洸一、奔る
★第60話目
「――むがッ!?」
「……」
片手で口を塞ぎ、もう片方の手で首を軽く捻る。
コキャッと鈍い音を立て、男はその場に崩れ落ちる。
俺は倒れるその男を抱き抱えるようにしながら、そのまま素早く叢の中に引きずり込んだ。
……ま、一番後を歩いてたのを悔やむんですな。
白目を剥いている男の鎧を手早く脱がし、それを着込むと、俺は何食わぬ顔で粛々と行軍している隊の一番後に並んだ。
ふぅ……取り敢えず紛れ込むのには成功したな。
ニヤリと笑い、今度は直ぐ目の前を歩いている男の肩を軽く小突く。
「……?」
そして相手の振り向き様に喉首目掛けて拳を一突き。
「――グッ!?」
更に後頭部を抑えつつ人中へ一本拳。
「……」
倒れる男をそっと抱き抱え、俺は静かにそれを叢の中へ放り込み、再びそそくさと列の後ろへ戻った。
ま、地道だけど、後から一人一人倒して行くかねぇ……
数時間もすれば、半数は片付ける事が出来るだろう。
しっかし……何て言うか……ガチで殺しているのに、良心の呵責とか罪悪感を全く感じないとは……
この殺伐とした世界に慣れたからか?
はたまた、実は元々俺はサイコパスだった?
良く分からんが……まぁ良いか。
今は非常時ゆえ、俺も非情にならなければならんのだ。
あと、一応は未成年だから、罪には問われないのだ。
うん、そう言うことにしておこう。
そんな事を考えながら、3人4人と淡々と死体を量産していると、不意に行軍が止まった。
「……?」
微かなざわめきが、前方から聞こえてくる。
ふむ……
「ねぇねぇ、何があったんだい?」
俺は気さくを装って、前の兵士に尋ねた。
「ん?さぁな。大方、斥候が敵兵でも見つけたんじゃねぇーか?」
「て、敵兵ねぇ」
ヤ、ヤベェ……
やっぱ奇襲作戦なのかよ。
俺はギリリと奥歯を噛み締め、腰に下げた敵兵から奪った剣の柄に指を掛けた。
少々無茶だが……やるしかないか。
俺はおもむろに剣を引き抜き、目の前の兵士を無言で切り付けた。
肩から腰へ掛けての袈裟切り。
皮鎧が音も立てずに切り裂かれ、その隙間から鮮血が溢れ出した。
うむ、洸一チン、サイコパス確定である。
「ウギャーーーッ!?」
品の無い悲鳴が漆黒の森の中に木霊する。
何事かと振り向いた兵士の顔に、俺はナイスと評判の洸一パンチをめり込ませた。
ドサッ、と鈍い音を立てて転がる兵士。
「何をしているかーッ!?」と怒声を放つ兵士。
剣を引きぬく兵士。
騒ぎは、あっと言う間に広がった。
……これで良い。
この騒ぎで、実は自分達が奇襲されてる?とか思っただろう。
今は超混乱状態に違いない。
もはやパインフィールド軍に攻撃を仕掛ける余裕はないだろう。
俺がもし敵の指揮官なら、作戦失敗後は速やかに退却する筈だ。
俺は斬り付けてくる兵士の斬撃を躱し、右側面に蹴りを放ちながらそんな事をボンヤリと考えた。
さてと、それじゃあ今度は、俺様が逃げ出さないと……
――キンッ!!
甲高い鉄のぶつかり合う音が、闇に閉ざされた森の中に広がる。
正面から、右から、左から、無数の敵兵が剣を振りかざし襲い掛かって来る。
むぅ……この闇だから、同士討ちも狙っていたが……それほど甘くは無いか。
俺ばかり狙ってきやがるぜ。
俺は剣で攻撃を受け止めながら徐々に後退。
時折、無茶な突進を仕掛けて来る兵士には、放課後に鍛えた自慢の格闘術でもってお返ししてやる。
……良し。そろそろ距離が離れてきたな。頃合だ。
俺は反転してダッシュでその場を後にするつもりだった。
だが『ガシッ!!』と言う鈍い音と共に、背後から忍び寄ってきた何者かに、いきなり羽交い締めにされた。
「なんとっ!?」
慌てて首だけ降り向くと、そこには俺が一番最初に仕留め、そのまま鎧を奪った兵士の姿があった。
「ありゃま。死んでなかったのか……洸一チンの無意識の優しさが出ちゃったかねぇ」
兵士は答えなかった。
代りに、怒りを瞳に宿らせながら無言で俺の体を締め付けてくる。
そして前方からは、剣を構えた兵士達の群れがぞろぞろと……
こ、こりはマズイですな!!超ピンチ状態ですぞ。
とその時、俺は不意に懐かしい光景を思い起こした。
――良し洸一。今日は護身術を少し教えてやろう。
あぁ……真咲姐さんだ……
「ま、またで御座るか?」
俺は向かい合っていた我が永遠のライバルであるサンドバックから振り返り、何故か腕を組んで偉そうな態度の真咲を見つめた。
どうでも良いけど、何で空手部の彼女は毎日この裏山にいるのだろう。
ま、わざわざ他校よりやって来る修羅の女よりはマシだけど。
「今日は……そうだなぁ……背後から捕まった時の脱出方法だ。優貴は知ってるか?」
「え?あ……い、いえ特には……」
フルフルと首を横に振る優ちゃん。
「そうか。だったらちゃんと見てろよ」
言いながら真咲は俺に向かって背中を見せ、
「ほれ洸一。どんな風でも良いから、私を背後から捕まえろ」
「その前に、ちゃんとした契約書を作ってくれない?第一項目は、痛くしないこと。第二項目は出血禁止。第三項目は……」
「あぁ゛?」
「な、何でもないですぅ」
「ならさっさとしろ」
「ほ、本気を出すなよ?何しろ俺は虚弱体質なんだからね」
俺はおっかなびっくりでそう言いながら、そろそろと真咲姐さんの背後に近付いた。
しかし、背後から捕まえろとい言われたけど、むぅ……どうやってだ?
少しだけ考えた後、俺はしゃがみ込んで、彼女の空手着がナイスフィットしている肉付きの良いお尻にすりすりと頬擦り。
うむ、中々に育っている。見事な臀部ですぞ。
その瞬間、
「ンキャーーーッ!?」
真咲は可愛いらしい悲鳴を上げ、振り向き様に可愛くない攻撃。
俺は顎に鉄槌を受け、VTOL機の如く垂直に空へと舞い上がった。
「バ、バカか貴様ッ!!誰がそんな事をしろと言った!!」
「だ、だってだって……いきなり女の子が背中を見せて、好きな所を触って良いわよ、何て言ったら、取り敢えず触るでしょう……尻を」
「誰がそんな事を言った!!」
「むぅ……解釈の違いかな?難しいね、言葉って」
「先輩……少しダメです」
優ちゃんが軽蔑の眼差しで言った。
「そ、そうかい?思春期真っ只中の男子高校生としては、至極まっとうな行動だと思うんじゃが……」
もちろん、世間的にはまっとうではないが。
「そんな事ばかりやってるから、お前はバカ洸一と言われるんだッ!!」
「そうなのか?」
って言うか、言ってるのは俺の周りの蛮族な女の子だけのような気がするんだが……
「……ふん、まぁ良い。今度はちゃんとやれよ」
真咲はギンッと鋭い眼光で俺を睨むと、再び背中を向けた。
「言っておくが、後ろから胸を掴んだりしたら、確実に殺すからな」
「……」
読まれていた。
あまつさえ殺害予告までされてしまった。
事案発生である。
「な、なんだか注文が多いにゃあ……」
溜息を吐きながら、俺はゆっくりと彼女を羽交い締めにした。
直ぐ目の前には、彼女の後頭部があった。
ショートカットの髪の毛から、汗に混じった女の子特有の甘い香りがたち込める。
雄の本能を直接刺激する匂いだ。
「……」
俺はそろそろと顔を近づけ、彼女の髪の中に顔を埋めた。
そしてクンクンと匂いを嗅いでみる。
「……何をしている?」
「や、別に……」
言いながらも、俺の視線は彼女の真っ白なうなじに釘付けだ。
むぅぅぅ……真咲しゃん、パワフルなのに首とかは意外に細いんだなぁ……
何だか分からんが、クラクラとしてきた。
「良し。それでは行くぞ?優貴、しっかりと見とけよ」
そんな彼女の言葉を、俺はボォーっとしていた中で聞いた。
そして……
確か……こうだった筈だッ!!
俺は思いっきり反動をつけて、頭を後へ反らした。
後頭部に響く、鈍く重い感覚。
俺を羽交い締めにしている兵士の腕から、少しだけ力が抜けた。
俺はそれを見逃さず、咄嗟に腰を沈め、続いてそれを撥ね上げる様にしながら足を伸ばした。
「――うわッ!?」
敵兵は、俺の腕を抱えたまま綺麗に半回転し、地面に叩きつけられた。
「ふん、10年早ぇんだよ!!」
俺は倒れている敵の顔面に更に蹴りを一発。
だがその瞬間、俺の背中を火傷のような痛みが襲った。
「――ッ!?」
驚き振り返ると、そこには剣を構えた新手の兵士が立っていた。
手にした剣の切っ先には、ヌラリと光る真っ赤な鮮血。
おやおや……切られちゃいましたか。
ちょいとヒリヒリするね。
ただ、突き刺されたらその場でジ・エンドだったが……ふん、甘いな。
俺は苦笑を溢した。
★
数人ほど電光石火の早業で屠った後、俺は一人の兵士目掛けて突進。
そいつを跳ね飛ばし、闇に閉ざされた森の中を駆け抜ける。
背後から響く怒声。
そして剣と鎧を鳴らす音。
息が上がるまで、走りに走った。
斬られた背中の傷が、ズキズキと痛む。
流れ出た血だろうか?
腰の辺りまで、何だかヌルッとした感覚があった。
――ハァハァハァ……
足元を取られないよう注意を払いながら、速度を落とさずに駆けた。
駆ける、駆ける。
道無き道を、茂った木々を掻き分け、俺は駆ける。
――ハァハァハァ……
やがて俺はガックリと、その場に崩れるようにして膝を着いた。
体力の限界だった。
慣れぬ山道を駆けたのが祟ったのか、足の裏から膝に掛けて突き抜けるような痛みがある。
もっともそれ以前に、背中の傷からの出血が、体力を大幅に削ったのだろう。
「ハァハァ……ハァハァ」
俺は荒い息を溢しながら、大きな木の根元に座り込み、辺りを覗った。
森はいつしか開けていた。
獣道に毛が生えた程度の荒れた道ではあるが、どうやら古い街道の一端に抜け出す事が出来たようだ。
しかし……
朧気な星々の明かりを頼りに目を凝らしつつ耳を澄ますと、辺りから無言の殺気と言うものを感じる事が出来た。
どうやら俺は取り囲まれているらしい。
いくら格闘技を習っているとは言え、やはり男子高校生と職業軍人では、体力等に大きな開きがあるのだろう。
「ハァハァ……ま、また死んじゃうかなぁ」
俺は苦笑しながら、何気に自分の体を眺めた。
復活した時、最初はどこかボヤけていた感じの肉体ではあったが、今はもうすっかり元の体だ。
うぅ~む、我が肉体ながら、謎が多いですな。
俺は大きく息を吐き、ヨロヨロと立ち上がった。
と、闇の中から一瞬、星の明かりに何か反射したかと思うと、ヒュッと言う軽い風切り音。
俺は咄嗟に体を躱す。
――ザクッ!!
背後の大木に鉄の短剣がめり込んだ。
「……」
取り囲む敵兵の輪が、徐々に狭まってきた。
厳つい顔をした男達が、殺気を宿らせた瞳で俺を睨んでいる。
「へ、兵隊さん。あっしは只の道に迷った行商人でやんす。何か買ってよぅ♪」
俺は気さくに声を掛けるが、相手は無言で何も買ってくれない。
もちろん、売る物も無いが。
や、やれやれ……
俺はフゥと軽く溜息を吐き、そして虚を突くように跳ね上がるや、再び遁走。
兵士の一人に果敢にタックルを極め、そこからダッシュを再開した。
背後から怒りの声が聞こえる。
俺は疲労で痙攣しそうな筋肉に鞭打つ様に、両の足を高速で繰り出し、駆けに駆けた。
今は使われていないだろう草木が茂った古い街道を、道なりに突き進む。
無言の殺気が背中を圧迫する。
やっぱアカンか……
この分だと、追いつかれるのは時間の問題だな。
俺は焦りもせず、妙に冷静な気分でそう判断した。
だったら……体力を削ってまでして逃げるのは、止めますか。
俺は急停止し、そのまま反転。
深い呼吸で息を整えながら、正眼に構えた。
―――タッタッタッタ……
闇の向うから足音が響いてくる。
「……」
――ヒュッ!!
風を切り裂き、剣が振り下ろされた。
俺は体を斜めにそれを躱し、真咲パンチ・優ちゃんキック・まどか膝蹴りの殺人コンボを繰出した。
「グッ…」
敵兵はくぐもった声を上げ、その場に倒れた。
それと同時に、新たな剣が闇の中から繰出されてくる。
暗闇に多少は目が慣れたとはいえ、朧な星の明かりだけでは、視力で敵を追う事は出来ない。
勘、と言うのだろうか?
流れる空気の気配を、肌が感覚的に掴んでくれた。
……そこッ!!
俺は右側面に蹴りを一発。
こっちもッ!!
しゃがみ込んで水平蹴りを繰り出す。
良し、直撃……とッ!?
剣が唸りを上げて、直ぐ脇を掠めて行く。
ぬ、ぬぅぅぅ……同じ闇の中にいると言うのに、何で敵は俺の位置が正確に分かるんだ?
鍛え抜かれた兵士だからか?
それとも、何かしらの魔法的なこと?
……
その可能性はあるな。
何しろ闇夜で奇襲を仕掛けようとしてたんだ。
何かしらの準備はしている筈だろう。
マズイね、マズイね……こいつは実にマズイね。
剣戟を避けながら、不利な状況に肉体的にも精神的にも徐々に追い込まれて行く。
と、不意に、
『刃物というのは、意外に弱点が多いんだ』
俺は再び真咲姐さんの言葉を思い出していた。
★
「刃物と言うのは、意外に弱点が多いんだ。特に長物は、いったん懐へ入り込まれたらお手上げだからな」
「そりゃそうだが、懐へ入るのって難しくないかい?」
「そうでもないぞ。落ち着けば、攻撃の軌道は読み易い」
「そ、そう?」
「そうだ。何故なら刃物を持った敵は、刃物しか使ってこないからな。案外、攻撃は単調なんだ」
「……なるほど。たださぁ……なんちゅうか、教えてくれるのは有り難いんだけど……刀とか持ったヤツと戦う事なんて、一生に一度も無いような気がするんじゃが……」
「分かってる。だが、何ごとも知識だ」
「そ、そーゆーモンかなぁ」
……
……
……そうだな。知識って大事だよな。
俺は振り下ろされる剣を、体を横にして躱すと、流れる様に蹴りを繰出した。
「刃物と戦う時に一番重要なのは、冷静に、怖がらない事……だったな」
――ズドンッ!!と鈍い音が響いて、兵士がもんどりうった。
続けざまに、鈍く光る剣が繰出されてくる。
俺は呼吸を整え、その攻撃を見切ってはカウンターを極めた。
「――遅いッ!!」
拳が音を立てて敵の顔面に吸い込まれる。
まどかや真咲の攻撃の方が、100倍は速かったぜ!!
だが次の瞬間、俺はいきなり右肩に強烈な衝撃を受け、後方にぶっ飛んだ。
「ぐッ!?」
スザサササーッ!!と音を立てて地面を転がる。
右腕に感覚が無かった。
俺はそっと左手で、攻撃を受けた右肩に触れると、ヌメッとした生暖かい感触に少しだけゴツゴツとした手触り。
……チッ、鎖骨を砕かれたか……
顔を顰めながら立ち上がるが、その隙を見逃さずに再び風を切り裂く音が響いた。
俺は咄嗟に、転がる様にしてそれを避ける。
ズボッと鈍い音と共に地面が抉れた。
や、槍かッ!?
迂闊だった。
刀剣の類いとばかり思っていたのだが、槍を持った兵が居たのは計算外だった。
――ヒュッ!!
鋭い刃音が響き、俺の頬を釜鼬の風が掠めて行く。
――ヒュッ、ヒュッ……ヒュッ!!
間断無く繰出される攻撃。
俺は躱すだけで精一杯だ。
――ヒュッ!!
「……っと」
お、落ちつけよぅ……洸一チン、落ち着け。
槍は間が長い分、懐に入られれば一番脆いんだ……
――ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ……
「……」
俺はタイミングを図っていた。
――ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ…ヒュッ…
「……」
――ヒュッ…ヒュッ、ヒュッ……ヒュッ!!
「―ッ!!」
そして敵が槍を引くと同時に、一気に間合いを詰めた。
「ッ!?」
敵兵は巧みに長槍を手繰り寄せ、俺の攻撃に合わせようとするが、
「遅いッ!!」
俺は咄嗟に敵の腕を掴み、その肘目掛けて拳を繰出した。
メシャッと鈍い音を立て、腕が逆方向に折れ曲がる。
俺は続けてハイキック。
つま先が綺麗に相手の顎を捕らえた。
「ぐッ!!」
くぐもった声をあげながら吹っ飛ぶ槍兵。
俺はフフンと笑みを漏らすが、次の瞬間、その笑みは瞬時に氷ついた。
「っ!?」
景色も含め、全てがスローモーに見えた。
吹っ飛んで行く敵兵の向うから、ゆっくりと現れる人影。
憎悪の瞳で、俺を睨んでいる。
その手元には、鈍く光る剣。
そのが切っ先は俺に向けられていた。
敵兵がニヤリと笑うと同時に、俺の頭から血の気が引く。
槍兵の直ぐ真後ろに控えていたのか……って言うか、ジェットストリームアタック?
そう思った時には、既に手遅れだった。
ゆっくり、ゆっくりと、剣が突き出される。
俺は身を捻ってそれを躱そうとするが……
蹴り終りのモーションを突かれた俺には、もうどうする事も出来なかった。




