8、嵐の後に
それから俺は、スタンピードの後片付けに取りかかった。
戦いの最中は時間がなくてできていなかった、魔物の魔力を完全に抜き去る作業と血抜きを、まずはボスに行ってもらう。
その後、俺は魔物の解体作業に入った。
何しろとんでもない数の死体が一箇所に転がっているのだ。すべてを捌き切るのには、かなりの重労働を強いられた。
そんなボスと俺の作業の様子を、ライアは興味深そうにじっと見つめていた。
あ、そうだった。
ボスから生まれたこの新種の存在に、俺は「ライア」という名前をつけたのだ。図鑑にも載っていない未知の存在だが、神話や伝承に登場する、森で悪戯をする精霊「ドライアド」にどことなく雰囲気が似ているな、と思ったのが由来だ。そのドライアドから音を取って、ライア。
ライアは、俺がナイフを動かす手元を不思議そうに凝視している。
「そんなにこれが気になるか? ……というか、ライアは何か食べなくていいのか?」
ただ見つめられるだけだとどうにも気まずくて、つい話しかけてしまう。もちろん、言葉の意味が通じているはずもなく、返事が返ってくるわけもない。ライアはただ大きな目を丸くして、俺の方を静かに眺めるばかりだった。
解体作業が一通り終わったところで、俺は再びダンジョンの探索とおとり作戦を再開することにした。ポーションの材料である薬草やクズ魔石が底をつきかけていた、というのも理由の一つだ。
それに、なんだかスタンピードを終えてからというもの、ボスの元気がなさそうにしているのが気がかりだった。
「ボスとびきりのポーションを作ってやるからな。よし、じゃあ行ってきます」
そう声をかけ、俺はダンジョンの奥へと足を進めた。
すると、後ろからピタピタ、と小さな足音が聞こえてきた。
振り向くと、案の定ライアがトコトコと後をついてきている。
「おい、ライア。駄目だ、君はお留守番だ。いいか、お・る・す・ば・ん。あっち、ボスのところへ戻るんだ」
身振り手振りを交えて言い聞かせると、ライアは「キュイ」と鳴いて小さく頷いた。
「お、分かってくれたか」
そう思って再び周囲へ意識を集中し、そっとダンジョンの暗闇へ潜っていく。だが――。
ペタペタペタ……。
「おい、駄目だって言っただろう?」
振り返って呆れ顔で言うと、ライアは「キュイ?」と分からないといった風に小首を傾げた。
まったく、どうしたらいいんだ。もしもこんな時に強い魔物と鉢合わせしたら……そう思った瞬間だった。
通路の奥から、ガサリと不気味な足音を立ててオークが現れた。
(クソ、ボスのところまでおびき寄せようか……!いや……)
今の俺の身体能力なら余裕だか、後ろにはライアがいる。
「やるしかないか……」
俺は意を決してナイフを構えた。
その、瞬間だった。
ライアの美しい長い髪が、シュッ、と音もなく、まるで風のように鋭く伸びた。
次の刹那、オークの頑強な肉体にライアの髪が深く突き刺さる。
そしてライアは、あのボスと全く同じように、髪を通じてオークの魔力を凄まじい勢いで吸収し始めたのだ。
「はっ?えっ?ちょ、ちょっと!」
巨体を誇っていたオークは、抵抗する暇さえ与えられず、一瞬にして絶命して干からびてしまう。
「す、すげえ……!」
ポーションの材料を集めている間も、ライアは俺の後ろを守り、魔物を倒してくれた。そのおかげで材料集めはいつもより楽に行えた。
俺はボスの元へと急いで帰り、超特急で魔導ポーションを作り上げる。
「ほら、ボス。たくさん作ったからな」
元気がなさそうなボスに、山ほどのポーションを渡した。
試しにライアにも一本渡してみると、彼女は不思議そうにフラスコを眺めていた。だが、ボスが美味しそうにポーションを飲む姿を見ると、自分も真似をしてごくごくと口に含んだ。
次の瞬間、ライアは嬉しそうにニコニコと周囲を駆け回り、まるで「もう一つくれ」とでも言うようにおねだりしてきた。
ボスをちらりと見ると、「あげていいよ」と言うように大きな葉をゆさゆさと揺らしたので、俺はもう一本ライアに渡してやった。どうやらライアも、俺の作った魔導ポーションをすっかり気に入ったようだった。
それからのしばらくの間、ダンジョンの探索はライアと共に行った。
ライアの戦闘力のおかげで、以前とは比べものにならないほど広範囲まで安全に足を延ばせるようになり、なんと第六十九層へと続く階段すら発見した。しかし、これ以上深く潜るのはさすがに危険だ。
それよりも、何よりあの「隠し部屋」の存在が気になる。
もしかして、ライアがいればあの部屋にも……と一瞬ちらついたが、
「駄目だ!ライアはボスの大事な娘!危ない目には合わせられない!」
そう思い邪念を振り払う。
「さぁボス!今日もたくさんポーション作ったぞ!いくらでも飲んでくれ!」
あの日から俺はポーションをせっせと作っていた。
やはりボスが弱っているのは俺の勘違いでは無さそうで、俺に出来ることといえばポーション作りくらいなので、早く元気になってほしい俺は来る日も来る日もポーションを渡し続けた。
しかしいくら魔導ポーションを飲んでも、日に日にボスの葉は萎び、ついには花弁もポトリと一枚剥がれ落ちた。大きなボスの身体も、どことなく以前より小さくなっている気がする。
「大丈夫かな、ボス……」
俺がポーションの鉢をかき混ぜながら、思わずそんな独り言をこぼした、その時だった。
「なあなあ、あたしのぶんのぽーしょんは?」
「あー、ライア、待ってろ。今すぐ作るからな」
「んー、はやくなー」
「はいはい、まったく生意気な口を利くようになったな……」
そこまで自然に言葉を返し、俺はギョッとした。
「う、うわぁ!」
「たくと、うるさいぞー」
「ら、ら、ら、ら、ら、ら、ライア……お前……」
ライアはキョトンと首を傾げている。
「お前!喋れるようになったのか!?」
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