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ミッション・スタート


★第46話目


「懇意にしている後方勤務の兵士にお願いして、取り敢えず用意は出来ましたが……本当に大丈夫ですか?」

ピッケンズ男爵は、俺が昨日頼んでおいた一般兵士用の装備を手渡しながら、どこか不安そうに言った。

「変装するとは言え、堂々と正面から皇宮に侵入するのは、些か危険過ぎるような気が……」


ちなみに今朝の男爵は、目にクマまで出来ていて、何だかお疲れのご様子。

代りに美人の奥さんは艶々としていた。

……何があったのだろう?


「大丈夫だって。あれだけ大きな城だ……兵士が一人紛れ込んだって、分かりゃあしないって」

言いながら俺は、背中に担いだ魔法剣を床に下ろした。

「しかしまぁ、コイツは持っていけないなぁ」


「た、確かに守護天使殿の剣は風変わりなので、かなり目立ちますが……無防備になりますぞ?」


「……心配いらん」

俺は男爵の肩を叩きながらニッコリ笑った。

「何を隠そうこの俺様、実は素手でも強いのだ。ふっ……総合格闘技会の新星とは、実は俺の事だったのさ」


「は、はぁ?」



「……殿下。朝食の御用意が整いました」

執事のナッシュ老が恭しく頭を下げると、チェイムは読み掛けの本をテーブルの上に置きながら、コクンと頷いた。

「なぁ、ナッシュ」

自室の丸テーブルに腰掛けながら、どこか悲しそうな声で信頼する執事の名を呼ぶチェイム。

「宮廷裁判は、まだ審理が続いておるのか?」

昨日は裁判の途中で、自室にて控えているようにと言われたのだが、それっきり何の音沙汰も無い。

それが却って、彼女を不安にさせていた。


「は、はい。その事で、少しばかり良からぬ話がありまして……」

ナッシュは重い溜息を吐きながら続けた。

「宮廷監査官とヴィンス伯爵閣下が、カーレ陥落について、殿下に直々にお話したい事があるとの事で……」

「カーレの陥落の事で?……それすらも私のせいにするつもりか」

チェイムは吐き捨てるように言った。

「い、今まで……帝国の為に頑張ってきたのは、一体何だったのか……」

「殿下……」



「しかし、守護天使様は専守防衛に努めろと仰ったが……兵力が違い過ぎますなぁ。果して支え切れるかどうか」

モーニングコーヒーを啜りながら、ウィンウッド次席将軍が溜息混じりにそう漏らした。

親衛隊長のパーソンズが顎を摩りながら頷き、

「敵が来るまで手を拱いて待っていると言うのは、いささか消極的過ぎやしませんか?士気にも関わりますぞ。ここは街道に罠等を仕掛け、時間を稼ぐと言うのはどうでしょう?」

「それも一つの手だが……大将軍殿はどう思います?」

「策を労するには時間も人手も足りないっぺよ」

ミトナットウは歎息した。

「かと言って、パーソンズ殿が言ったように、手を拱いていては士気にも関わるっぺ。士気の低下が一番拙いっぺよ」

「でしょ?何しろこっちは、士気の高さでしか敵を上回っておりませんからね」

「ふむ……黒兵衛殿は、何かお考えがおありか?」

「あん、ワテか?そうやなぁ……あるっちゃあるんやが……」

「ど、どんな考えだっぺ?」

ミトナットウが身を乗り出し、テーブルの上で香箱座りをしている黒兵衛を見つめた。

「敵は1万を超えとる。結構な数の軍やな。そんな大軍の運営においての泣き所はただ一つ、兵站の確保や」

「……なるほど。敵の補給路を狙うと言う訳ですな?」

黒兵衛の言に、軽く頷きながらウィンウッド。

「せや。時間を稼ぐんやったら、敵の補給部隊に攻撃を仕掛けた方がエエな。いくら強い相手でも、空腹では満足に戦えんやろ。士気もガタ落ちやしな」

「でも、敵もその事は充分承知していると思うっぺよ」

ミトナットウが腕を組みながらそう言うと、パーソンズは軽く首を振りながら、

「それはどうでしょう?此方の10倍以上、と言う圧倒的戦力差がありますから……自ずと警戒も緩んでいるんじゃないですか?そもそも例え帝都に駐留しているとは言え、僅かな間さえ置かずに出撃してくるなんて……我々を舐めているとしか思えませんぞ」

「ふむ……ならばどこで急襲を掛けるのが一番良いか……」

ウィンウッドが地図を広げて唸った。

「あ~……ココやな」

前足で地図の一点を示す黒兵衛。

「この帝都からの距離を考えて、恐らくこのバオア山っちゅう所で陣を張る筈や。ワテ等はその近辺に待ち伏せして敵の補給部隊を叩き、そのまま反転離脱するんや」

「なら、バオア山より南の村々の住人を非難させないといけないっぺ。食料が無くなったら、敵は必ず強奪に走るっぺよ」

険しい顔付きでミトナットウ。

「民には迷惑を掛けるっぺが……取り敢えず全ての食料を持ち出して、この城に集まるように伝達するっぺ」

「ふむ……どうやらそれが一番の策のようですな。では皆でもう一度この作戦を煮詰めて、陛下に奏上するとしましょう」



「……」

帝宮の一角にある小さな部屋。

その中でチェイムは粗末な椅子に座り、テーブルを挟んでヴィンスと対峙していた。


……朝食の後ですぐに呼び出されたかと思えば……

彼女はチラリと振り返り、背後の扉を覗う。

壁の向こうから、殺気にも似た気配を幾多にも感じた。

……物々しい警戒だな。しかし、何ゆえこのような……


「……さて、殿下……いえ、チェイム皇女」

訝しがる彼女を前にし、ヴィンスはテーブルの上に両肘を着きながら切り出した。

「貴方に、少々質問があるのですが……宜しいかな?」

「……どうぞ伯爵」

言ってチェイムは、キッと鋭い眼差しでヴィンスを睨みつけた。

昨日の裁判以来、明らかに伯爵の態度は変っていた。

余所余所しく、そしてどこか冷たく。

こうしている今でも、彼は何処と無く薄ら笑いさえ浮かべている。


伯爵……貴方は何を考えている……


「では皇女。先ず第一に、貴方は魔王討伐に赴き、かの大魔王を復活させてしまった。それは事故だったとしても、過失は明らかです。そもそも何ゆえ魔王討伐に赴いたのか?陛下よりの討伐令は出ていない筈でしたが?」

チェイムは深い溜息を吐き、そして答えた。

「何度も述べたように、総督府が領民からの嘆願要請に答えないので、自らの意思で赴いただけの事。他意は無い」

「……なるほど。しかし今の発言は、聞きようによれば……陛下の治世に異を唱えている、との見方も出来ますぞ。総督府は陛下の直轄機関ですし……まぁ、それは良いでしょう。次にお尋ねしますが、大魔王が復活し、貴方は捕われたと聞きましたが、如何様にして逃げ出す事が出来たのか?」

「それも何度も述べたように、私は解放されたのだ。理由は分からんがな」

「……なるほど。しかし、情け容赦無く我が軍の兵士達が殺されたのに、どうして貴方だけは無傷で解放されたのか……些か疑念が生じてしまいますな」

軽く首を振るヴィンスの瞳が、妖しい色に輝いた。

「どうもお話を覗っていると……大魔王とやらは、チェイム皇女にかなり手心を加えているような感じですなぁ」

「……何が言いたいのだ伯爵?」

「陛下の許可も得ずにかの地に赴き、そして大魔王が復活。僅かの時も置かずに城砦都市カーレは陥落し、帝国領の南方に旧パインフィールド王国が復興。貴方は貴族籍を捨ててまで帝都を出ると仰っていましたが……向かう先は南ですかな?」

「なっ…」

「……フッ」

ヴィンスの口元が卑しく歪み、そして軽く身を乗り出すと、チェイムにだけ聞こえるように小さな声で、

「下賎な血を引いた売女が、分不相応な野望を抱いたか?」

「は……伯爵?」


彼の口から漏れた言葉に、チェイムは一瞬、呆然としてしまった。

今までの全てを否定するかのような、悪意に満ちた言葉。

狭い社交界でただ一人の味方から出た台詞は、彼女の半生を悪夢で終らせるには十分であった。


「おやおや、まだお分かりにならないのですか?」

囁くように侮蔑の言葉を並べる伯爵。

「この比類無き帝国貴族の私が、本気で雑種の如き皇女に婚約を申し入れると思っていたのですか?」

「ヴィ、ヴィンス……」

「生クリームのような甘い夢の中を泳いでいた貴方は、見世物としては最高の道化ですねぇ」

「ヴィンスーーーッ!!」

机を吹き飛ばし、激昂したチェイムの拳が唸る。

勇者の称号を持つ彼女は、その拳一つで、意図も簡単に人を撲殺できるのだ。



怒気を放ち、飛び掛って来る勇者に対し、ヴィンスは恐怖よりも先に思わず笑みを溢した。


引っ掛かったか、直情型のバカ女め……


ヴィンスは軽く腰を浮かし、彼女の拳を両手で受け止めると、ワザと思いっきり後ろに倒れた。

ドガガンッ!!と鈍い音が狭い室内に響き渡る。

と同時に、

「な、何事ですかッ!?」

部屋の前で待機していた警備兵達が、扉を蹴破る勢いで慌てて駆け込んで来た。

「こ、これは一体……」

「み、見て分からんのかッ!!チェイム皇女は敵に通じておるのだッ!!こ、この私を、殺そうとしているのだッ!!」

怯え切った演技で、ヴィンスは叫んだ。

「は、早くその売国奴を掴まえろッ!!陛下に弓引く逆徒を捕らえるのだッ!!」


……ふふ、これで良い……

反逆していた皇女。

そして裏切られた私……

これであのヘボ皇帝も、負い目を感じて多少の無理を聞いてくれるだろう。

後は、あの阿婆擦れの第2皇女が上手くやれば……くくく……



あ~……広いお城の中だにゃあ……


俺は途方に暮れていた。

一般兵士に変装して紛れ込んだは良いものの、人目を避けて歩いている内に完璧に迷ってしまった。

だって案内板とか無いんだもん。


しかも、腹まで減ってきたよ……


俺は腹を押さえ、切ない溜息を一つ。

既に時刻は昼を回っていた。

健康な俺の胃袋は「うぐぅうぐぅ」と不満の声を上げている。


う~む、ここは一旦男爵の所へ戻って、奥さん(美人)にメシでも食べさせてもらいたいのだが……如何せん、出口が全く分からんときたもんだ。

幼児だったら号泣モンのシチュエーションですぞ。


俺はもう一度溜息を吐き、延々と続く薄暗い回廊を一人ブラブラとさ迷い歩いていると、

『……で、あの女は今どこに?』

『ふ……地下牢に監禁していますよ』

若い女と男の、囁くような話し声が微かに耳に響いてきた。


……にゅ?

俺は足音を立てぬようにして回廊の柱に身を隠し、どこからか聞こえる声に息を殺しながら耳を傾けた。


『そうですか。ふん、あの生意気な女もこれまでね。それでヴィンス、どう処分なさるおつもり?』

『あの女は、兵や領民にだけは人気がありますからね。下賎な者達に動揺を与えぬ為、極秘裏に処分するようにと……それでその後に、例の大魔王とやらに殺されたとでも宣伝するみたいですよ、あのブタ大臣は』


お、俺?

俺が誰を殺すんだ?


『ヘェ~……でも爺ィが良く許可したわねぇ。いくら嫌っていても、実の娘をねぇ』

『ふ……この私に襲い掛ったという事実は、警備兵の証言もありますし……あのヘボ皇帝も、さすがに何も言えないでしょう』


ぬ?

実の娘……そしてヘボ皇帝……とな?

まさか……女ってのは、あの勇者チャンのことか!?


『でもあの女、本当に反乱軍と通じていたのかしら?』

『さぁ?真実はこの際、どうだって良いんですよ。潜在的な邪魔者を消す、もっともらしい理由があれば良いんです』


む、むぅ……


『フフ……悪い人ね。そんな貴方に騙されてたと知った時のあの女の顔、見たかったわ』

『面白かったですよ。見世物としては最高でしたね』

『それで、どうやってあの女を殺すおもつもりかしら?』

『まぁ……部下達の慰めモノにするには丁度良いでしょうな』


マズイ……こいつは物凄くマズイぜ洸一ちゃんよ……

どうも今までの話を纏めると、この話し声の主達があの勇者チャンを殺そうとして姦計を張り巡らし、哀れ彼女は罠に掛って地下牢に監禁中。

しかも今にも虜囚の辱めを受ける寸前と……

ど、どうするよ洸一ッ!?

早く助け出さないといけないが……地下牢ってどこにあるんだ?

洸一、現在絶賛迷子中ですぞ!!



……頭が……朦朧としている……

私は……何を……

景色が……歪んでいる……

ここは……地下牢?

どうして……こんな所に……

わ、私は……



「ピ、ピッケンズ」

「おや?どうしましたか伯父殿。今はまだ、宮廷におられる時間ですが……」

一人昼食を摂っていた男爵は立ち上がり、ただならぬ顔色をして佇んでいる義理の伯父であるナッシュの元へと駆け寄った。

「な、何か……宮廷で何かあったのですか?」

「ひ、姫様が……チェイム殿下が捕われた」

「……は?捕われたとは?」

「チェイム殿下は……反逆罪で逮捕。そのまま拘禁されてしまった」

「な、なんですとッ!?」

男爵は、呆然自失と言った態である老執事の肩を掴み、

「バ、バカな……何ゆえそのような事が……あの殿下に限ってそのような事がある筈がない!!」

「は、嵌められたんじゃ。何者かは分からぬが……殿下は罠に掛ってしまったんじゃ」

「……」


――こ、こうしてはおられんッ!!

一刻も早く、この事を守護天使殿に伝えないと……


男爵はキュッと唇を噛み締め、そのまま踵を返した。


「ピ、ピッケンズ?ど、どこへ……」

男爵の背中に、ナッシュ老人の震える声が当る。

「お、皇宮です。このアール・ピッケンズ……今こそ妻の受けた大恩を返す時ッ!!」



「……」

何人も立ち寄らない、城の地下にある牢獄。

黴臭く湿気の立ち込める薄暗いその中で、チェイムは壁から伸びた鎖に手足を繋がれ、項垂れながら朦朧とした時を刻んでいた。

やがてどれくらい経ったのだろう。

カチャカチャと微かな鍵を開ける金属音と共に、彼女の目の前の扉がゆっくりと開かれ、4人の男が入って来た。

屈強な体つきの兵士が3人と、

「ヴィンス……」

憎悪の色を瞳に輝かせ、チェイムは唸るように呟いた。


「おや?もうお目覚めですか皇女」

伯爵は冷酷な笑みを浮かべた。

「あれだけの鎮静剤を投与したのに……さすが、下賎な血を引いていらっしゃるだけの事はある。まさしく獣ですな」

「クッ…」

拳を固めて体を動かそうとするが、意識とは裏腹にその体は鉛のように重く、ただ鈍重な鎖の音を響かせるだけであった。


「くく……勇者の称号を受けた野蛮な姫も、こうなれば可愛いものですねぇ」

ヴィンスはツカツカとチェイムに歩み寄り、その細い顎に指を掛け持ち上げた。

「既に皇帝は、貴方の処刑を決定しました。しかも極秘裏にという事でね」

「――ッ!?」

ち、父上が……

「な、何故……何故だ?私が何をしたと言うのだ……」

「理由なんかいらないんですよ。私の野望の為に、下賎な女が一人死ぬだけの事。ただそれだけです」

「……ヴ、ヴィンス……き、貴様……殺してやる……」

固く結んだ唇から、捻り出すように漏れる怨嗟の言葉。

だが伯爵はそれすらも楽しむように、

「殺す?この私を?どうやって?手足を鎖で繋がれた貴方が、この私をねぇ……」

――パンッ!!

乾いた音と共に、チェイムの顔が横に弾け飛んだ。

「くッ…」

「悔しいですか?信じていた男に裏切られ、そして頬を叩かれる」

――パンッ!!!

「ッ…」

「おや?貴方のような女でも涙を浮かべるのですか?」

「こ、殺してやる……お前を……絶対に殺してやる……」

「やれやれ、残念ですねぇ。処刑したと見せ掛けて、私専用の愛玩動物にしようと思ってたのですが……」

ヴィンスは唇を歪ませ酷薄な笑いを浮かべた。

「ま、ここは少し厳しく躾を施してみるのも一興かと。その内、貴方の方から命乞いをしてくるかも知れませんからね」

言って懐から短剣を取り出すと、それをチェイムの胸元に当て、一気に下げ下ろす。

――ビビィーーーッ!!

布の裂ける音と同時に、誰にも見せたことの無い張りのある彼女の胸が露になった。

「――ヒッ!?」

「ほほぅ……これはこれは」

舐めるような目つきで、晒された彼女の胸を眺めるヴィンス。

「なるほど。下賎な血を引いているとはいえ、さすがは皇族。実に均整の取れた体をしていらっしゃる」

「み、見るなッ!!」

チェイムは体を捩り、その視線を逸らそうとするが、大の字に取り付けられた鎖がそれを阻んだ。

「くく……大丈夫ですよ、皇女。時期に、貴方の方から見せびらしたくなりますから」

言いながらヴィンスは、背後の男達に視線を送った。

「……」

ぎらついた野獣のような6つの目が容赦無く、露になったチェイムの肌を突き刺す。

「や…やだ……」

「この者達は私の忠実な部下でしてね。日頃の忠勤の褒美に、特別に貴方への教育係に任じてやったのですよ」

「や、やだ……近付くな……い、嫌……」


誰か……


「くく……さぁ、お前達。皇女殿下に男の素晴らしさを存分に教えて差し上げなさい。あぁ、もちろん、優しく何かしなくて結構です。何しろ殿下は頑丈ですから……くくく……」

「いや…いやだ……」


誰か……助けて……

ダレカ……

「イヤァァァァァァァーーーーーッ!!」




「―――ッ!?」

んにゃ?今、誰かの声が聞こえたような……







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