遁走
★第48話目
俺は皇女と男爵と共に、無事に城を抜け出し、一旦チェイム付き執事のナッシュ老人の居館に戻った。
ちなみに、第2皇女とやらには蹄の両手両足をプレゼントしてやり、オマケに豚の鼻まで付けてやった。
見世物としては充分だろう。
兵士達に罪は無いので、取り敢えずは金縛り状態のままで放置。
ま、数時間もすれば動けるようになるだろう。
んで、取り敢えず残る問題としては……
これからどうしよう、と言う事だが、何はさて置き、俺様はメシを食べたいぞ。
「ひ、姫様ッ!?」
屋敷に戻った俺達に、鶏ガラのようなナッシュと言う老人はそう叫ぶや、
「よ、よもや御無事にお帰りになられるとは……く、くぅぅぅ」
声を振るわし物凄い勢いで号泣してしまった。
滝のように涙を流す老人って……何だかちょっぴり怖い。
「……心配掛けた」
チェイムは優しく、老人の肩に手を置く。
「で、ですが本当に良く御無事で。地下牢に監禁されたと聞いた時は、お命が絶たれるとばかり思っていました。ですが、よもやこうして再びお会い出来ようとは……どうやら誤解も解け、陛下のお怒りも収まったようで、何よりで御座います」
「……いや、そうではない」
チェイムは静かに頭を振った。
「私は既に、お尋ね者だ」
「そ、それは一体……」
「全ては、ヴィンスの仕組んだ策略だった」
彼女はどこか自嘲めいた笑みを浮かべると、これまでの経緯を滔々と事細かに語り出した。
その度にナッシュ老人は驚き、そして頷き、また号泣する。
この老人は余程彼女を可愛がってたに違いない、と俺は思った。
「な、なるほど。で、間一髪の所でこちらの兵士の方……」
チラリとナッシュ老人は俺を見やり
「ダイクン殿に助けられたと言う訳ですな?」
「ダイクン殿?」
チェイムはクリッとした目を更に大きく開き、
「そなたはダイクンと言うのか?」
と尋ねてきた。
「ま、まぁな。キャスバル・ザ・チルソニアン・ダイクンJr……あれ?少し前と名前が違うような気が……ま、まぁともかく、色んな意味で赤い人だ」
俺は顔を知られないように注意深く兜を被り直し、独り頷きながら言った。
「おや?姫様は御存知なかったのですか?」
とナッシュ老。
「この御方は諸国を巡り歩いている旅の者で、かの大魔王の元よりピッケンズを救ってくれた御方です。しかも病で失明した夫人の目を摩訶不思議な魔法でたちどころに……」
「そ、そうなのか?」
「まぁ……そんな事もあったような……」
俺はチラリと男爵に目をやり、軽く肩を竦めた。
「しかし、そもそもダイクン殿はどうして姫様の危機を?それにピッケンズも……」
ナッシュ老は首を捻ると
「そ、それはですなぁ」
慌てて男爵が口を挟んだ。
「その……某が宮廷で、殿下に危機が迫ってると聞き及び……その……その事をダイクン殿に申し上げたら、それは何としても助けねばならんと申しまして……」
「そうか。しかし、何故ダイクン殿は見知らぬ私を?」
チェイムが小首を傾げ、俺を見つめる。
「ん?はて、そなたとは……どこかで会ったような気が……」
もちろん俺はブルルンと首を高速で振り、否定する。
「き、気のせいでござるよ。ニンニン」
「そ、そうか?」
「し、しかし殿下。これからどうします?」
ピッケンズは真剣な面持ちで話題を変えた。
「私も、既に陛下に対して叛旗を翻した身。妻を連れて帝国を後にするしかありませんが……」
「私は……取り敢えず大魔王を討つ」
チェイムは断言した。
「彼奴めを復活させたのは私の責任。それに……例えヴィンスの策略と言えど、彼奴と繋がりがあると疑われるのは心外だ。かの大魔王を討ち、身の潔白を証明してやるッ!!」
ややっ!?そ、そんなご無体な……
「あ~…それは少し……」
男爵は今にも泣きそうな顔で、俺を横目で見つめながら口を開いた。
「敗軍の将である私が言うのもなんですが、彼は良い人ですよ」
「は?彼?良い人?」
チェイムが鋭い眼差しでピッケンズ男爵を睨みつけた。
「え、ええ。その……大魔王と言う呼称も、我々が勝手に言ってるだけで……カーレ、今はパインフィールドと言いますが、かの地の者は皆、彼を救国の英雄として崇めていますし……それに彼自身も、困ってる人は見捨てて置けない優しさ溢れる男の見本のような……」
「ん?待て?」
と、横合いからナッシュ老が、
「救国の英雄とか言うが、ピッケンズはその者に殺されそうになったのだろ?そこをダイクン殿に助けられたと聞いたが?」
余計な事を言ってくれた。
「や、それは、そのぅ……」
うぅ~む、正体を隠すのも限度かな?
俺は溜息を一つ吐き、顔を隠している兜に手を掛けた瞬間、
――ドンドンドンッ!!
いきなり慌しく、乱暴に玄関戸を叩く音が響いてきたのだった。
★
――ドンドンドンッ!!
慌しく乱暴に扉を叩く音が玄関ホールに響いた。
「開けろッ!!帝国近衛隊の者だ!!」
俺は男爵とチェイムと共に急いで隣室へ駆け込み、息を殺して様子を覗う。
『こ、これはこれは近衛隊の皆さん。はて、いかがなされましたかな?』
扉越しに、ナッシュ老人の慇懃な声が響いてくる。
『この屋敷にピッケンズ男爵と言う者がいる筈だ。速やかに呼んで来いッ!!』
居丈高な若い男の声。
何だか知らんが、超ビッグな態度だ。
(近衛隊の連中は、エリート意識の塊みたいな輩が多いですから……)
苦々しげに男爵が耳打ちしすると、チェイムも頷きながら、
(仕方あるまい。近衛隊は名門貴族の子弟達で構成されているんだ。気位も高くなる)
『はぁ……ですがピッケンズは、今朝から戻って来ておりませんが……あの者が何か?』
『お前には関係ないッ!!ならば彼奴の家族はどうしている!!』
『……はて、ピッケンズが連れて行ったので、今はこの屋敷には居りませんが……』
のらりくらりとした感じで、ナッシュ老人は恍けた。
『爺ィ……隠すと為にならんぞ』
『隠すだなんて、何故に私が近衛隊の皆様に隠し事を?』
『フンッ、どうだかな。彼奴は反逆者だ。匿えば貴様も罪に問われるのだぞッ!!』
(ハハハ……アッサリとばれたようですな)
男爵は小声で苦笑した。
(強力な魔法とかで、兵達を眠らせておけば良かったですなぁ)
「それを言うな」
俺は軽く溜息を吐き、
「なんちゅうか、腹が減ってなぁ……取り敢えず、あの場は早く帰りたかったんだよ」
結局、未だに飯食ってねぇーし。
物凄い飢えを感じますよ。
今なら嫌いなグリーンピースだって食えるかもしれんぞ。
(しかし……これからどうするのだ?もはやこの屋敷に留まる事は危険だぞ?)
チェイムが顎に手を掛け難しい顔をするが、その前に服を着替えた方が良いんじゃないか?
切り裂かれた胸元から、何やらドキドキするものがチラリと見えちゃったりするんだが……
ま、暫くは黙っておこうか。
(取り敢えず、この屋敷から脱出した方が宜しいですな)
と男爵。
(幸い、地下のワイン倉庫から水路に出る抜け道がありますし……そこから一旦街へ出ましょう)
そう言って、扉にそっと鍵を掛ける。
(だがナッシュが…)
チェイムが心配げに扉を見つめる。
(大丈夫ですよ殿下。伯父殿は聡明な御方ですから……私が取る行動くらい、読めるでしょう)
「ふむ……しかし街へ出てどうする?それに奥さんは?あと僕ちゃん物凄くひもじいのだが……」
何しろ朝飯食ってから飲まず食わずで既に夕刻だ。
しかもこちとら育ち盛りの年頃。
今の俺ならパン一切れで人を殺めるかも知れん。
(妻は幸い、伯母と共に行き付けの店へ買い物に出掛けております。私が責任を持って連れてきますよ。ですからダイクン殿と殿下は取り敢えず、ベイカー通りにある獅子亭という宿屋に隠れていて下さい。あそこの主人には顔が利きますからね)
ピッケンズはそう言って軽くウィンクした。
(さ、近衛隊の連中が家捜しをする前に、さっさと退散する事にしましょう)
★
俺達は見つからないように、少々冷んやりとした室温のワイン倉庫に降り、その一番奥の鉄柵を開け地下水路に出た。
「ここを道なりに進みますと、街の下水路に出ることが出来ます。そこを更に進んで、通り沿いの川辺りに出ましょう」
小さな松明を掲げ、ピッケンズは早足に歩き出した。
チェイムがその後を、更に俺が最後尾を守って付いて行く。
ピチャピチャと水に濡れたレンガ造りの水路は「申し訳ないっす」と言わんばかりに滑り易く、しっかりと踏ん張って歩かないと今にも転びそうだ。
しっかし、ホンマに腹が減ったなぁ……
いや、マジで。
胃袋なんか既に男泣き状態ですよ。
そもそも、何もしてないならまだしも、色々と体を動かしてカロリーをめっちゃ消費したからねぇ……
さすがの俺様も、飢えと疲労で眩暈までして来たよ。
あ~……取り敢えず街へ出たら、何か補給しないと……
腹が減っては戦は出来ん、と昔の人は上手いこと言ったモンだね。
そんな事をボンヤリと考えていると、不意に目の前を歩いているチェイムが、
「キャッ!?」
と可愛い声を上げ、いきなり足を滑らした。
「――ッと!?」
俺は慌てて転びそうな彼女をナイスキャッチ。
腰と二の腕に手を差し伸べ、彼女を抱き止めた。
「だ、大丈夫かチェイム?」
「あ…」
彼女は目を大きく見開き、俺を見つめた。
薄暗い地下水路の中、彼女の大きな双眸はどことなく潤んでいる。
「……ん?」
「あ、いや……ネズミが足元に……それで驚いた」
彼女はそう言いいながら、そっと俺から離れ、
「あ、ありがとう。……助かった」
「まぁ……足元には注意してくれよ」
俺はチェイムと再び歩き出しながら、チューチューと鳴き声を発して走り去って行くネズミを見つめる。
「……ごくり」
――はッ!?
い、いかんいかん。
ドブネズミが美味そうに見えてしまった。
これは本格的にヤバイですぞ。
「な、なぁ……ダイクン殿」
前を歩く彼女が、小さな声で俺の名を呼ぶ。
「ん?」
「あ、いや、大した事はないんだが……」
「……?」
なんだろう?もしかして何か食べ物でも持っているのかな?
「その……ハハハ……や、やッぱり良い。気にするな」
「そ、そう言い方をされると、えらく気になるんだが……」
「き、気にするなと言ったであろ!!」
彼女は何故か眉間に皺を寄せ、スタスタと早足で進んで行った。
はて……?僕チン、何かやったのか?
★
「お、これは男爵閣下じゃないか」
少々入り組んだ下水路を通り抜け、ベイカー通りと言う所の少し路地裏に入った場所に、目的の『獅子亭』という古風なバーを兼ねた宿屋は在った。
入り口から入ると、カウンターには少し太めの中年男性が、愛想の良い顔で挨拶してくる。
「一年振りじゃないか?いつ帝都に戻って来たんだい?」
「閣下はやめてくれよ、リグビー」
男爵は苦笑しながら言った。
「あ、ここのマスターは、私の義兄なんです。エバの兄さんなんですよ、ダイクン殿」
「そ、そうか」
ぬぅ……美人の奥さんの兄君か。
な、なんか……全然、似てない。
遺伝子が違うのではなかろうか?
「ん?護衛の兵隊さんかね?それと……どこぞのお嬢さん?」
リグビーという名の人懐っこそうな店主は、俺とチェイムを見ながらそう口を開いた。
「あ、いや……彼は私の恩人だ。それにその御方は……」
チラリと男爵が俺に目配せする。
分かってるって……
俺は頷き、
「ダイクンだ。キャスバル・ザ・レッドシュウイチ・ダイクン……だったか?ともかく、冒険者だ。それとこっちの連れはチェイ……あ~……アルテイシアだ。俺の女房だ」
「――なっ!?」
チェイムは胸を隠したマントをギュッと強く握り締め、今にも怒声を発しそうな顔をするが、
(お、おいおい。まさかここで、実は皇女ですぅ~テヘッ♪とは言えねぇーだろ……)
俺はそっと耳打ちした。
「そ、そうか…」
「へぇ~……恩人ねぇ」
店主は興味深けにチラリと俺を見やり、男爵に視線を戻すと、
「で、ピッケンズ。用件はなんだい?」
「なに、一晩部屋を貸してくれ。ちょいとワケありでな。今は屋敷に戻れんのよ」
「……3階の大部屋と小部屋が空いてる。自由に使ってくれて構わんよ」
店主は理由も聞かず、微笑みながら言ってくれた。
「ハハ……悪いなリグビー」
男爵は笑顔で、歳下の義兄の肩を軽く叩いた。
「それではダイクン殿。私は女房とナッシュ夫人を探しに行って来ますので、部屋に居て下さい。あと、くれぐれも無茶な事はしないで下さいよ」
★
「あ゛~……腹、減ったなぁ。夕飯が待ち遠しいなぁ」
案内された小部屋で、俺は外の景色を眺めながら呟いた。
既に夜の帳は降り、街の彼方此方から夕餉の煙が上がり、良い匂いが漂ってきている。
俺は情けない溜息を吐きつつ、凹んだ腹を擦りながら部屋を見渡す。
小部屋と言っても大きなベッドはあるし、小さいながらもリビングもある。
10人ぐらいだったら雑魚寝が出来そうな立派な部屋だ。
「ど、どうでも良いが……どうして私が相部屋なんだ?」
未だマントを羽織っているチェイムが、少しだけ唇を尖らせてそう言った。
「へ?う~ん……だって夫婦という設定だしなぁ……別にエエんでないかい?ところでチェイム、着替えは無いのか?」
「な、無い」
「ん~……そっか。ま、男爵が何か買ってくるだろうよ」
「そ、そうだな。しかし……」
チェイムはチラリと俺を見やり、
「どうしてダイクン殿は部屋の中でまで、兜を被っておるのだ?ずっとそのままでは、頭が蒸れてしまうぞ?」
「き、気にすんなチェイム。時に男は、こう言う物を被りたい時もあるのよ。ちなみに今がその時なのだ」
俺はガハハと意味不明に笑った。
「ま、まぁ……気にはしてないが……」
「……?」
見ると彼女は、モジモジと何だか気恥ずかしそうだった。
はて?下水路から妙に照れたり、かと思ったら急に怒り出したり……情緒不安定だぞよ。なんでだ?
やはり、色々な事が起きて、精神的に参っているのか?
はたまた服が破れてオッパイぽろリで御座る状態だからか?
……
でもなぁ……勇者として修羅場は潜り抜けて来た筈だから、そんなに柔な心は持ってないと思うんじゃが……
「なぁ、チェイム」
「な、なんだ?」
「何かさぁ……あったの?それとも俺、なっちょらん事でもしたか?」
「な、何をいきなり……」
彼女は少しだけ眉根を顰めながら首を傾げる。
「あ、いや……何かさっきから調子がおかしいって言うか、変に照れたり怒ったりするから……」
もしかして、チラチラと胸を見ているのがバレた?
そんなの、しょーが無いじゃん。
だって男だもん。
女の子を胸見るのは、宿命というか本能だもん。
お釈迦様やキリストだって、年頃少女のおっぱいがそこにあれば、充血する勢いでガン見するっちゅーねん。
「そ、それは……ちょっと……戸惑って……」
声にならない小さなチェイムの声。
「はにゃ?戸惑ってって、何が?」
「だ、だっていきなり……名前……呼び捨てにするから……」
「……はい?」
え?どう言う事?
「き、き…気にするな。その……物心ついた時から、周りからは姫様とか殿下とか言われてたから……名前だけを呼ばれるのに、慣れてないんだ」
「あ、もしかして、なっちょらんか?」
うぅ~ん、そりゃそうか。
もし仮に、信長公とかに、「あれ?お前もしかしてノブノブじゃね?」とか気安く声掛けたら、速攻で一族郎党燃やされるかも知れんしな。
「となると、やっぱお姫様だから、チェイム姫とかチェイム殿下とか、プリンセス・チェイムとか言った方が良いか?」
「そ、そんな事はないッ!!」
彼女は突如大声で叫ぶが、不意にソッポを向くと、
「わ、私は……既に称号を捨てた身分だ。だ、だから……ダイクン殿の好きなように呼ぶが良い」
「あ、うん。まぁ……俺は昔から人を名前で呼ぶ民族みたいなものだからなぁ……チェイムって呼んで良い?その方がしっくり来るし」
「か、構わんと言ったぞ」
彼女は何故か嬉しそうに、コクンコクンと頷いた。
うぅ~む、しかしなんだなぁ……
チェイムも、初めて出会った時はおっかねぇ女の子だと思ったが、なんちゅうか……可愛いところがあるじゃないか。
洸一、少しだけトキメキましたぞ。




