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メーデー


★第58話目


「……ん?」

黒兵衛がふと顔を上げると、森の中を覚束無い足取りで歩いている一つの人影が見えた。

「んん~?あれは……ホリーホックの姉ちゃんか?」


「ど、何処ですか!?」

親衛隊長のパーソンズと、つい今しがた合流した大将軍のミトナットウが勢い良く立ち上がった。


「……ふぅ」

チェイムも、ヤレヤレと言った感じで少しだけ億劫そうに立ち上がる。


「ほれ、あそこにフラフラと歩いとるやろ」

黒兵衛が言い終らない内に、

「へ、陛下ーーーーーッ!!」

ミトナットウとパーソンズが駆け寄って行く。


「……ところで、洸一はどこだ?」

走り去る彼等の後ろ姿を眺め、チェイムが言った。


「あん?ん~……ん?見当たらんなぁ。ったく、あのアホはどこで油を売ってんだか」


「……そうか。ふ、仕方の無いヤツだ」

そう呟きながら、チェイムもホリーホックの元へと歩いていく。

その後を、黒兵衛がヒョコヒョコと付いて行った。



夢……

私が望んでいた夢……

あの人は、それを叶えてあげるって言ってくれた。

みんなが居て、王家も復興できて、幸せな日々が続く。

何より、あの方がいつも側に居てくれる。

私の傍らで、ニコニコと笑顔を絶やさずに居てくれる。

ホリーホックの髪は、フカフカして気持ち良いなぁ。

そんな事を言いながら、頭をクリクリと撫でてくれる。

暖かい手の平で撫でられる感触が、私は大好きだった。

とても幸せな気持ちになれた。

だけど……全てが幻だった。

私が全て壊してしまったから……



「お、おい姉ちゃん?一体、どないしたん?」


ミトナットウもパーソンズも、困惑の色を隠そうとしなかった。

ホリーホックは虚ろな瞳で、その場に座り込んでいた。

体には、無数の擦り傷がある。


「姉ちゃん。黙ってたら分からんやないけ」

黒兵衛が彼女の顔を覗き込んだ。

するとホリーホックは、無表情のまま、そっと彼の頭を撫でた。


「な、なんやねん?」


「……奇襲攻撃の……準備は?」

感情の無い声で、そう呟く。


「そ、それは……出来てるっぺ。何時でも出撃出来るっぺが……」

ミトナットウはそう言ってパーソンズと顔を見合わす。


「……姉ちゃん。洸一はどないしたんや?」

黒兵衛の言葉に、ホリーホックの体がピクンと跳ねた。

「姉ちゃん?」


「……おい。洸一はどうしたと聞いてるんだッ!!」

それまで黙って彼女を見つめていたチェイムが吼え、腰に下げた洸一の魔法剣に指を掛ける。

「何があったか知らんが、返答次第によっては叩ッき切るぞッ!!」


「ちょ、ちょっと待つっぺよ!?そもそもアンタ、一体誰なんだっぺ?」


「……ふん。お前には、前に一度会った事があるだろうが」

チェイムが鋭い眼光でミトナットウを睨みつけた。


「前にって……」

マジマジと彼女の顔を見つめるゴブリン。

やがて、その表情が恐怖の色に染まった。

「ふはッ!?ままま、まさか……」


「し、知り合いですか?大将軍殿?」

とパーソンズ親衛隊長。


「ゆゆ、勇者……」


「勇者?勇者って、まさか帝国の戦姫……」


「そのまさかだ」

フンッと鼻息も荒くチェイム。

「我が名はチェイム・ヴェリテ・エヴァヌイッスマン・ド・ディラージュ。ワケあって帝国を裏切り、今は洸一と行動を共にしている」


「守護天使殿と……」


「……そうだ。洸一は世界で一番、私が大切に想ってる男だからな」

そうチェイムが言い切ると同時だった。


「ご、ごめんなさい…」

震えながら、ホリーホックが口を開いた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


「ね、姉ちゃん、何を謝って……って、何で泣いてんねん?」

黒兵衛は大きな金色の目をパチクリとさせる。

ミトナットウもパーソンズも、ただオロオロするだけだ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


「ごめんだけじゃ分からないんだろ!!洸一はどうしたと聞いてるんだッ!!」

ホリホーックの胸倉を掴み、チェイムは怒鳴った。


「だ、大魔王様は……」


「――ッ!?」

ホリーホックの言葉に、それまで風に揺れる木々の音で騒がしかった森から、一瞬にして音が消えた。

チェイムはそんな気がしたのだった。



「……死んだ?」

ホリーホックの言葉に、チェイムは呆然と呟いた。


「お、おいおい姉ちゃん。あのバカが死ぬワケあらへんやろ?死んでも治らんからバカなんやで?」

黒兵衛が微かに震える声でそう言いながら、泣き崩れているホリーホックの膝元に前足を掛ける。

「ほら、そない泣かんで……ちょっと落ちついてーな。もう少し分かり易く、最初から話してみーや」


「ご、ごめんなさい…」


「ゴメンじゃ分からんだろーがッ!!」

チェイムが吼えるや、再びホリーホックの胸座を掴み、強引に引き寄せた。

「ちゃんと話せ!!洸一に何があった。洸一に何をしたんだッ!!」


「わ、私を……助け様として……崖から……」


「崖ッ!?崖から落ちたのかッ!?」

ガクガクと力強くホリーホックを揺するチェイム。

「どうなんだッ!!えッ!!」


「ご…ごめんなさい……」


「……チッ!!」

チェイムは彼女を突き放すと、一目散に駆け出した。


おいおい、マジか……

あの馬鹿、何をしてんねんなぁ……

黒兵衛もその跡を懸命に追い駆けて行く。

どのくらい走っただろう。

やがて一人と一匹は、切り立った崖の上で足を止めた。

これ以上、進む事は出来ない。


「ま、まさか……ここから……落ちたのか」

チェイムが搾り出すような絶望の声を上げた。

「嘘だ。嘘に決ってる……」


「……」

黒兵衛は、崖の上から下を眺めた。

遥か下方には、闇に閉ざされた広大な森が広がっている。

どう考えても、助かる見込みは無かった。


……あの馬鹿が。剣は肌身離さず持ってろと言うてたのに……

魔法が使えれば、何とか命は助かっただろう。

だが、剣を持たぬ洸一はただの一般人だ。

いや、頭が悪い分、それより少しレベルは落ちるだろう。

いくら強運の彼とて、もはや生存している可能性は皆無だった。


ん?せやけど、この感じは……

死んでない?

どーゆーこちゃ?

媒介者の特殊能力……ってか?

や、良く分からんわ……


「……姉ちゃん、戻ろうや」

黒兵衛は、泣き崩れているチェイムを見上げて呟くように言った。

「そないな所で泣いてると、悲しみに心が潰れてまうで?ここは一発、気持ちを切り替えよーや」


「……」


「とにかく、優先事項から順に進めんとアカン。洸一なら、そう言った筈やで」


「……」

泣いているチャイムは、黒兵衛を抱き上げ、ギュッと抱き締めた。

頭上に、熱い物が滴り落ちてくる。


「あ、あのな姉ちゃん。なんちゅうかな、洸一は……多分、生きてるで」


「……」


「あ、いや、慰めで言うとるワケやないで?ワテには分かるんや。猫の勘ってヤツや。ワテも一応、魔族やしな。それにや、ガチで死んでた場合、恐らくやが、ワテも姉ちゃんも速攻で魔界に召還されとる筈や。召喚やなくて召還の方な。緊急事態って事で呼び戻されとる筈や。せやけど、それがないっちゅー事は、あのアホはまだ生きとるって事や」


「だ…だったら直ぐに探しに行かないと!!」


「ま、待てや。さっきも言うたけど、優先事項から進めるんや。洸一も絶対にそう言うた筈や。馬鹿は馬鹿なりに責任感は強いからな。と言うか、あの馬鹿には何か考えがあるかも知れへん。だから今は先ず、奇襲攻撃を優先させるんや」



死……

これが……死か……

俺はちょっぴり、『死』と言う概念について誰かに問い掛けたい気分になっていた。


うぅ~む、取り敢えず一言で言って……どえらい事になっちょるのぅ。


腕と足は通常では不可能な方向に折れ曲がっており、頭からはドス黒い血がドバドバと溢れていた。

一見して、医者の必要は無いだろうと言う具合にだ。

いま必要なのは、恐らく葬儀屋と坊主に違いない。


しかしなぁ……問題は、そんな些細な事じゃねぇーんだよなぁ。

そうなのだ。

俺は瀕死、と言うか限りなく死んじゃってる自分の肉体を独り眺めているのだ。


うぅ~む、これがいわゆる、霊魂、というヤツですかい?

がしかし、今の体はヤケに肉感的な感じがした。

確かに、全体的に何だか少し透けて見えたりもするのだが……

感覚がある、と言うのだろうか?

叩いたり抓ったりしても、ちゃんと痛みすらある。

もちろん、他の物体にも触れる事が出来る。


幽霊って、こう色んなモノを通り抜けたり、空をフワンフワンと浮いてたりするもんだと思ってたが……

俺の足はしっかりと大地を踏みしめていた。

と言うか、何だか徐々に体の感覚がハッキリとして来た。

見た目も普通に戻って来ているし……


うむ、分からん事ばかりだねぇ。

腕を組ながら少しだけウロウロと動き回り、俺は考えてみる。


うぅ~ん、どうしてちゃんと死なないんだ?

いや、別にまだ死にたくはないんだけど……

やはり俺が媒介者とやらだからか?

そもそもそれが何なのかは全く知らんし……


「あ~……魔界やら転移やら転生やら……何が起きてももう驚かないだろうと思っていたけど、まだまだ驚くことはあるんですねぇ」

クククと独り笑いながら、こめかみ辺りを擦る。

何だか知らんが頭が痛くなってきた。

難しい事を考えると、俺の脳はファンが付いてないので熱暴走を起こすのだ。

「まぁ、良いか。こうして無事なんだし……ってどこが無事か全く分からんけどな」

俺は襤褸切れのような自分の元肉体を見下ろしながらガハハハと笑ってみた。

取り敢えず、埋めた方が良いのかな?

凄く可哀想だし。


「とは言え、道具も無いから無理か。ま、しゃーないから自然に任せるとするか。具体的に言うと小動物や虫の餌だけど。うむ、洸一チン、哀れなりける」

さてと、自分の無残な死体を眺めていても楽しくないし……皆の所へ戻るとするか。

「って、どうやって戻れば良いのかサッパリ分からんけどな!!」









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