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★第57話目


な、なんざんしょ?

俺は目を瞬かせ、頭を掻きながら、取り敢えずチェイムの元へと駆け寄った。

「ど、どうした?一体何が、どーなったんだ?」


「洸一…」

彼女は、どことなく気まずそうな顔をしながら、ツイと視線を外した。

「別に……何でもない。ちょっとだけ言い争ったんだ」


「そ、そうかぁ?」

ホリーホック、えらい剣幕でしたぞ。

「んで……何を話したんだ?」


「……洸一に……愛された事とか……色んな事」


「そそそ、そうか」

つまりは、全部バラしてしまったと……

ありゃまぁ、ですな。

「まぁ……そのぅ……なんちゅうか……」


「……ごめん」

チェイムはペコリと頭を下げた。


「ふへ?」


「あ、頭では分かってるんだ。今は事を荒立ててる場合じゃないってのは。ただ……何て言えば良いのかな。私は二荒真咲としての記憶は戻ったけど、この世界ではまだチェイムとしての記憶もあるんだ。だから……あの魔王を見ていると、どうしてもな」


「……なるほど」

ま、確かに勇者としては放っては置けんわな。

「んでさ、どうだった?直に話してみて……何か感じるモノがあったか?」

と、俺がチェイムに尋ねると、横合いから黒兵衛が

「あ?何の事やねん?」

そう口を挟んできた。


「や、なに……もしかしたらホリーホックがさ、誰かの生まれ変わりである可能性が高いって事で……」


「あ~……前にもそんなこと言うてた記憶があるんやが……確証はあるんか?」


「まだ分からん。俺的には、かも知れない、ぐらいのレベルだ。チェイム……実際にホリーホックと面と向かって話してみて、何か感じるものはあったかい?」

俺がそう問い掛けると、チェイムは予想外に大きく頷いた。

「おいおい……マジか?」


「あぁ……100%の確証は無いけど、確かに何かを感じた」


「そ、それで?ホリーホックは一体、誰の生まれ変わりで……」


「多分……優貴だと思う」


「なんと!?」

俺は仰け反り、そのまま黒兵衛と顔を見合わせた。

よもやホリーホックが、あのベリベリーなショートヘアーが似合う熱血格闘娘(しかしまだ未熟)の転生した存在だったとは……

あ、言われてみれば、確かにと思う所があるわい。

思い込んだら試練の道を驀進する所とか、変な所で頑固過ぎて融通が利かない所とか。


「あ~……葉室の姉ちゃんか。裏山の主の」


「ま、そう言われると、確かに、って思うよね」


「榊の姉ちゃんやなくて良かったな、自分」


「ホリーホックが穂波だったら、俺が勇者の代わりに成敗していた所だ。この世界の平和を守るためにな」

そんな事を言いながら黒兵衛と笑い合ってると、チェイムが小首を傾げながら、

「気になっていたんだが、その猫はもしかして……」


「ん?あぁ……紹介がまだだったな。こいつは黒兵衛。俺の相棒でのどか先輩の自称使い魔だ」


「自称ってなんやねん」


「そ、そうか。喜連川先輩の……」

チェイムは少しだけ首を傾げ、チョコンと座ってる小汚い黒猫を見つめた。

「ふむ……あのお嬢様も、変な所で庶民的なんだな」


「あ?そらどーゆー意味や、姉ちゃん?」


「ま、まぁまぁまぁ、気にすんな黒兵衛。人間、時には間違いを犯す時がある。のどかさんだって、きっと何か魔が差して……」


「だから、どーゆー意味やねん。あん?」


「がははははは」

俺は笑いながら、彼の骨の浮き出た貧相な頭を撫でた。

「取り敢えず、真咲しゃんは見つけた。後はホリーホックが生まれ変わりかどうか確かめるだけなんだが……」


「せやな。せやけどホリーホックの姉ちゃん、何や泣きながらどっかに行ってしもうたけどな」

と、言いながら黒兵衛が、ホリーホックの走り去った方へ視線を向けると、

「く、黒兵衛殿ーーーーッ!!」

けたたましい足音を響かせ、小太りな喫茶店のマスター、パーソンズ親衛隊長が額に汗を掻きながら慌てて駆け寄って来る所だった。

「な、何事かあったのです……か……」


「……よぅ」

俺は片手を上げて気さくに挨拶。


「しゅ、守護天使殿ッ!?」

パーソンズは驚いて俺を見つめた。

「い、何時お戻りになられたのですか?」


「ハハ……ついさっきだ。それより、そんなに慌ててどうした?」


「ハッ。実はそれが……今しがた、ホリーホック様がいきなり泣きながら洞窟から出て来られて……何か起こったのかと。と、取り敢えず、部下に後を追わせていますが……」


「ありゃまぁ」


「お、おい洸一。これは……追いかけた方がエエんでないかい?」

と黒兵衛。


「ぬぅ……なんちゅうか、とっても面倒な事になりそうな予感が」


「あんなぁ…」


「わ、わかってるよぅ」

俺はチラリとチェイムを覗う。

彼女もどこか心配気な顔をし、俺に向かって無言で頷いてくれた。

「……よし。ンだったら、俺様が連れ戻して来てやろう」



後事を黒兵衛に託し、俺は独り、月明かりだけを頼りに、闇に閉ざされた森の中をホリーホックの姿を求めてさ迷い歩いていた。

ったく、何処へ行ったんですかねぇ……

濡れた落ち葉や大きな木の根っこに足を取られながらも、俺は休む事なく道無き道を進む。

って言うか、何だか黒兵衛やチェイム、そしてパーソンズのおっさんに急かされるようにして鍾乳洞を出た結果、魔法剣を置いて来てしまった。

洸一、超うっかりさんだ。

と言うかただの間抜けだ。

魔法を使って辺りを明るくするとか、そもそも魔法でホリーホックを探せば良いのに……

洸一、実に迂闊なり。

今、敵に遭遇したらアウトですぞ。


どうしよう?

取りに戻るか?

いや、既に結構、歩いて来ちゃったし……

そもそも洞窟の場所が、既にあやふやな感じだ。

つまり、少々迷子状態だ。


パーソンズの部下達も、どこを探しているのやら……困ってしまってワンワン泣いちゃいますぞ。

そんな事を思いながら、木々を掻き分けて進む洸一チン。

しっかし、ホリーホックも思い込みが激しいと言うかちょいとアレと言うか……

ちゃんと話せば分かるのになぁ。

……

何を話すのか謎だけど。


やがてどれくらい歩いただろう。

鬱蒼とした森が途切れると、いきなり切り立った丘の上に俺はいた。

遥か足元の下には、無数の光点が瞬いている。

恐らく、パインフィールドに侵攻してきた敵軍の夜営陣地だろう。


なるほど。

俺は腰を屈め、目を凝らす。

ここからは敵陣地が一望できるな。

中々に良い場所で御座る。

「ふむ、早い所ホリーホックを探さないとな。奇襲攻撃が出来ねぇじゃねぇーか」

俺は崖に沿って、慎重に歩を進める。

この高さから落ちたら、とても痛いだろう。

ってか、先ず助からないだろう。


「しかし一体、何処へ行ったんやら」

本当に、魔法剣を忘れて来たことが悔やまれる。

魔法剣を持たないこの俺は、この世界ではTHE・役立たずだ。

ポケット機能がない国民的ネコ型ロボだ。


俺はフゥ~とやるせない溜息を吐き、何気に視線をさ迷わせると、

「んにゃ?」

緩やかな斜面を上がった所にある大きな木の根元に、何やら岩のような影を発見した。

目を凝らして良く見ると、座っている人影だ。


……ホリーホックかにゃ?

俺は足音を忍ばせそっと近付くと、月明かりに照らし出された悲しげな横顔が目に入った。

穏やかな風に微かに揺れる青い髪。

瞳を伏せ、彼女は蹲るようにただその場に座っていた。


「……ホリーホック?」

俺は静かに声をかけた。


「―ッ!?」

慌てて此方を振り向く彼女。

そして何かを言おうと口を開き掛けるが、そのままギュッと唇を噛み締めるや、いきなり立ち上がり、背を向けて走り出してしまった。


「うおぅッ!?いきなり遁走って……ちょっと待てって!!待ってちょーらい!!」

俺は弾かれた様に後を追いかけた。

「お、おいホリーホック!!いやさホリーホックさん!!と、止まれって!!止まってくれよぅぅぅ」


「……」


「ハァハァ……す、少しは話しを聞いてくれ。あ、いかん……横腹が痛くなってきた」


「……」


「ハァハァ…ゼーゼー……ちょ、ちょいとお待ちなせぇ」

ぜ、全然、追い付かねぇ。

魔法剣にばかり頼っていて、体が鈍ったかな?

実にアカンですな。

少しは鍛え直さないと……

「ハァハァ……ほ、本当に……待てって」


「……」


「ハァハァ……ゲ、ゲロ吐きそう。くそ……ホ、ホリーホック!!ゼーゼー……い、言う事を聞かないと……ほ、本当に嫌いになっちまうぞッ」


「……」

その言葉に、彼女の速度はみるみる緩やかになり、そしてそのまま立ち止まった。


「ハァハァ…ゼーゼー……フゥフゥ」

ちなみに僕チャンは、既に体力の限界だ。

眩暈までする。

「よ、ようやく……ゼーゼー……と、止まって…くれたか」

俺の心臓も止まりそうだ。


「……」


「ホ、ホリーホック」


「き、聞きたくありませんッ!!」

彼女は振り返りもせず、そう言い放った。

「だ、大魔王様の話なんて、聞きたく無いモン!!」


「……まだ何も話してないんじゃが……」


「……」


「な、なぁホリーホック。あのさぁ、少しは落ち着いて話を聞いてくれよ」

俺は彼女に近付き、そっとその肩に手を掛けた。

「その……チャイムの事はさぁ、実は大いなるワケがあって……」


「い、言わないで下さいッ!!」

彼女は俺の手を振り払うかのように振り向き、そして怒鳴った。

キッと俺を睨みつける瞳。

目尻には、月明かりに反射する銀の粒。

こんな彼女を見たのは初めてだ。

「あ、あの女の事なんて……何も聞きたくありませんッ」

そう言ってゴシゴシと腕で涙を拭く。

だが、それは何度拭っても次から次へと溢れ出て、彼女の頬を伝わって地面に落ちて行った。

「な、何も……聞きたく無いんだもん」


ぬぅ…

「ホリーホック」


「だ、大魔王様は……私を裏切ったんだもんッ!!」


「……へ?」

いや、何のこと?


「い、一緒に……一緒に居てくれるって言ったのに……わ、私は……私はいつも独りだもんッ!!」

そう叫ぶや、彼女は踵を返して再び走り出す。

「も、もう……大魔王様なんて信じないんだから!!」


「ままま、待てって!?そっちは崖でしょーがッ!!」


「――えっ?」

驚き此方を振り向く彼女。

その姿が、まるでスローモションのように俺の視界から消えて行く。


「ホ、ホリーホーーーーーーックッ!?」



……間一髪だった。

だがしかし、俺は死ぬかもしれん。


不用意に走り出したホリーホックは、まるで投身自殺でも図るが如く崖の上から飛び出してしまった。

もちろん、このナイスでグレイトでおまけにエレガントな青春三冠王な俺様は、考えるよりも早く体が反応した。

重力に従い崖下へ転落して行くホリーホックの姿見るや、素早く駆け出し滑り込むようにして腕を伸ばしてダイレクトキャッチ。

そのままズルッと自分も落ちそうになるが、運良く崖の縁から飛び出していた木の根っこを掴み、体を支える事が出来た。

しかしながら二人とも、現在は宙ぶらりん状態だ。

中々にワンダフルな展開である。


「だ、大丈夫かホリーホック?」

彼女は俺の右手をギュッと握り締めていた。

真下には、闇に閉ざされた広大な森が広がっている。

落ちれば確実に命を落とす、と言う事は考えるまでも無かった。


「……」


「ま、待ってろよ。今、引っ張り上げるからな」

叫びながら木の根っこを掴んでいる左手に力を込めるが……うん、無理だ。

利き手じゃないので力が余り入らないのが致命的だ。


ぬぅ~ん……お、重いなり。

片手で自分一人がぶら下がっている状態でも厳しいのに、そこにもう一人ぶら下がり、そこから引っ張り上げるなんて芸当は、いくらタフガイな俺様でも無茶な話だ。

一般的高校生(?)な俺は、そこまでの超人的な筋肉は持ち合わせていないのだ。


く、悔やまれるなぁ。うん、本当に拙った。ちゃんと魔法剣を持って来れば……

いや、でも……剣を持ってたらホリーホックに手を伸ばせたかどうか……

や、そう言う時はやはり魔法で……でも慣れてないから、咄嗟に判断出来るかどうか……


歯を食い縛りながらそんな事をボンヤリと考える。

力を入れ過ぎて、頭の血管が切れそうだ。


「だ、大魔王様…」

不安そうな顔で俺を見上げるホリーホック。

両腕を伸ばし、命綱である俺の右手を懸命に掴んでいる。


「だ、大丈夫だぞ?」

とは言ったものの、ちっとも大丈夫ではなかった。

この状況で笑えるほど、俺は楽天的では無い。

ただ、人より幾分かポジティブなだけだ。


ぬぅ……困った。

これは確実に落ちる。

そしたら死ぬ。

でも、たぶん即死だ。

つまりは痛くない。

だから怖くない。

うん、大丈夫だ。

OK、ポジティブシンキング終了。


やれやれ、少しだけ心が落ち着いたわい。

けどまぁ……拙いですね。

や、俺が死ぬのは良い。

……

別に良くはないけど、取り敢えずの覚悟は出来た。

ただ、ホリーホックを巻き添えにするのはねぇ……うん、本当に拙いですよ、これは。


「ぐ、ぐぬぅ」

しかし本当にどうするよ?

先ず第一に、俺とホリーホックを支える左手が疲れで痺れて来た。

力も入らず、あまつさえ汗も滲んできて手の平が滑る。

そして第二は、掴んでいる木の根っこが、何だかメリメリと嫌な音を立て始めた。

そもそもこの細い枝で人間二人を支えていること自体が、既に奇跡なのだ。


ど、どうする?どうするよ洸一チン?

これから俺はどう行動するのがベストだ?

取り敢えず頭の中では、3通りの打開策が上奏された。


其の壱『ホリーホックを落とす。その頭を蹴ってでも』

でで、出来るか!?

俺は貫一か?

そこまで無情、無慈悲な男じゃないやい!!


其の弐『体力の持つ限り、助けを待つ』

いやいやいや、この現状を誰が知る?

運良くここを通るのを待つってか?

その前に、確実に落ちるね。


其の参『飛行形態に可変(洸一ガウォークモード)』

……論外。


むぅぅぅ……こりゃアカン。

もう二進も三進も行かない状態だぜ……

俺はクククと苦笑した。

こんな絶望的な状況では、自然と笑みが溢れて来るのが不思議だ。


「……だ、大魔王様」


「ん?どうした?」


「あ、あの……手を、放し下さい」

真剣な眼差しで、彼女は俺を見上げながらそう呟いた。

「こ、このままだと。二人とも落ちちゃいます」


「……まぁ、そうですな」


「だ、だから……」


「……しゃーねぇーなぁ」

俺はもう一度、苦笑を溢した。

「良いかホリーホック?今から俺が言う事を、ちゃんと守れよ?先ず崖の上に戻ったら、そのまま皆の所に戻るんだ。それから、例の奇襲作戦の開始だ。それ以降は黒兵衛の指示に従ってくれ。……良いな?」


「だ、大魔王様?」


「良いか?俺が合図したら手を離せよ?チャンスは一度っきりだからな」

言いながら俺は、彼女の手を掴んでいる腕を振り子の様に揺らして行く。

その度にギシギシとか細い木の根っこが嫌な音を立てるが……もう少しだけ踏ん張ってくれよ。

「1……2の……3ですぞッ!!」

そのまま思いっきり反動をつけて、俺は彼女を真上に放り投げた。

「今だ!!手を離せッ!!!」

全身のバネと筋力を使い、彼女の体を頭上へと押し上げる。


「ッ!!」

手を離した彼女の体は、弧を描く様にして崖の上へと飛んで行った。

それと同時に、思った通り無茶な運動が祟ったのか、俺を支えていた木の根っこがズルッと音を立てて崖の淵から引き抜かれて行く。


……しゃーねぇーなぁ……

見る見る遠ざかって行くホリーホックの姿。

やれやれ、結局見つけたのは真咲しゃんだけだったか……

ま、後のことは黒兵衛とグライアイが何とかしてくれるだろう。


「……参ったね、どうも」

残り9人が見つけられなかったこと。

ただそれだけが心残りだった。







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