃんがプルーデンスかリステインの生まれ変わりなら、それも納得だ。
俺達は、出会うべくして出会ったのだからね。
★
さて、これからどうしたもんか……
俺は彼女の記憶の中にある裏山に佇み、一人思案していた。
目の前では、俺と優ちゃんが仲良く練習を行なっている。
優しく、手取り足取り俺に格闘技を教える優ちゃん。
ぬぅ……ここもまた、嘘っぱちな世界だ……
俺の記憶では、あんな風に優しく教えてもらった憶えは全く無い。
彼女は常々、
『技術は盗むものですッ!!』
なーんて匠な世界のような事を言うのだ。
格闘技のど素人の俺に対してだ。
しかも基本なんて物は軽やかに素っ飛ばして
『さぁ、今から組み手です。私の技を盗んでくださいッ!!』
とか言って、いきなり奥義を繰出すのだ。
最早これは練習ではなく、ただのイヂメなのだ。
ま、生まれ付き多い日も安心な吸収力の高さと言うか、無人島でも一人楽しく暮らせちゃう順応力ゆえか、日に日に俺様は強くなってしまったから、結果的にはオーライなんだが……
しかし裏山での練習か。
随分と、懐かしく感じちゃうなぁ……
そんな事をボンヤリと思っていると、不意に耳元で、妙に聞きなれた声が微かに響いてきた。
『だ、だいたい貴様!!誰に断ってそんな顔をしてるんだッ!!』
はへ?これは……チェイムの声?
『な、何をワケの分からない事を!!』
これは……真咲しゃん?いや、忍者の真咲ちゃんの声か?
どうやら現実世界から聞こえてくる声のようだが……何か、怒鳴り合ってるような……
『黙れッ!!良いか、洸一が貴様を側に置いているのは、単に大好きな女の顔に似ているからだ!!自惚れんなよ、この売女がッ!!』
『そ、そう言う貴方だって、一体、神代様の何なのですか!!理不尽な嫉妬で、これ以上あの方に迷惑を掛けて下さるなッ!!』
え?え?な、何が起きているんだ?
俺がこの精神世界に来ている間に、外では何が起こってるんだ?
良く分からんが、とてつもなく残念な事が起きている気がするぞ。
『わ、私は洸一の恋人だ!!アイツは……私を救ってくれたんだ!!』
『恋人?ほぅ……とてもそうは見えませんね。よしんばそうだとしても、何時までもあの御方の心が、貴方にあるとお思いか?』
な、何の話だ?
良く分からんが、物凄く帰りたくないぞ。
現実世界へ戻った瞬間が、俺のX-DAYになりそうな気がするぞよ。
『き、貴様……まさか洸一と……』
『……さて、どうでしょうかねぇ』
い、いやいやいや……なに言うてんの?
僕チン、忍者の真咲ちゃんとは、何も無いですよ?
超健全な主従関係ですよ?
『……殺す。貴様を……殺してやるッ!!』
『は、上等です!!』
――はぅあッ!?こ、これはマズイですよ洸一さんッ!!
俺は慌てて、精神を優ちゃんの心から引き離し、元の肉体に戻した。
「ッ!?」
意識が急速に戻り、俺は思わずその場に突っ伏す。
そして恐る恐る顔を上げると、
――ゲッ!?X-DAYやんかッ!?
そこには剣を構えたチェイムと、二振りの短刀を構えた真咲ちゃんが殺気ムンムンで対峙していた。
お互いがお互いを睨みつけ、微動だにしない。
まるで彫像のようだ。
さしずめ、タイトルを付けるとしたら『野生の王国』と言った所だろう。
意味は全く分からんがな。
★
うぅ~む、一体何がどーなってるんでしょうか……
俺はちょっぴり途方に暮れていた。
何も見なかった事にして、もう一度優ちゃんの精神世界へ旅立とうと思ったが……今度戻ってきたら、二人とも刺し違えて昇天していました、なーんて事になっていたら物凄く嫌なので、ビクビクしながらも、取り敢えずこの凶獣二人を止めてみる事にした。
洸一、チャレンジャーである。
「あ、あのぅ……お嬢さん方?先ずはゆっくりとその剣を下ろして、僕の話を聞いてくれないでしょうか?」
俺は恐る恐る、殺気に満ち溢れた二人に声を掛けた。
「―――!!」
「―――!!」
キッと俺を睨む両者。
物凄く怖い。
正直に言おう。
少しチビった。
「あ、あのですねぇ……取り敢えず、何があったのか聞かせてもらえないでしょうか?」
「洸一……」
チェイムがゆっくりと剣を下ろし、何かを言い掛けようとするが、それよりも先に忍者の真咲ちゃんが、
「も、申し訳御座いませんッ!!」
と、その場に突っ伏して叫んだ。
「神代様はご多忙の故、何卒御用の向きは後ほどに……と某は何度もお願い申し上げたのですが、女王陛下におかれましては、嫌じゃ嫌じゃと駄々をこねられまして、このような仕儀に……」
「そうなのか?」
俺はポリポリと頭を掻きながらチェイムを見やる。
「そ、それは……」
モニョモニョと口篭もる彼女。
どうやら、真咲ちゃん(忍者)の言う事が正しいようだ。
うむ、チェイムにも困ったもんだ。
「そ、そんな事より洸一ッ!!」
「ん?なに?」
「お前……この女と寝たのかッ!!」
「……は?」
何をいきなり言い出すんだ、このアマゾネスは?
「え?どうなんだ?寝たのか寝てないのかハッキリしろッ!!」
「ハ、ハッキリしろと言われても……僕チンは……まだ寝てないんじゃが……」
俺はチラリと、正座しながら俺を見上げている忍者の真咲ちゃんに目をやりながら答えた。
「そ、そうか」
フゥ~と安堵の溜息を吐くチェイム。
だが次の瞬間、
「って、まだ寝てない?まだ……って言うのはどーゆー意味だッ!!えッ!!チャンスがあったら寝ようと思ってたワケかっ!!」
いきなり俺の胸座を掴んで吼えた。
「い、いやいやいや……え?何で俺が責められてんの?ってか、話が思いっきり逸れてないかい?」
「どーなんだ洸一ッ!!浮気をしようと思ったのか!!」
「は、はいぃぃ?一体、何がどうなってそんな話になってんの?」
「……その手をお放し下さい。女王陛下」
何時の間にか忍者の真咲ちゃんが、チェイムの背後に佇んでいた。
手にはキラリと光る短刀。
それを彼女の首筋に押し当てていた。
「例え女王陛下と言えど、神代様に危害を加える者は、某が容赦しませんぞ」
「き、貴様……」
「手を放せ、と某は言いました」
あくまでも真咲ちゃんは冷酷だ。
さすがに忍びの者。
この雰囲気ならば、何かあれば彼女は躊躇いなくチェイムの喉を掻っ捌くだろう。
これが所謂、痴情のもつれによる殺人事件、と言うヤツなのだろうか?
「……」
チェイムは無言で、掴んでいた俺の胸座から手を離した。
「大丈夫ですか、神代様?」
「え?あ、まぁ……いつもの事だから割と平気なんだけど……」
うぅ~む、真咲ちゃんは真咲ちゃんで、ちと困った女の子なんだよなぁ……ま、これも忠誠の高さから来るモンだから、仕方ないと言えば仕方ないけどねぇ……
「な、なんちゅうかさぁ……俺とチェイムが言い争っていても、別に止めなくても良いんだよ?俺とチェイムは……まぁ……そう言う関係だし……」
「は?何を言ってるのか意味が判りかねますが……某の任務は、神代様の身を守る事を第一にしております。例え如何なる身分の御方とは言え、神代様に危害を加える者は某にとって敵で御座います」
真摯な瞳で彼女はそう言った。
うむ、見事な忠誠心だ。
しかしまぁ、随分と僕チンも気に入られたもんだにゃあ……何でじゃろう?
特に何もしてないんじゃが……
俺はテヘヘと笑い、
「そうか。なんちゅうか、御苦労さんじゃのぅ」
「いえ。某、この任務に誇りを持ってます故」
彼女も、心なしか頬を染めながら微笑んだ。
おおぅ、可愛いじゃないか。
本物の真咲さんが見せない笑顔に、洸一チンとしてはちょいとドキがムネムネしちゃうと言うか……
「……帰る」
ポツリと、チェイムが呟いた。
「はへ?帰るって……何か俺に用があったんじゃないのか?」
「……もういい」
彼女はそう言って、部屋を出て行こうとした。
もちろん俺は
「お、おいおい……何をそんなに不機嫌に……」
彼女の肩を掴んで引き止めようとするが、
「う、うるさいッ!!」
いきなりその手を振り払い、あまつさえ、
「洸一の色キチガイッ!!」
酷い捨て台詞とおっとこ前な右パンチを繰出し、去って行った。
ちなみに俺は、膝から崩れ落ちたのは言うまでもなかった。




