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無限の心臓


★第61話目


――――カハッ!?

胸元に、火箸を突っ込まれたような激しい衝撃を感じた。


「…ぐ……」

息が……出来ない。

喉の奥から何かが込み上げてくる。


肺を……貫かれた?

そう思った瞬間、口の中に熱い物が込み上げ、俺はそれを噎せ返りながら吐き出した。

ビシャッと音を立て、俺の胸に剣を突き刺している兵士目掛けて鮮血が迸る。


あ、これはアカン。マジで死ぬ……

四肢に力が入らない。

段々とぼやけてきた視界には、俺の返り血を浴びた兵士が薄ら笑いを浮かべていた。


ぐぬぅ……折角、蘇ったと言うのに……これまで…か……

兵士が力を込めて俺の胸から剣を引き抜くと同時に、ブシュッと鈍い音と共に大量の血が溢れ出した。


「……」

俺はゆっくりと、その場に崩れ落ちる。

痛みは……もう何も感じない。

ただ、異様に体が重いだけ。

曇った視界には、血の海の中の中に横たわる俺を見下ろす様に佇む敵兵の足しか見えなかった。


あ~あ……やられちまったか……

不思議と恐怖も後悔も無かった。

まぁ、戦争のプロ相手に、無手でここまで闘えたんだ。良しとするかねぇ……

俺は独り、静かに笑みを浮かべた。


黒兵衛……真咲と優ちゃんを頼む。

……

や、まだホリーホックが優ちゃんと決まったワケじゃないけど……

ともかく、元の世界に戻れる日まで……彼女達を守ってくれ。


「……」

とても静かだった。

もう、音も聞こえない。

俺はゆっくりと目を閉じた。

意識が、急速に落ちて行く感覚。

深く暗い穴の中へ、肉体が音も立てずに吸い込まれて行く。


これでやっと、苦労をしなくて済むにゃあ……

――次の瞬間、不意に体の感覚が甦った。

しっかりを地面に足をつけ、立っている感触。

視線の先には、驚いた敵兵士達の姿があった。

その顔は恐怖に引き攣っている。

それもそうだろう。

俺だって、何が何だか分からない。

何故ならだ、俺を刺した敵の足元には、死んだ俺がちゃんと横たわっているからだ。


「……」

さて、取り敢えず先程の続きをするか。

俺は腰を屈め、呆然としている敵の腹に渾身の回し蹴りを放った。


「ぐぁッ!?」

続いて、その横に居る兵に優ちゃんパンチを、更に後の兵には真咲キックをお見舞いしてやった。


「……ふぅ」


「う、うわぁぁぁッ!!」

残った兵士達が、どこか半狂乱で殺到してくる。

俺は冷静に攻撃を躱し、急所目掛けて的確にカウンターを決めて行った。

……

……

――やがて、どのくらいの時が経ったのだろう。

周りには、白目を剥いて倒れている兵士の山があった。

半数は死んでいる。

俺は息を整えながら、ゆっくりと辺りの様子を覗う。

闇の中、風に揺れる木々の音だけが響いていた。

どうやら、残った兵士は皆逃げ出したらしい。


「……ふぅぅぅ」

俺は大きく息を吐いて、転がってるマイボディ弐号機に近付いた。

穏やかな笑顔で、まるで眠っているかのような、僕チャンの遺体。

指で頬を突っ突くと、それはフニフニとしていた。

「うぅ~む、目の錯覚じゃねぇーよなぁ」

確かにそれは、そこに存在していた。

何だかとっても可哀想だ。


むぅ……ならば今の俺は?

先程の転落死から数えて、この肉体は3代目なんだぞ?

「もしかして、実は俺様って残機制?いやいや、普通の人間はライフゲージ制なんじゃが……うぅ~む、やっぱ何かしらの魔法の力が働いているのか、はたまたこの世界特有の何かか……ぬぅ」

俺は死んだ自分の肉体(二番機)を見下ろしながらそう呟いた時だった。

不意にあぜ道から続く街道の北側方面から、夜のしじまを破る様に何やら地を駆る物々しい音が響いて来た。

「……新手か?」

俺は辺りを見渡し、慌てて叢に身を隠すのだった。



重苦しい雰囲気が立ち込めていた。

パインフィールドへと撤退する兵士達の顔は、どれも憔悴していた。

乾坤一擲の奇襲作戦の失敗。

そして、緘口令を敷いてあるものの、どこからか漏れたのか、ホリーホック女王の病と、守護天使洸一の死去。

それらが兵士達の口から口へと、静かに伝わって行った。

ある者は未来を悲観し、ある者は呆然と……

皆が皆、これから先に待ち受ける困難な闘いに思いを馳せ、意気消沈していた。


「……これから、どうなるんでしょうなぁ」

急遽設えた馬車の中で、ウィンウッド次席将軍が誰とはなしにそう呟いた。

「……」

狭い馬車の中は、ゴトゴトと車輪の音が響いているだけであった。

チェイムも黒兵衛も、パーソンズもミトナットウも、誰も答えない。

いや、答える事が出来なかった。

皆の視線の先には、洸一の遺骸を抱きかかえるようにして眠っているホリーホックの姿があった。


「まさか、このような事態になるとは……」

「済んでしまった事や。今更、何を言うても始まらんわ」

黒兵衛がそう言って鼻を鳴らした。

「せやけど、さっきも言うたけど、洸一は生きとる。それは間違いない」

「ですが……」

チラリと、ウィンウッドは洸一の遺骸に視線を走らせた。

「まぁ……信じろと言う方が無理やな。ここに死体があるワケやし……」

「……」

「それで、これからどうするっぺ?」

とゴブリンのミトナットウ。

黒兵衛は前足を舐めながら、

「分かっとる。今は上に立つモンがしっかりせなアカンな」

そう言って今度は「ん~」と大きく伸びをしながら、

「先ずは今回の出来事を、包み隠さず、全ての将兵に伝えんとアカン」

「そ、それは……拙くないだっぺか?士気ががた落ちになるっぺ」

「しかもそれが敵に伝わったら……万が一にも、我々に勝ち目はありませんぞ?」

ミトナットウと元喫茶店のマスターであるパーソンズが口々に異を唱えた。

だが黒兵衛は全く意に介さず、

「はん、人の口に戸は立てられんモンや。しかも噂は尾ひれが付いたりして、事実が捻じ曲がる事もある。だから、こっちからちゃんと説明するんや。憶測が憶測を呼んで収拾が付かんくなる前に、公表するんや」

「……その通りだな」

洸一の剣に凭れる様に座っているチェイムが頷いた。

その瞳は、洸一の死体を目の当たりにした所為か、どこか感情が欠落している様だった。

「この場合……真実を隠せば隠すほど、味方は疑心暗鬼に陥るだけだ。逆に正直に話せば、結局は忠誠心の厚い者だけが残るだろう。それに敵も警戒するだろうしな」

「……確かに。こんな話を敵がまともに信じるとは思えませんな」

ウィンウッドがウンウンと頷く。

「それに私としましては、勇者殿が此方の陣営に参加していると言う事を大々的に宣伝したいですな」

「私がどうかしたのか?」

「チェイム殿の勇名は、帝国中に鳴り響いていますからな。敵兵に動揺を与える事も出来ましょう」

「せやな。ホリーホックの姉ちゃんがあないな事になった今、民と兵を纏めるカリスマが欲しい所やもんな」

黒兵衛がそう呟くと、少しだけチェイムは困った顔をした。

「言っておくが、私はこの間まで敵だった身だぞ?そんな私の命に兵達が応じるとは思えんが…」

「普通はそうやけど、今は違うやろ?姉ちゃんは、帝国に堂々と叛旗を翻した皇族で、しかも洸一の恋人や。それだけ条件が付いていれば、充分やで」

「く、黒兵衛殿の言う通りだっぺ」

ミトナットウが身を乗り出しながら口を開いた。

「そりゃ、以前は闘った事もあっただども……守護天使様の想い人となれば話は別だっぺ。魔物はみんな、勇者様に従うっぺよ」

「……洸一は……みんなに慕われてたんだな」

チェイムがそう漏らすと、皆は大きく頷いた。

「……分かった。ならば暫らくの間、兵権を預らしてもらおう」



パインフィールド城の一角にある飛天の間。

その部屋の中央にある丸テーブルに、チェイムを中心に皆が座っていた。

右から順に、黒兵衛、ミトナットウ、ウィンウッド、パーソンズと並んでいる。

パインフィールド軍の最高幹部達だ。

ただ、オークの長老と執事のマリオットは席を外していた。

彼等はホリーホックの警護及び看護に当っているのだ。


「離脱者はどのくらい出た?」

チェイムが尋ねると、夜を通しての撤退戦で疲れた顔をしているミトナットウが軽く首を回しながら、

「思ったより、大した事はなかったっぺ。せいぜい、1個小隊と言う所だっぺ」

「ほぅ……それは上々ですなぁ」

とパーソンズ。

「いや、何て言うのか……作戦失敗でしかも迫る敵は帝国の正規軍団。正直、兵の半分は逃げ出すと思っていまして……これはやはり、チェイム殿の勇名のお陰ですかな」

そう言ってガハハハと豪快に笑った。


「……ふ、そうではあるまい」

チェイムの顔色は冴えなかった。

眉間に軽く皺を寄せ、無愛想な表情を作っている。

「ただ単に、他に逃げる場所が無いから留まっているだけに過ぎん。それに急な展開で戸惑っている者も多いだろう。明日になれば、もっと多くの離反者が出るかも知れんぞ」


「ま、それでも戦力は戦力や」

前足の毛を、撫でつけるように舌で舐めながら黒兵衛が呟く。

「行く宛が無いんなら、きっと死にもの狂いで戦うやろ。もっとも、敵に篭絡される恐れがあるかも知れへけどな」

「確かに……」

と、ウィンウッド将軍が大きく頷いた。

「いざ敵の大軍を目の当りにしたら、裏切る者も出て来るでしょう。出来ればその前に、何としても片を付けたいものです」


「ふふ……それは無理だな、将軍」

チェイムは苦笑を溢す。

「敵の第3軍は、帝国でも屈指の常勝軍団だ。我等との戦力差も大きく、とてもじゃないが勝てる見込みなぞ無いぞ」

「あ~……やはり、勝てませんか」

「そ、そんな事はありませんぞウィンウッド次席将軍!!」

やおら席を立ち、パーソンズが太った体を震わせながら皆を見渡した。

その瞳は熱く燃え滾っている。

「我々には無敵の、パインフィールド魂があります!!一人十殺で挑めば、充分に勝つ見込みはありますッ!!もうバッチリなんです!!」

「どこがバッチリか分からないぺっよ」

強弁を窘める様に、ミトナットウが眉を顰めながら溜息を吐いた。


「ふ…ふふふ……パ―ソンズ殿の心意気が全兵士にあれば、万が一にも勝てるかも知れないな」

チェイムはもう一度苦笑すると、

「しかし実際の所は、勝てる要素は全く無い、と言って良いほどの現状だ。だが、負けない様に徹すれば、それなりの戦いが出来ると思う」

「と言う事は、篭城、と言う事になりますが……果して、援軍の来ない篭城戦に意味がありますかな?」

「ウィンウッド将軍の言う事はもっともだ。だが私は、二つの事に期待している」

「二つ……ですか?」

「そうだ」

チェイムは大きく頷いた。

「先ず一つは、敵の焦りを誘う事だ。彼奴らにしてみれば勝って当たり前の戦いだ。無駄に戦が長引けば、兵達の心に焦りが出て来るだろう。特に敵の将軍はプライドの高い男だ。国内の噂にも過敏だからな。奴等が焦れば我々にも少ないが勝機が見えてくるだろう」

「……なるほど。篭城して粘り、心理的に敵軍の隙を誘うのですな。ふむぅ……で、もう一つは?」

「帝国内に潜伏している、反帝国運動家達の暗躍を誘う。帝国は巨大な国家だが、それに反発するものも多い。彼等が友軍として参加してくれる事を祈っている」

「帝国は一枚岩だと思ってたっぺよぅ」

ミトナットウが驚いた顔で口を開いた。

「いや、実はそうではない。帝国は数多の国を滅ぼして巨大になった国だ。国内には、滅亡した国の兵や残党も多い。現に帝国軍全兵士の内、約3割は亡国の兵士達で占められている。それが帝国の弱点だ」

「ふ~む……しかしこう言ってはなんですが、どちらも結果が出るまで長く掛りそうですな」

ウィンウッドが、少しだけ伸び始めた口髭を玩びながら言った。

チェイムはその言葉に頷く。

「その通りだ、将軍。だから我々がすべき事は、この城砦の防御を固める事と、兵の士気を維持する事だ。それしか今は生き延びる術が無い」








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