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オーディエンスタイム


★第62話目


「敵敵敵敵、ですなぁ」

ウィンウッドが城壁から遠くを見つめながら、どこか感嘆めいた吐息をもらした。

北にあるバオア山から、無数の軍旗を乱立させた敵軍が、砂塵を巻き上げながらゆっくり此方へ向かってくる。

整然と行軍して様はあたかも、大地に黒い絨毯が徐々に敷き詰められて行くようであった。


「……来たか」

チラリと中天からやや西に傾むき始めた太陽を見上げ、

「意外に速かったな」

チェイムはそう呟いた。

「直ぐに攻撃をしてくるのでしょうか?」

「いや……それは無いな」

軽く頭を振り、彼女は続ける。

「恐らく、陣を整えつつこの城を囲み、その後で降伏勧告の軍使を送って来る筈だ。本格的な攻撃は、明日の朝からだろう」

「夜襲攻撃の可能性は?」

「……無いな。これだけの圧倒的兵力差だ。正面からの力攻めで充分と考えるのが常套だろう。一地方の寡兵な反乱軍に夜襲を仕掛けたとあっては、常勝軍団の矜持に傷が付くと言うものだ」

チェイムはそう言って踵を返し、城壁から降りようとしたが、一端足を止め、

「そう言えば、頼んでいた物は調達できたか?」

彼方を凝視しているウィンウッドに尋ねた。

「帝国軍の鎧や武装でしたな?そちらの方は倉庫に沢山ありますから問題無いです。後はチェイム殿の紋章旗ですが、此方は今、職人に作らせている所です」

「そうか。ならば用意が出来次第、紋章旗をパインフィールドの旗と共に城壁に乱立させろ。この私が、ここにいる事を証明するようにな」

「了解しました」



「こりゃ、いよいよ死ぬっぺかなぁ」

城壁に佇み、パインフィールド大将軍の座にあるゴブリンのミトナットウが、どこか飄々とした口調でそう漏らした。

彼方から万を数える帝国軍が整然と隊列を整えながら押し寄せて来るのが覗える。


「大将軍殿。そのような事を言っていては、士気に関わりますぞ」

傍らに立つ、親衛隊長のパーソンズがそう咎めた。

「今はワシとアンタしかいないっぺよぅ」

「ですが……」

何か言い掛けるパーソンズを、ミトナットウは手で制した。

「本当の事だっぺ。ゴブリン族の勘は、良く当るんだっぺよ」

「し、しかしですねぇ……」

「パーソンズ殿。ワシ等ゴブリン族は、今までホリーホック陛下に何度も命を助けられたんだっぺ。だから……あの御方を守る為に命を投げ出すのは、ちっとも怖くないっぺよ。むしろ皆、進んで命を差し出す覚悟だっぺ」

「……大将軍殿」

ミトナットウの悲壮な決意に、パーソンズは口を噤むしか無かった。

陛下が心の病に冒され、そして守護天使殿は身罷られ……このゴブリンの長は、きっと死に場所を求めているのだろう。

そう思った。


「さて、そろそろ皆の所に戻るっぺか。敵がそろそろ来る頃だっぺ」

「ハッ。了解です」



「……どや姉ちゃん?元気にしてるか?」

黒兵衛がにこやかな声で、ホリーホックの部屋へ顔を出すと、

「あ~♪」

彼女は相変わらず唄うような声でトコトコと彼に近付き、そしてその頭をナデナデと撫でつけてきた。

「あ~…う~♪」

「な、なんや、えらいご機嫌やないけ」

少しだけ困ったように黒兵衛。

すると傍らに控えていたマリオット侍従長がそっと彼女に近付き、

「……陛下。黒兵衛殿が困っておりますぞ」

その顔を覗き込む様にしながら優しく窘めた。


「う~……」

頬を膨らませ、頭を振るホリーホック。

そして黒兵衛を持ち上げると、ギュッと抱き締めた。

「あ~♪」

「な、なんやよう分からんが……まぁ、好きにせいや」

黒猫は脱力した様に言った。

「ところで爺さん。洸一は……どないしてる?」

「は、はぁ……それが……その、陛下が中々側から離れたがらないので……取り敢えず色々と魔法を掛けまして……その何と言いますか……」

年老いた侍従長が何か言い淀みながらチラリと視線を走らせる。

黒兵衛はその視線を追い、

「――ゲッ!?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

見ると部屋の壁に、洸一の遺骸がまるで野生動物の剥製の様に腰から上だけが突き出るようにして埋め込まれていたのだ。

それは何だか、機械の伯爵に撃ち殺された某お母さんの様に見える。


「お、おいおい爺さん。いくら何でも、これじゃ洸一が化けて出るで」

限りなく、成仏は出来ません、と言う状況だ。

「ま、ワテ的にはあれは死んでないと思うんやが、それでもなぁ……」

「は、はぁ……私も、守護天使様の遺体を丁寧に弔うべきだと言ったのですが……その……陛下は今一つお分かりにならないようでして……」

そこまで言って、彼は重い溜息を吐いた。

「そ、そか。まぁ……洸一も分かってくれるやろうと思うが……」

黒兵衛も、頭を撫でているホリーホックの無垢な顔を見やり、軽く溜息を吐きながらそう言った。


「あ、それと黒兵衛殿。一つ不思議な事があるのですが……」

「ん、なんや?」

「それが……実は守護天使様の御遺骸なんですが、その……腐敗しないんです」

「……はぁ?」

「死後硬直も始まりませでしたし、まるで生きているようでして……」

「せやけど、既に剥製にしてるやないかい。しかも壁から、にゅいんって出てるし……中々にショッキングな光景やで」

黒衛はそう言って、お部屋のサイケなインテリアを化した洸一を見上げ、

「ま、何かしらの魔法が働いているとしか思えんなぁ。何なのかは分からへんけど」

「守護天使様は、確か自分は人間だと仰ったのですが……どうもこれは……」

「ま、元々が規格外の男やったからな」

黒兵衛はフッと微笑んだ。

「ともかく、あまり目立たないようにした方がエエんやないか、これ。もし洸一が戻って来てこれを見たら、間違いなく卒倒するで」



「……兵法通りですな」

物見の報告を聞いたウィンウッド次席将軍が、腕を組みながらそう口を開いた。

「15000の兵を3隊に分け、北と東西に配置。南は囲まずワザと手薄にしておく。兵力差が圧倒的な場合の攻城配置ですな」

「我が軍は臨時に徴兵した分も併せて約3000ですから……それらを敵に合わせて各城壁に配しますと、5000対1000。各隊、それぞれ約5倍の敵軍を相手にする事になりますな」

パーソンズ親衛隊長が、眉間に皺を寄せながら天井を仰いだ。

その顔からは普段の陽気さが消え失せ、どこか悲痛ささえ漂っていた。

それほど切迫した状況だったのだ。


「……敵の動きは?」

チェイムが尋ねると、ミトナットウは憤慨しながら、

「これ見よがしにのんびりと野営の準備をしているだっぺ。警戒なんて全くしてないっぺよ」


「ふん、心理的圧迫を掛けているのか、はたまた隙を見せて此方の出方を窺っているのか……」


「ですがチェイム殿。これが敵の擬態と言うのは考えられませんか?」

とウィンウッド。

「わざと無警戒を装い、その実、夜襲を仕掛けて来るとか……」


「……先程も言ったが、その可能性は無いな」

チェイムは微笑みながら首を横に振った。

「夜襲攻撃を仕掛けるメリットがあまりにも少な過ぎる。むしろ兵数が多い分、夜間の攻撃は同士討ちを招いたりとデメリットの方が大きいだろう」


「……なるほど。確かに、わざわざ危険を犯さずとも、堂々と攻め入るだけの兵力はありますからな」


「そう言う事だ。この場合、夜襲を仕掛けるならば我々の方だろう。……敵に付け入る隙はあるか?」


「残念ながら無いっぺ」

ミトナットウが肩をすくめた。

「のんびりしながらも、さすが、としか言いようが無い防御陣を敷いているだっぺよぅ」


「……ま、思った通りだな」

チェイムは軽く溜息を吐き、静かに目を瞑った。


さて、どうする?

打てる策は考え尽くしたが……果して敵が乗って来るだろうか?

いや、仮に乗って来たとしても、我が軍が消耗するだけではないだろうか?

例え敵兵力の内、2000ばかり削れたとしても……それは8分の1に過ぎん。

逆に我が方に1000あまりの被害が出たら、兵力の3分の1を失ってしまう。

……兵数を覆す事は絶対に無理なのだろうか?

地の利を生かすには、せめて後2000は欲しいが……


「チェイム殿?」


ウィンウッドの呼び声に、彼女は静かに目を開いた。

「敵から使者は送ってきたか?」


将軍は難しい顔で、傍らに控えている親衛隊長に目をやる。

「いえ、まだ何も……」

と、パーソンズ親衛隊長が言いかけた時、不意に会議室の扉がノックされ、

「報告します。帝国第3軍団より、使者が参っております」

若い兵士がそう告げてきた。


「良いタイミングだな。ふむ……いよいよ作戦を始める時か」

チェイムは皆を見渡した。

「良いか。先程話したように敵を欺くぞ。ウィンウッド次席将軍」


「ハッ」


「私の征旗を玉座に。今から一世一代の大芝居を打ってやる。使者とやらが混乱してくれたら儲けものだ」



居並んだパインフィールド軍最高幹部達の前を、帝国からの使者達と護衛の騎士達が、恐れる物は何も無しと言わんばかりに轟然と胸を張り、玉座へと続く赤い絨毯の上を我が物顔で闊歩していた。

その姿はまさに威風堂々。

やがて使者達は、玉座の前で立ち止まった。

その姿は、あたかもこの城の主人を気取っている様であった。


「おや…」

銀の鎧に上級仕官を示す赤いラインを記した、恐らく今回の降伏勧告の使者達の長であろう茶色の短い髪をした騎士が、不意に玉座を見上げ、眉を少しだけ顰めた。


「どうかなさりましたかな?」

使者達の横に佇むウィンウッド次席将軍が、慇懃な態度で尋ねた。


「……いや、天井から下がっている紋章旗に、ちと見覚えが……」

心なしか騎士の声に戸惑いが混じっている。

他の者も一様に、小首を傾げていた。


「ほぅ……あの紋章は、我等が敬愛する陛下の紋章ですが?」


「陛下?ふむ……私が知っているルイユピエース王家の紋章とは些か違うような……そう言えばホリーホック女王は、急な病に倒れられたと聞くが……」


「ハッハッハ…」

ウィンウッドは軽やかに笑った。

居並んだ他の者も苦笑している。

「いや、これは失礼。ホリーホック様は、譲位なされたのですよ」


「譲位?女王の位を降りたと言うのですか?」

使者達はお互いに軽く顔を見合わした。

どうやら、そのような情報は入ってなかったらしい。


「ええ。御自分よりも数段優れた英雄に、全てを託して御退位なされたのです」


「英雄……」

そう呟いた使者の瞳が、少しだけ光った。

「なるほど、英雄ですか。ははは……あ、いや、我が帝国には、英雄信仰みたいなものがありましてね」


「はは……その事なら知っていますよ。私も短い間でしたが帝国に仕えていましたから。確か……ディラージュ王朝の開祖、ザッパ王の英雄譚でしたかな」


「良く御存知で」

使者は大きく頷いた。

「一介の騎士見習いだったザッパ王が、如何にして現在の帝国の基礎を作り上げて行ったか……帝国に産まれた者なら誰しもが知る物語ですな。私も子守唄代りに聞いたもんです」


「ほぅ……それは是非お聞かせ願いたいものですな」

ウィンウッドは親しげに笑った。

そしてそれを合図のように、謁見の間に高らかにラッパの音が鳴り響く。


「パインフィールド王の御出座ッ!!」

その声に、弾かれた様にウィンウッド達は片膝を着いた。

使者達は屹立したまま、玉座を眺めている。

やがて玉座の横合いから、甲高い金属音を響かせ、金色の甲冑に身を包んだパインフィールド王が悠然とその姿を現した。

そしてチラリと使者達を一瞥し、玉座に腰掛ける。

優美な姿だった。

金色に輝く鎧に赤いビロードのマント。

漆黒の長い髪が一層際だって見えた。


「我がパインフィールド国女王、チェイム・ヴェリテ・エヴァヌイッスマン・ド・ディラージュ・フォン・ルイユピエースである」

その声は華麗で、一種の神格ささえ漂わせているのだった。










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